ハーツライルの鉱石屋

鮎鰆はしご

出会い

第1話 酔いが回ったと言えば

酔いが回って。



1


「……大丈夫?」


 感覚の戻りきらない耳に入ってきたのはそんな声だった。普通よりもやや高めの声、少年らしき響き。少年と評しても、そもそも普通の声というものがなんなのかオレにはよく分からないので、果たしてこの声が男性なのか女性なのかすら判別できていないのであるが。頭痛が酷いので、うわんうわんと声が響いて聞こえる。正直言って最悪の気分だ。


「あのー……」


 声の主は変わらずオレに話しかけ続ける。頼むからそんなに揺すらないで欲しい。胃の辺りも気持ち悪いし。それに心なしか頭痛が更に酷くなっている気がする。さっきまでズキズキしていたのが、今度はこめかみの辺りをギリギリ締め付けてくる感じだ。東洋の物語で、猿が着けてた魔法の輪に締め付けられているみたいだ……なんというんだっけ……?確か金色の、頭に着けてて、それで……

 ……こんなこと考えてるなんて随分余裕があるなぁ、なんて思ったが、これはダメージが蓄積されすぎて体の神経が麻痺してるんじゃないだろうか。頭だけがフル回転していて、体はまったく動いてくれない。目の前は真っ暗だし、今働いているのは聴覚位のものだ。

 そういえば死ぬ直前まで働いている感覚器官は耳だと、どこかの本で読んだことがある。どこの本だったか忘れたが、中々興味深い感じだった……


 ……いやいや、直前の自分の行動すら思い出せないのに死ねるわけない。せめてこの声の主が誰なのか位は知って死にたい。いや、特段自殺願望があるとか、人生に絶望してるとか、そんな物騒な事情は現在持ち合わせがない。あるとすればこの状況からいち早く脱出したいという至極全うな願いだけだ。


「えっと……」


 オレがもう訳の分からない思考を展開していると、声の主が満を持してなにか喋り始めたようだった。もう大分聴覚もその炎を絶やそうとしていたところだったので、必死に耳を傾ける。



「その、少し長くなるんだけど……」



 ……長くなるのか……



 2


 案の定体力なんて持つはずもなく、呆気なくそのまま意識昏倒した。デンテによれば、オレは一晩目を覚まさなかったらしい。どれだけのダメージだったのか計り知れなかった。

 ……意識が朦朧としていた時のあの声の主はデンテという青年だった。中肉中背で、目は光に反射して白銀に見える。顔を見たときは声から想像していた人相とそれほど違わなかったので謎に安堵したが、本人の20歳という話はまったく信じられなかったので、勝手に17歳位だと思うことにした。あの童顔で20はいくらなんでも嘘だろう。サバの読みすぎにも程がある。ちなみに彼の、

「君が18歳というのも信じられないよ」

 という言葉は聞こえない振りをした。

 そういえばあの森の中で(そう、森の中だったのだ)何がどうなってオレがあんなに意識が朦朧としていたのか説明すると、オレが魔獣に追い詰められてピンチになっているところに青年が颯爽と登場、王子様が如くオレを助けたは良いものの、オレが例によってあの状態になってしまった。

 まあ早い話が、青年の強めの運動に酔ったのだ。

 三半規管とかいうあれなのだろう。詳しくないのでよく分からないが。


 町外れの酒場で、オレとデンテは向かい合って座っていた。この酒場は2階と3階に宿が取れるようになっていて、彼はここの1部屋を借りているらしい。

 下の酒場も中々美味しいメニューを提供してくれる。今オレの目の前にあるのはベーコンと野菜のソテー……だ。ソテーがどういう意味なのかまったくもって知識にないのであれだが、炒め物、みたいな意味だった気がする。気がするだけかもしれない。基本的に塩味とベーコンの風味のシンプルな味付けだが、削ったチーズを振ると良いアクセントになって、これだけでも全然美味しい。なお、酒は飲めないので頼まない。

「で、ここからが本題で」

 と、食べ終わったのを見計らってデンテが話を切り出す。

「これ、君に見て欲しいんだ」

 デンテが差し出してきたのは木製の箱だった。拳より一回り小さい。一瞬指輪かなにかが入っているのかと思ったが、そうではないと彼は言った。

「石なんだ。原石。聞くところによるとなんか魔力が宿ってて、この世に2つとない貴重な石だって……」

「それは誰が?」

「婆ちゃんが。数ヵ月前に亡くなっちゃったけど、この石をお前にやるから好きに使えって言われて」

 それで田舎から出てきたんだ、と話す青年を尻目に、ふうん、と小さい木箱を観察する。魔力が宿っているようには見えないが、実物を見ないことにはいまいち分からない。

「これ、開けるぞ?」

「……うん」

 軽く聞いただけだったのだが、妙に神妙な顔で答えられてちょっと面食らう。兎も角遠慮なく箱を持ち上げて、蓋を開け……開け……て……

「……蓋、ないけど」

 デンテが頷く。

「うん」

「……」

 思わずため息を吐いた。

 石を見るどころじゃない。というかそもそも見れない。何故蓋がないのか彼に聞いても、「分からない」と帰ってくるばかりだった。しかもこの木箱、力ずくで壊そうとしてもまったく壊れる気配がない。オレが非力な部類なのは承知の上だけど、流石に詰み。お手上げだ。

「……なんでこんなのオレのところに持ってきたんだ? 持ってくる相手を間違えてると思うが」

 正直もっと専門的な人のところに持って行った方が良いぞ。呆れ半分、からかい半分でデンテに尋ねると、デンテはその煌めく銀の瞳をこちらにまっすぐ向けた。

「もう回ったんだ」

「……え?」

「細工師とか、木工の職人とか、魔法研究者とか。この町一帯の、解決してくれそうな有名な人達大体」

「だったら尚更……」

 ゆっくりと首を振って、デンテは力強く言った。

「でも無理だったんだ。開かなかった。それで思ったんだ。この箱じゃなくて、中の石の方になにか細工があるんじゃないかって」

 そこでデンテは一度言葉を切り、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……だからあなたのところにきたんだ。『朝焼けの鉱石屋』セシル・アルライト」

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