6話 人間ですが何か?

 …………なんだろコイツ。ラノベの読み過ぎか? しかも読んでるの、女性向けの異世界恋愛モノだろ!

 衝撃のあまり、私は旦那になる奴の顔をまじまじと見ていたら、

「ボーッと立っているな。とっとと座れ」

 と、さらに抜かしましたよ。

 山本さん、青ざめてますね。そうでしょうそうでしょう。あなたがハリセンでボッコボコにされつつ捕まえてきた嫁に向かって、アンタのバカ息子はどこぞの女性向けラノベ定番のセリフを投げつけやがりましたからね。

 私はニッコリ、と山本さんに笑顔を向けた後、おもむろに白無垢の袂へ手を突っ込む。

「……ぐずぐずするな。こんな婚儀、とっとと終わらせ……」

 まだうだうだと、初対面の女を『俺様の女』扱いしてくる男に、思いっきりハリセンを振り抜いた。


 吹っ飛んだ息子はヴァージンロードもどきの中央の通り道を滑っていった。

 止まると、横坐りで顔を押さえ呆然としながらこちらを見ている。

 私はハリセンで肩を叩きながらしずしずと迫った。

「だったら最初から断れよ。こちとらテメェの父親に拉致されて先祖のやらかしを盾にして異界の住人との結婚を迫られたんだからよ。テメェが断ってりゃ、なーんのわだかまりもなく終わった話なのによ!」

 山本さんが、「いや、約束は約束だから」とかボソッとつぶやいてます。ジロッと横目で見たら、慌てて顔を逸らしましたよ。

 息子はハッとして、私を指さした。

「ほ、ほら! 武器を隠し持っていた! だから人間は信用ならないんだ」

 わめく息子に、

「先に信用なくしたのはそっちだろ」

 と冷ややかに投げつけた。

 私は息子に迫りながら説教を続ける。

「だいたい、初対面の奴を信用するかよ。しかも、敵陣で? ――テメェの脳内はお花畑かよ! 私は、さっきも言ったけど、無理やり異界に拉致されて、先祖のやらかしを盾にとられてアンタの父親に結婚を迫られたんだよ。しかも、式まで監禁されて結婚相手とは式で初対面とかさぁ……。ねぇ、今までの話で信用出来そうな部分、どっかにあった?」

 父親の山本さん、粛々と正座しました。

 息子は横坐りしながら、まだわめきます。

「お、俺は! ずっと待っていたんだぞ! それをお前の先祖に裏切られ、ここまでずっと独身だったんだ!」

「あっそう。で、それって私に関係あるの?」

 私がバッサリ切り捨てると、息子は口をパクパクさせる。

 私は息子の顔を覗き込んだ。息子は顔面蒼白で、目に脅えの色がある。強気発言のわりに、私が怖いの?

「アンタ、私のじーちゃんと同年代のジジイなんでしょ? なのにさぁ、何? 幼児みたいに駄々捏ねてんのかよ。待つ必要なんかないだろ、とっとと別の女と結婚すりゃよかったじゃん。そんなに嫌ならさ!」

「そ、それが出来ないから独身だったんだろうが!」

 って言い返された。


 ……コイツ、もしかして……。


 ガッ! と息子の髪を掴んだ。

「アンタもしかして、愛人がいて私をお飾りの妻とかにするつもりだったの!?」

「痛い痛い痛い! やめてハゲる!」

 それは困るな。年寄りだから毛根弱ってるかもしれないのでやめておこう。

 パッと手を離すと、涙目で頭を抱える息子。

「……い、いるわけないに決まってるじゃないか! なんでそうなるんだ!?」

「アンタがラノベ定番のセリフを吐くから」


 私と結婚しないとダメな理由があるっていう場合、あのセリフの後には決まって「お前とは結婚しなければならないが、私にはもう愛する人がいる! お前はお飾りの妻だ!」とか抜かすものだからさ。


 周りからヒソヒソと「……女王より強いんじゃ……」とか聴こえるんですけど。異界って女王がいるんだ?

 息子は涙目で私を上目づかいで見ながら、ボソボソしゃべった。

「……俺のいる異界は、顕界の住人と誼を通じていないので閉じられているんだ。嫁をもらえば顕界と通じる。父が、俺のために人間の嫁を用意してくれたと聞いて喜んでいたのに……。一度目は逃げられ、二度目は裏切られて嫁が生まれてこなかったと聞いた。……父は、どうにか顕界の住人と誼を通じるように言ったが、俺は騙されたことで顕界の住人に絶望した。顕界の住人は約束を守らない。異界の者を騙す。暴力もふるうと聞いている。……実際、ふるわれたし」


 えぇ……。なんだろこのコミュ障の引きこもり。

 ……ちょっとさぁ、元カレがずいぶんマトモな奴に思えてきたわよ。これは酷いわー。


「あっそう。絶望ついでに覚えておいて。初対面の結婚相手に『俺はお前を愛する気は無い』って抜かす奴はしばき倒していい! っていうのが顕界の常識なの。――だいたいが、異界の者って顕界の約束事を無視して勝手に他人の持ち物に巣食ったり、許可なく憑依したりするじゃない。ンなの、犯罪者と一緒。しばき倒して当たり前だから」

 私が言ったら、心当たりがある参列者が正座した。

「アンタだって、顕界の住人がいきなりアンタの家に棲みついてアンタを追い出そうとしたり、アンタに取り憑いたりしたらムカつくでしょ? 同じ事を異界の住人は顕界の住人にやってんのよ。わかる? ついでに言うなら、もし曾じいちゃんが約束を守って娘を嫁に出したとして。その嫁に、出会い頭開口一番に『私はアンタを愛する気、ないから。親が勝手にした約束のせいで、無理やり結婚させられたんだからね!』って言われたらどう思う?」


 コレを聞いた息子、正座した。

 ようやく反省したらしい。

「……すみませんでした……」

 ハァ、と私がため息をつくと、全員がビクッとする。

「で? アンタ、どうすんのよ? 別にいーじゃん、顕界とつながらなくたってさ。閉じた世界で楽しくやってんなら、それでよくない? お互い無理に結婚することないと思うし」

 私が投げやりに言うと、縮こまった息子は、蚊の鳴くような声で言った。


「……結婚、したいです……」


 マジですか。しばき倒されたのに私と結婚したいって……本気かな?

 さらに息子がボソボソと言った。

「……さっきはただ、結婚相手が幼女だったので、ちょっと驚いただけです……」


 …………。


 私は、思いっきり彼の頭にハリセンを叩きつけた。

「誰が幼女体型じゃゴルァ!!」

 彼は打たれた拍子で頭を畳に打ちつけていた。デジャヴ。

 ……誰かがボソリと、

「鬼嫁……」

 とかつぶやきました。人間ですが何か?

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