第2話 言えば過ぎるし言わねば廃る



1


 「朝焼けの鉱石屋」セシル・アルライト。鉱石屋としてその筋では知らぬ者はいない。売る鉱石、買い取る鉱石共々質は一級品。他にも採掘による仕入れや石細工まで、石に関する仕事なら広く請け負う。しかし、気に入った客しかとらない気難しい気性で、何度も追い返されては諦めずに彼に依頼する者も少なくないと言う。

 と、こんな話を聞いて、僕は偏屈で職人気質な性格のお爺さん、という人物像を勝手に思い描いていたのだけど、実際は僕よりも一回り小さくて、ちょっと口の悪い少年だった。



 2


「でも、こんなのやっぱりどうしようもないし」

 振ったり叩いたり、色々試した後に木箱を手にとってジーッと眺めて、首を振ってセシルはそう言った。その仕草はやっぱりちょっと子供っぽくて、この少年が例の鉱石屋だとは未だに信じられない。西の森の噂を聞いて、実際に会った時は目を疑ったものだ。いや、会った直後には既にセシルの体調は芳しくなく、噂に聞いた珍しい漆黒の髪と、灰色のオーバーオールからセシル・アルライトその人だと気づいたのだが。

 そういえば本人は18歳だとかなんとか言っていたけど、絶対に18歳には見えない。他の人が見ても15歳前後ってところだ。

「オレに依頼するのも良いけど、本当に解決策思い付かないからな」

 すっかり暗くなって、街灯がポツポツと灯った外を窓越しにぼんやり眺めながら彼は呟いた。

「悪いが仕事の性質上、この石になにかあってもこっちは責任取れないから。中で割れたり欠けたりしても文句言うなよ」

「……! 依頼、受けてくれるの?」

「まあね。依頼はこの石の正体を調べるってことで良いんだよな?」

「ああ、うん。い、いや、そうなんだけど」

「……? なんだよ?」

「依頼、受けてくれなかったらどうしようかなーって、ちょっと考えてたから。人づてに聞いた話だと、君、かなり仕事選ぶみたいだったし……」

 呆気にとられている僕を見て、しばらく頭上に?マークを浮かべていたセシルだったが、だんだんとその眉が下がり、眉間にシワを寄せていった。端的に言えば、苦味を噛み潰した顔というやつだ。

「あー、石の金銭価値目的のつまんない奴らは大体追い返してるから。そういう奴らの依頼聞いたり、売買取引したりするの、なんか癪に障るし。多分、それで逆ギレした奴がオレのあることないこと吹聴して回ってるんだろ」

 セシルは再度ため息を吐いた。中々大変そうだ。そうかぁ、有名になるのも困りものだなぁ……

 ……ん?それって結局客を選んでるってことだよね……普通の店は客の事情なんか考えないだろうし……

 気分屋って訳ではなさそうだけど。

 悶々ととりとめのないことを考えていると、ふと、セシルが窓に向けていた視線を、今度は僕に投げてかけていることに気付いた。箱じゃなくてなんで僕?と思っていると、

「……じゃあ、お代」

 と、セシルは木箱をテーブルにそっと置き、ぶっきらぼうに手のひらを上に向けて差し出した。

 ああ、今のは代金を要求する前の切り出し方を模索していたのか。投げやりな感じでズバッと入ってきたなぁ……って

「え?」

「は?」

 間抜けな声を出した僕に、またも?マークを浮かべるセシルだったが、今度はすぐに「ああ、」と何かに気付いたようで、

「うちは前と後の二回払いだから」

 と言った。

「…………」

 ……どうしよう。支払いのことが完全に頭から抜けていて、本当に今の今まで忘れていて、更に貯蓄も既に底を尽きかけてるなんて……

 ……ここまで話を進めて、とても言えない。

 僕の脳裏を、様々な誤魔化し方が電光のように掠め、瞬く間に消えては現れた。素直に謝る、誤魔化して後払いにしてもらう、依頼を撤回する、いっそのことここから逃げる、借金して払う、一芸を披露する、…………こんがらがり過ぎて、訳の分からない案が僕の頭に次々に流れ込んでぐるぐると旋回していたが、数秒して、結局僕の考えはある地点へ逢着した。

 ……駄目だな。ここはちゃんと話して依頼を撤回してもらおう。婆ちゃんもよく言っていた。婆ちゃんのありがたい言葉その一。

「自分の利益だけを求めて吐く嘘は醜い」

 ……うん。嘘なんて吐いちゃいけない。

 結果から言うと、セシルは後払いで僕の依頼を受けてくれることになった。条件は二つ。第一に、中の石になにかあっても責任はすべて僕にあること。

 二つ目、後払いは利子付きであること。但し、

「うちの労働力として働けば、利子なしでも良い。住み込みで、生活費もこっちが払う」

 と、彼は至極真面目な顔をして言った。

「ほ、本当?」

「ああ」

 思わず聞き返す僕。僕にとっては天国のような条件だ。でも、ちょっと好条件過ぎやしないだろうか。ひょっとすると天使の祝福というよりかは悪魔の囁きかもしれない。

「代金は給料から天引くから、給料は少なめだけど」

 と呑気に話すセシルに、そんなことしたら君の生活は大丈夫なのかと焦り少し食い気味に問うと、

「まあ、利益が勝るから」

 大丈夫。

 なにが大丈夫なのか全く分からないし、商売的にはそれで良いのだろうかと僕は少し考えたが、結局のところ僕は行くあてもなければお金もないのだ。悪魔の囁きでも乗るしか道はないと考え直して、

「分かった。そうする」

 と言った。


 

 3


 とにかく夜も遅いし、僕らは一旦解散することになった。別れ際、セシルは町の一角にある屋敷を差して、明日の明朝に集合だと言ってさっさと立ち去ってしまった。どっと疲れが襲ってきて、僕はそれをおろおろと眺めるばかりだった。

 酒場の階段を上がり、廊下を抜けて一番奥の部屋へ。少し汚れた鉄製の扉を開ける。カンテラにそっと火を灯して、無意識に詰めていた息を吐いた。

 見知らぬ人に交渉して依頼をするのは、こんなに疲れることだったのかと嘆息する。今まで訪れた職人やら研究者やらの人達は、本人が出向くことなく、弟子だとか助手だとかが例の箱を一瞥し、うちの仕事ではないと悉く断られてしまったから、ちゃんと説明して話し合えたのはこれが初めてだ。

 「ここしかもう解決してくれない」など、下手な言い換えをしたな、とデンテは思った。おそらく、あの少年には既に気付かれているのだろう。

 それにしても、労働力って。デンテは仮宿の寝台に腰掛けつつ首を傾げた。何をすれば良いんだろうか。

 家事とか……農業……?

 首を捻って考えてみても、そういうのは彼が求めているものではない気がする。自分は田舎育ちだから、こう、専門的な技術や知識があるわけでもないのだが……

 「ま、良いか」

 考えもまとまらないし、明日本人に聞いてしまえば良いのだ。お代は支払わなきゃいけないのでどんな仕事でもとにかく頑張ろう。うん。

 僕は、先程灯したカンテラに手を伸ばし、火を消すために開けようとした。が、ふと思い返して手を止めた。

 そういえばセシルは住み込みの仕事と言っていた。この宿ももう泊まらないだろうから、今日ぐらいは良いかな。


 揺れる火の影を見つめながら、僕は眠りについた。

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