第5話 駆けた脚や架けた橋



1


「魔獣は性質上夜に活動的になる。より狂暴に、より禍々しく。奴らの体内に取り込まれた魔石がそうさせているんだ」

 僕の「本当に今晩に魔獣を探しに行くのか」という質問に、セシルはこう答えた。

「魔石の中には魔素が含まれてるってさっきも説明しただろ? 魔素は夜にそのエネルギーが活発化して強くなる。だから魔石に含まれた魔素を感知するには夜の方が都合が良い」

 それに、とセシルは続けた。

「早く取り戻さないといけない理由があるみたいだしな」


 ここはハイヴィーク領の最北端、ハクテン森林。ハイヴィーク家の屋敷からはそれほど遠く離れていない。

 が、門を出た時に傾きかけていた日は、森に入った頃にはもう完全に落ちていた。辺りは薄暗く、人気も全くない。村や町なんか無さそうだ。あるのは月の光に照らされている僕ら3人の薄い影だけ。

 そのうちの1人、バルト・ハイヴィークが、足元の木の根が混じった土を踏みしめながら口を開いた。

「……この足場だと、魔獣に強襲されたらかなり不利かもしれませんね」

 ハイヴィーク家の長男で、王宮勤めの騎士見習いである彼は今、父であるハイヴィーク公の命令で僕たちに同行している。

 曰く、「少しでも戦力があった方が良いだろう」と言われたとのこと。確かに本人は見習いと言っていたものの、ハイヴィーク家は旧三武家?とやらの名家であるらしいので、きっとその強さは本物なのだろうと思う。

 というか、バルトの強さよりも自分が役に立つか、という方が不安だ。昨日の時点では家事手伝いとか考えていたのに……とちょっと遠い目をする。デンテは自分の行動に未だ現実味を持てていなかった。

「そうだな。まだ反応は薄いけど、そういう可能性もある」

 セシルは手元の淡い赤の光を見ながら足を動かす。デンテは、前を行く少年の手元を後ろから覗き込んだ。手には手のひらサイズの物体。懐中時計のような形状の容れ物に、大きな薄赤の鉱石が嵌まっている。

 セシルによると、この鉱石も魔石であるらしい。名をディテライトと言い、魔素濃度の高い魔石に反応して光る。光り方は石同士の距離によって変わるらしく、近ければ強く、遠ければ弱く光るという。

「他にも対象の魔石とか色々条件は細かくあるんだけど。今はとにかく、こいつが今示してるのが例の魔獣の核となってる魔石だって思っといて。おそらく魔獣は盗んだ魔石を喰らってる。そいつを倒せば犯人も消えて魔石も取り戻せる」

 OK?魔獣を倒すのが今回の目的ね。と、森に入る前に確認を取っていた時の少年の話を思い出す。

 今の光り方は、森に入った時よりも少し強くなった位。セシルの口ぶりからすると、まだまだ魔獣との距離はあるように感じられた。

 セシルを先頭に、デンテとバルトはそれぞれ左右を警戒しながら森の中へ中へと分け入っていく。魔獣を刺激する可能性もあるので、迂闊に声も出せないと、デンテは口を固く結ぶ。

 背の高い樹木がいくつも並んでいる。視界がかなり狭まっている上にこの暗さ。この木の根が足を掬いそうな足場。

 来る途中には聞こえていた筈の鳥の囀りがいつの間にか聞こえないことに気付いたのは、それから幾ばくもしない内だった。

 ひやっとした嫌な予感がデンテの首元を伝って、無意識にごくりと喉を鳴らそうとした――


 ――強い唐突な爆発音。静寂の中で今までほとんど揺れていなかった鼓膜が破れんばかりに震えるのを頭の片隅で認識しながら、デンテは半ば呆然としながらその怒号に意識を向け、反射的に手を耳にやってから強く身構える。

 何の音なのかという考えを展開できたのは音が鳴ってから2、3秒してからであったが、デンテは全く冷静にはなっていなかった。体は瞬間的な刺激に対応することはできても、脳は働いていない。

 一方、バルトは音を認識してからすぐさま臨戦態勢をとった。見知らぬ敵に強襲されたときのシミュレーションは、今の今まで彼の頭の中で繰り返し行われていたからだ。だが現在彼らが陥っている場面と、彼の想定していたシチュエーションとには決定的な違いがあった。魔獣が襲ってこないことだ。ただ何かの強烈な爆発音が十数秒に渡って響くだけ。

 頭は回っていたが、これでは次の行動が選択できない。予想外の出来事は本人の自覚しない所で焦りを産ませていた。


 つまるところ、爆発音が鳴き声であったことをはっきりと認識し、たった今急激な速度で迫り来る魔獣に瞬時に対応しようと構えることができたのは、セシルだけであった。



2


「デンテ! 右斜め後ろに思いっきり跳べ!!」

 オレは振り向き様に叫んだ。と同時に右手でディテライトを胸ポケットに押し込み、左手で腰のポケットに手を伸ばす。

 自分も前の地面を蹴って後ろに跳びすさりつつ、左腕を真っ直ぐに伸ばし、半身にしながらたった今デンテに襲いかかった黒い影に狙いを定める。

 思っていたよりも一回りほど大きい。4、5メートルはある巨体。

「ラ・フレイ!!」

 指に魔力を込めて石を弾く。石は赤の真っ直ぐな軌道を描いて輝きを強め、炎となって魔獣の胴体部分を貫く。

「グギャ゛ア゛ア゛……!! ェ゛エ゛エ゛ッ゛バッッ……バババ……!!!」

 苦しみながら長い脚で周囲の木をなぎ倒す魔獣を視界の端に捉えながら、更に目線を右に飛ばした。

 少し青い顔をしながらも、セシルが上半身を軽く前傾させて体勢を整えているのが見えた。そして、少し手前のバルトが片手で直剣を構えながらデンテに駆け寄る。

 セシルが魔獣を再度見やると、先程石に貫かれて穴の開いた胴体は既に塞がっていた。一瞬の動きを止めることには成功したが、完全に停止させるのには体内の魔石を破壊しない限り難しい。

 幸い魔石の位置は分かるし、その位置を石で吹き飛ばせば良いだけなのだが……ここは森の中。下手をすれば木々に火が点いて燃え広がる可能性がある。迂闊に攻撃できない。

「あと、純度低いやつじゃちょっと威力不足か……?」

 純度。それは魔素の濃さで決まる魔石の強さだ。純度が高ければそれだけ強く、希少性も高い。さっきセシルが撃った魔石は中の下程度の純度で、普通の魔獣であれば攻撃に十分な威力を持つ……が。

 如何せん相手が強すぎた。取り込んだ魔石の影響で回復が速い上に、でかい図体の癖して機動力がとんでもない。なんせ、ディテライトが淡く光っている位の距離だったら2、3キロは自分達と離れていたはずなのである。そこから数十秒でその距離を縮めてきたのだ。

 先程のあれはまぐれみたいなものだった。自分が警戒されておらず、かつ、威力が低めで打ち出しやすく、着弾までそう時間のかからない石だったから当たったのだ。

 これが、自分に標的が変わって、石の純度を、威力を高くするとどうなるか。


 速すぎて当たらない。それが目下一番の問題だった。

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