10話 文明水準が低くて平気なのはせいぜい数日
「……で。どうしてここにいるんだい? 美衣ちゃん」
「……ちょっと、知恵を拝借したくて」
私はカフェに逃げ込んでいた。
以前よりもカフェ感が増してきていて、キッチンにつながる部分にカウンターが出来ている。
現在、そこに突っ伏している私。
「私、『顕界と通じてない』って意味がわかってなかったの! 無理~! 家電のない生活なんて無理無理!」
――そう、文明が江戸時代かよ! ってレベルなの。電気の概念がない! 茶有が知らないから!
現代文明を知っているお義父さんのカフェは、ちゃんと作られている。これは、茶有とお義父さんの知識の差でそうなるの。
お義父さんは勤勉で、さまざまなことを学んで新しいことにチャレンジしている。これが、茶有の言っていた〝発展〟につながるのだ。
「うわーん! ヘタレの引きこもりを顕界に無理やり連れ出しても泡吹いて倒れそうだし、でも文明水準的に私が耐えられない~!」
「あはは」
お義父さんは、もう笑うしかないって感じで笑っている。
「うぅ……。異世界チートをやるしかないんだけど、やるにしても茶有頼みなんだよなぁ。魔法は茶有しか使えないから」
「魔法じゃないからね。せめて〝妖術〟と言ってよ」
どっちみち、自分にはない能力ってくくりなら一緒じゃん。
茶有は魔法もとい妖術を使える。他の連中も使えるらしいが、クリエイト系の妖術は異界の主である茶有のみが使えるのだ。
ゆえに、茶有が『文明開化して治める異界をより素晴らしく発展させる!』って思わなけりゃ使えないなワケよ。
そしてそれが、お義父さんが人間の嫁を茶有にあてがいたかった最たる理由だ。
「あの、ヘタレの引きこもりが改革を望むとは思えないし……」
私が突っ伏しながらつぶやくと、お義父さんが私の頭をポン、と叩いて言った。
「そうでもないから茶有はあなたを嫁にもらったんだろう。ホラ、顔をあげなさい」
バタバタと音がして、顔を上げたら。
「美衣! ここにいたのか!?」
私を探しに来た茶有と目が合った。
「ここから顕界に行かれると面倒なんで出禁にしたいところだけど……。美衣ちゃんがここで働くとなるとそうもいかないよなぁ」
と、お義父さんがぼやいた。
茶有はカフェをもの珍しそうに見回した後、私の隣に座った。……まさか追いかけてくるとは思わず、私はちょっとうろたえている。
むしろ、『皆の衆! 鬼嫁がいない隙に追い出す作戦を立てるぞ!』とか言ってるかと思ったのに。
それだけ、今の自分の異界の状況に危機感を感じているのかな?
「……今の父の異界は、こんなふうなのか。俺がいたときとはずいぶん違っているんだな」
茶有がまだキョロキョロ見渡しながらつぶやいた。
「そりゃ、あれからずいぶん経ったからね。そういうものなんだと教えただろう? 美衣ちゃんも、顕界に未練が出来たようだから、また今度儀式を執り行ってみよう。道が開けるかもしれない」
お義父さんが返した言葉が刺さる。……確かに、どこかはまだ定まってないけど、顕界には痛切に戻りたくなってきた。カフェで働いて給金を得たら、アパートを探そう。……不動産に道が開ける気がするぞー。あるいはスマホショップね!
