第4話 上手は発破をかけて



1


 デンテは田舎者である。田舎、というか、そもそも家族以外の人物とは殆ど関わらずに生きてきた、良く言えば箱入り、悪く言えば野生的な生活環境だった。最近まで人里に下りたことすらなかったし、ましてや先程ハイヴィーク公が口にした旧三武家やら貴族国院なぞのことはさっぱり分からない。

 しかし、唯一の肉親であった祖母はデンテによく国や町のことを話してくれた。幼かったので記憶が定かではないが、デンテは脳の記憶をひっくり返して思い出そうとする。えーっと、確かあれは4歳位の時……


「……いいかい、国というのは、王様がいて。そこに住む人がいて。そうして皆仲良く暮らしているのさ……」


 ……そのぐらいは今の僕にも分かるよ婆ちゃん……!

 デンテは冷や汗をかきながら脳内の祖母メモリーを追い出す。婆ちゃんが答えをくれないのなら、この場で国軍やら議員やらの意味はもう自分に理解しようがない。

 今すぐ理解する必要はないだろうし、一旦話を全部聞いてから後でセシルに教えて貰おう、とデンテは心に誓った。



2


「父上、立ちっぱなしは客人に失礼ですよ」

 苦笑いをしながらバルトがハイヴィーク公の隣に座る。いつの間にかお茶を淹れ終わったようで、デンテの目の前には白いカップが湯気をたてて鎮座していた。

 胸に拳を当てながらキリリと立ち尽くしていたハイヴィーク公がやっと座ろうとするのを上目遣いに見ながら、デンテは茶を口に運ぶ。苦い。

「いや、失礼した。自己紹介などほとんどしなくてね。発名もここ数年やっていないし……」

 ついつい気合いがこもってしまった、と困り眉で公はデンテをちらと見る。なんだか先程の精悍な顔つきが少ししおらしい。デンテは慌てて首を横に振る。

「いえ……」

 ハツナ?デンテは目線をセシルに向けた。

 セシルは横目でデンテを捉えながら、若干低い声で囁く。

「『発名』っていうのは騎士の名乗りのことだ。儀式や戦いの場で、敬意を示したり自身を鼓舞するためにする」

 なるほど。武家というからには、ハイヴィーク家は騎士の一族なのだろう。戦いの時に行う訳だ。しかし当主になってからは戦う機会も減ってしなくなった……と。

 そういうことかー、とうんうん頷くと、公はそれが相槌だと解釈したようで、露骨に顔を緩めてカップの取っ手をつまみ、例の「事件」について話し始めた。

「では事態が発覚した所から――」


 3


 ――あれはちょうど2週間前のこと。

 私は国王の勅令で王宮に顔を出していて、その帰りだった。2、3日留守にしていた家に帰って、自室に入った私は愕然とした。

 部屋が荒らされていた。

 部屋を見た瞬間に分かったよ。なんせ家具は元の場所から遠く離れた場所で転がっていたし、窓は大きく割られ、机に取り付けられていた引き出しが開いていた。乱雑にね。

 私は一見物盗りにあったと思った。何故なら、その引き出しに鍵付きで入れていたのは高純度の魔石だったから。

 私は近づいて引き出しの中身を確認した。石はなかった。いよいよ盗みを働かれたのかと確信した。

 しかし、そうではなかった。引き出しから視線を外して私は驚愕のまま、ふと壁を見た。すると、そこには3本の鉤爪が壁を抉った痕があったのだ。

 大きかった。1mは優に越え、2mに迫ろうとしていた。並みの人間にはこのような傷を付けることはできないだろう。

 生憎その日は息子も家におらず、家にはほとんど人がいなかった。この侵入者を見た者は一人もいないのだ。大体の正体は予想できるものの、私は国から任ぜられている仕事に加え、領主としての仕事や国を跨いでの出張が多くて中々時間が取れない。そこで、誰かに代行してこの侵入者を捕らえるか退治するかして、奪われた魔石の行方を探して欲しいと考えた。

 そして、彼に依頼するに至った、という訳だ。



4


「それで、その侵入者の正体というのは、」

一体何なの……でしょう?

 慣れない敬語に苦戦しながら、デンテはハイヴィーク公に問う。門を開け放しているのだったら、やっぱり筋骨隆々の大男の盗賊……とか。

 公は苦笑いを湛えながら答えた。

「いや、あの門はほとんど飾りみたいなものだよ。この屋敷には強力な魔法がかかっていてね、侵入者は入れないはずなんだ」

「そう」

 セシルが同意を示す。

「つまりそれほど強い魔法のかかった屋敷に入れる者は限られてるんだ。例えば、実力のある魔法使い、魔術師、それらに反魔の魔法をかけられた者、あとは、」

 強力な魔獣。

「魔獣?」

 デンテは首を傾げる。セシルを発見した時に彼と交戦していた、あの魔獣?

 大きな牙や角がある猫のような見た目で、確かに強そうではあったけども、公やセシルが言うほど凶悪そうには見えなかったが……

「あー、魔獣にもレベルってもんがあってさ」

 と、セシルが小声で補足する。

「子供でも楽々倒せる奴から、野放しにしておくと国が滅びるレベルの奴もいるんだ」

「へー、そうなんだ…………で、魔獣って何?」

 僕の発言に調子を崩されて少し言葉が詰まったらしいセシルは、一息息をついて、更に声を低く、小さくして言った。

「魔獣ってのは、魔石を取り込んだ生き物の総称だ。基本的には凶暴化して見境無く人や動物を襲う。あと、魔石を更に取り込もうとする習性がある」

 魔石っつーのは魔素を含んだ石、魔素は様々なエネルギーを生み出す素のこと。

 食い気味かつ早口でセシルが言葉を紡ぐ。なんとなく眉間に皺がよっているのを見ながら、とりあえずなるほど、と返事をした。

 生返事になってしまって申し訳ないな、と思いつつ、いつの間にやら横に向けていた体を正面に向けて、すっかりぬるくなって飲みやすくなった茶を啜る。右隣からの視線が痛い。

「そうすると、魔獣がその侵入者ってことですよね」

 カップを置きながら公に一応確かめる。さっきセシルが羅列した可能性の中では、それが一番有力であるだろうことは、デンテにもよく分かった。

 猫だか熊だか、はたまたそれ以外かは予想がつかないが、とても強い魔獣が、屋敷の魔法もはね除けて窓から侵入し、高純度の魔石(おそらく魔素が多く含まれているのだろう)を奪う為に暴れまわったということだ。

「それで間違いない。そこで、つい先日専門家の彼に連絡し、了承を得たのだ」

 ハイヴィーク公はセシルを橙の双眼で真っ直ぐに見つめて言った。

「頼む。奪われた魔石達を取り返してくれ。報酬は惜しみ無く払う。大切なものなんだ」


 行きで歩いた道をバルトに案内されながらもう一度辿り、外へでた頃には日が傾きかけていた。まだ夕暮れとはいかないまでも、強い日差しがどんどん弱まっていく。

 自分が寝坊したせいだなと分かっていても、ちょっと辛い。二度目の集合は絶対遅れないようにしよう、とメモに書き付ける。

 例の開け放した大きな門から外へ一歩か二歩歩いてからセシルは伸びをし、解散して良いのか迷う僕と、屋敷に戻らず、更に何故かどことなくうきうきしているバルトに言った。

「じゃ、行くか」

「……えっ? ど、どこに?」

 決まってる、というような顔でセシルはこちらを振り向き、

「魔獣退治」

 と言った。

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