5話 その台詞を言う奴がいると思わなかった
ひとしきり咳き込んだ後、山本さんに謝罪する。
「……ごめん。やっぱり私はあやかしとの結婚は無理かもしれないって思った。少なくとも、食の趣味が合わないと結婚ってキツいと思うのよ」
思い返せば、元カレと結婚したいのって、見た目だけじゃなかったわ。食の趣味が合ったからだわ。
とんでもない性格でもさ、人の作った料理をうまいと言って食べるのって、とてつもなく長所よね、忘れてたわ。
山本さんはショックを受けている。そりゃあ、作った料理を噴き出されたらショックだよね。
私は慌てて弁解した。
「いえいえ、舌が合う合わないは、もう相性だからしょうがないのよ。いくら約束があったって不一致は不幸な結婚の元だから。私、特に食に関してはあまり妥協しないタイプなので」
嫁姑戦争も、食の不一致で始まるもんね。美味しいと思えるものを一緒に美味しく食べるのって重要だと思う。
そっと山本さんを促し、笑顔で、
「私が顕界の住人だから、ってだけだから。もったいないし、山本さんが食べて」
と、勧めた。
山本さん、自分の作った料理をスプーンで口に含み――。
「ブーッ!」
私の顔面に向けて思いきり噴きやがりましたよ。作った本人が不味いって思うのか!
「テメェッ! 気を遣わせやがって! 味見したのかよ!?」
マズメシは嫁がやるものであって、嫁ぎ先の舅がやったら単なるイジメだろうが!
私がブチキレて怒鳴ると、テヘッ☆って感じで山本さんが言った。
「私、見るのも食べるのも作るのも好きなんだけど苦手なんだよね。本当はカフェプロデューサーの資格がほしかったんだけど、落ちまくっちゃって、しまいには『あなたは向いてません』ってキッパリ言われちゃった☆」
なんでカフェ経営をしようとしているのだ!?
仕方がない。作ってくれたが食べられる物ではないので(結婚前に胃腸を破壊しそう)バトンタッチで私が作ることにした。
キッチンへ行き、残った食材で料理を作る。
鶏肉があったので、低温で茹でてチキンスープを取る。
肉は細かく切って、みじん切りにした玉ねぎとともに炒め、米も加えて炒める。
チキンスープに白ワインを加えて温め、炒めた米にちょっとずつ加えて炊き、アルデンテに仕上げたら、生クリーム、チーズ、バターを加えてかき混ぜ、塩で味を調えて盛りつけ、ブラックペッパーを振ったら出来上がり!
「すごい! すごいよ! 見るからにカフェ飯だよ!」
山本さん、大興奮。
「チキンとチーズのリゾットね。おなか空いてるから炭水化物祭りになっちゃった。サラダも足すか」
人参を千切りにしてオリーブオイルと塩を振り、軽く蒸し焼きにして、器に盛ってディルを千切って乗せブラックペッパーを振ったら出来上がり。
「洋風きんぴら人参だわね」
「言い方! カフェ飯だから横文字で言おうよ!」
ってどうでもいいことで叱られた。
山本さんと食べた。
めっちゃ美味しいと言って食べてくれている。もうこれで、あやかしだろうが息子さんと結婚してもいいかな! って気分になった。作った料理を美味しいって食べてくれる人に、悪い人はいませんもの。
「美衣ちゃん、うちで働きなよ! シェフとして雇うから!」
山本さんは感激した感じで言ってくれたので、笑顔で応じた。
「給料は顕界の基準、プラス親類枠で色をつけてくれれば考えますよー」
なんせ、無職なもので!
*
そして、あっという間に結婚式当日になった。
当日、朝早くから叩き起こされ、山本さんに拉致されたよ。
なんか牛車みたいな時代がかった乗り物に押し込められ、どっかに連れて行かれ、
「茶有の嫁を連れてきたぞ!」
と叫ぶ山本さん。
乗り物から連れ出されたと思ったら、大勢の女性に囲まれてあれやこれやされる。
……そっか、結婚式前って普通エステ行ったりするよね、それが今なのか! そういや婚礼衣装も選んでないんですけどー!
たぶん和装だろうなぁ。山本さんだと洋装の可能性も微レ存だが、どうやら異界の婚礼はしきたりがありそうだ。
案の定白無垢を着せられた。今さらだけど、式の進行の打ち合わせとかないの!? 全然わからんよ!
ここにきて、今さら後悔し始めた私なんだけどさぁ……。
――でも、ちょっとは期待していたのよ。
私の旦那様になる人は、私がこの世に生まれて結婚するのを、おじいちゃんになるまで待っていてくれたんでしょ? って。
見た目は私とそう年齢が変わらないイケメンだし、そこまでしてくれた人なら多少の問題なら目を瞑ろう……そう思っていたのよ。
支度が出来て、エステの長らしき女性に「どうぞ」と言われる。
何がどうぞなのかわからないけど! ポカンとしていたら指を差されて「あちらの案内係に従って婚礼の間にお入りください」と言われた。はじめからそう言ってよ!
私が案内係のところに向かうと、この案内係、私を上から下まであからさまに見ると、見下したように鼻で笑ってきた。
なんだろ、喧嘩を売られた? 私が口を開こうとしたとき、後ろから切羽詰まった声で、
「時間が押しています、早く案内して!」
という焦ったような声が聴こえてきて、振り向いたらさっきの人が手をぐるぐる回していた。時間がないらしい。
向き直ったら案内係はスタスタ先を歩いていたよ。えぇえ……。私が悪いみたいじゃんか。
大広間前の襖に案内係が立つ。そして、再度ジロジロ……いや、どことなく怨みのこもったような、睨むような目つきで見られた。
いったいなんなの? そう言おうとしたとき、襖が自動扉のように開いた。
仕方なく私は案内係に問いかけるのをやめて向き直り、中に入った。
指示がないので困る。どうすればいいの?
立ち尽くしているのもアレなので、恐らく上座……二つ座布団が並んでいるところへ向かった。
恐らく旦那様であろ人は、その前に立っている。写真に偽りなしの、好みドストライクのまだ若いイケメンだ。
コレって、父親の介添えのないヴァージンロードかな? 異界のしきたりはよくわからない……。
わからないまま私はまっすぐ歩いて、旦那様の向かい側に立った。
……参列者が戸惑っているな。コレ、合ってるの? 誰か指示して!
と、考えていたら、旦那様が無表情で私を見下ろしながら開口一番。
「俺は、お前を愛する気はない」
とか、抜かした。
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