お義父さんが、
「せっかくだし、コーヒーでも飲んでいく? 淹れるよ」
って言った。
「飲む」
とは私。茶有は、ハテナ? って顔をしつつもうなずいた。知らないけど、とりあえずうなずいておいたんだろうね。
支度をしようとしたお義父さんを手で制した。
「待って私が淹れるから。お義父さんは、茶有に電気の概念を説明して! お義父さんは長ーく生きているから仕組みを独自で理解しているんだろうけど、茶有が顕界に行っても文明が違いすぎるから理解出来ない気がする」
と、お願いしつつバトンタッチ。
お義父さんは、料理が不得手のわりにやりたがる。しかも、失敗作を自分で消費しようとしないのはもっと困る。
まずはコーヒー豆をチェック。深煎りの、酸味の少ないものにしたようだ。
お湯を沸かし、牛乳を温める。容器にお湯をかけて温め、グラインダーで豆を粉砕して、コーヒーポットで濃いめのコーヒーを抽出する。
「お義父さんは、ブラック?」
「美衣ちゃんたちと同じやつにして」
って言われたので、全員カフェオレにした。
「はい、カフェオレ。お茶しか飲んだことのない人がいきなりブラックコーヒーはハードルが高いから。苦かったら砂糖を入れると飲みやすいよ」
茶有に出すと、ジーッとそれを見た。
「え、牛乳も知らない人?」
私が尋ねると、
「いや、知ってると思うけど。うちにいたときに牛乳はあったはず……いや、飲んだことはなかったかな?」
と、お義父さんが答えた。
顕界に行ったら、まず牛乳を飲ませるところから始まるのか……。いやもうめんどいからお義父さんのところから輸入しよう。顕界に行ってからだと、茶有の覚えることが多すぎてパンクしそうだもん。
茶有はちょっと啜り、ハテナ? という顔をした。
「不思議な味がする」
どうやら苦くはないらしい。苦手でもないらしい。
調子に乗った私は、さらに作った。
「はい、これもちょっと食べてみて」
二人の前に皿を置く。
「フレンチトースト。お義父さんのところは電子レンジがあるからね! 顕界でいう〝電気〟があると、こういうものが作れるから!」
なくても作れるけど。
お義父さんは大喜びだ。
「美衣ちゃん、うちで働いてよ!」
「だから、給料によるって」
「ちゃんと出すから! さらに、茶有にいろいろ教え込むからさ! 確かに、茶有の知ってる知識と今の顕界じゃ乖離していて理解出来ないかもしれない。うちで慣らしていけば茶有も顕界に行ったときになじみやすいだろ」
ほうほう。それはいいかもしれない。
今の茶有の異界には、娯楽がない。
スマホがない、PCがない、ネットがない。せめてテレビ……も当然ない。
本はあるけど異界の書で、言葉が難解。漫画は当然ないし、ラノベもない。推理小説は、概念が違いすぎて恐らく成り立たない。
お義父さんに少しずつ慣らしてもらい、顕界に連れていって娯楽を叩き込もう! クリエイト妖術使ってもらわないと!
盛り上がる私たちを他所に、茶有は箸でフレンチトーストを食べる。
一口食べて、固まった。
「…………うまい」
ボソッとつぶやいたのを、私は聞き逃さなかった。
綺麗に食べた茶有に、私は尋ねる。
「お口に合いました?」
茶有は顔を上げて、何か言いかけて呑み込んだようだ。
「とても、うまかった」
私は笑いそうになる。いや、ちょっと笑った。
「今、『まあまあだな』って言おうとしなかった?」
「言ったら二度と作ってもらえない未来が視えたので、ちゃんと伝えた」
真面目な顔で茶有が返す。
お義父さんが笑っている。
「もう美衣ちゃんの性格を把握したか」
茶有が真面目くさった顔でうなずいた。
「迂闊に心にもないことを言うと、お祓いされる。ちゃんと伝えたら夫婦になれると分かった」
…………。
ちょっと、ツン部分が無くなるの早すぎません!?
初対面で流行りのラノベ言葉を言った奴とは思えないんですけどー!?
私が固まったのを見て、お義父さんが冷やかすような顔で私を見た。
「茶有は臆病だしうかつに信じやすくて短絡的なヘタレだけど、根は素直で学習能力が高いんだ」
……マジですか。
ヤバいな、学習されて攻略されそう。
「あ、そうだ」
ふと、思い出したように茶有が言った。
「俺のことを美衣の祖父と同い年と勘違いしていたが、俺はもっと前に生まれた。もともとは、お前の曾祖父の何代か前の娘を貰い受ける約束だったのだ。どれくらい経ったのか覚えていないので、具体的な年齢はわからないが」
――なんという。
まさかの年の差(百年単位)だった。
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