19話 先立つものはすべてカネ

 獰十朗氏は起き上がると、頭をかきながらフゥ、とため息をついた。

「……心配だったんだよ。その、お前の受け身な態度が。嫁は、自分で捕まえてくるべきだ。顕界への道なんて作ろうと思えばいくらでも作れるのに、お前は玉藻以上に引きこもっているからな。しかも、噂によれば人間の嫁をもらったのに顕界への道がつながらなかった、つーんだろ? それじゃ何のために何百年も待って嫁をもらったんだか――」

「顕界への道はそのうちつながるだろう。……俺もいろいろ思うところがあって揉め、婚礼の儀を失敗しただけだ。美衣が落ち着いて腰を据えたら、再度儀式を行うと父も言っていた」

 獰十朗氏の言葉に反論した茶有。そしてその茶有の言葉を聞いて、獰十朗氏は呆れている。

「ハァ? 婚礼の儀が失敗する事ってあるのか?」

「現に失敗したからつながらなかったんだろうが」

 獰十朗氏は何か言いかけたがやめ、天を仰いだと思ったら急に笑いかけた。

「俺とお前と玉藻、三人幼なじみで親友だ。だから、俺も玉藻もお前が心配なんだ。それを分かれ! ……あと、ソイツはそうとう勝ち気な嫁だが、これだけ強かったら顕界への道が開かれたならお前の護衛にちょうどいいだろう。しかたない、茶有の嫁を認めてやるか!」

 ……なんか上から目線で言われましたわよ。

 そして、なぜに皆で『茶有を守れ』って言うのさ!? 顕界はそんなに怖いところじゃないわよ!


「顕界へ行く際にまず考えなくちゃいけないのは、護衛の有無じゃないわよ。顕界で使うお金よ。金がなけりゃ、護衛がいたってどうしようもないから」

 私がバッサリと切り返すと、獰十朗氏がキョトンとした。

「そんなんなくたってどうにでもなるだろ?」

 あーそうでした。

 コミュ力お化けだから、お金がなくてもどうにかなっちゃうのね獰十朗氏は。

「じゃあ付け加えるわ。顕界に行く際に茶有に必要なのはお金もしくはそれを補えるコミュ力よ。そして、どちらが手に入れやすいかと言ったらお金なの。この引きこもりで臆病な茶有が、顕界でうまくコミュニケーションを取れると思う?」

「だからお前が」

「残念ながら、私も獰十朗氏ほどのコミュ力はないの。ただしお金があればそれを余裕で補えるの。というか、お金があればだいたいが解決するのよ顕界は! お分かり?」

 獰十朗氏が考え込んでしまった。

「いくらアンタが否定しようが、現役顕界人の私が言うのだから間違いないの。だからこの話は終わりね。顕界への道がつながってからまた考えましょ」

 私は手をパンパンと叩いて終了の合図をした。


 獰十朗氏が帰るというので、別の異界につながる道に興味があった私はお見送りすることにした。

 え? お義父さんのカフェへ行く道も別の異界につながる道だろう、って? ――だってアレ、茶有の屋敷の庭にある竹林の小径を抜けてすぐよ? もう、隣にあるレベルですぐだから。


 で!

 獰十朗氏の異界へつながる道のある場所までやってきたのですが……。

「うわー」

 としか言いようがない、伸びる岩棚のある場所だった。

 直径十~二十センチくらいの円柱の岩が、下から急に伸びるのよ。獰十朗氏めがけて。

 獰十朗氏は、釘バットで急激に伸びる竹みたいな岩棚をガンガン破壊しつつ片手を上げた。

「んじゃ、また来るからな!」

「もう来るな」

 茶有がムスッとしたまま返した。

 竹のような岩棚は、獰十朗氏を突き上げるように伸び、それを破壊しつつ獰十朗氏は進み……。伸びた岩棚が獰十朗氏の後ろ姿を完全に消したと思ったら、急に縮んだ。

 獰十朗氏の姿は消えていた。

 私はそれを見てつぶやいた。

「獰十朗氏の異界に行くのも来るのも、どっちもそうとう難儀じゃない?」

 そのつぶやきを聞いた茶有が返す。

「そもそも来れないようになっているな」

 ワーヲ。

 あの攻撃的な岩棚、気のせいじゃなくて本気で獰十朗氏を攻撃していたみたいね!

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