世界が破滅の道を辿り始めた日 2
「はははっ、スキル魅了があれば、誰も俺に逆らえない!欲しいスキルは
ローリーという名の
が、また母フェンリルは魔法を弾いてしまった。
『我々神の眷属である神獣に、人族の魔法やスキルスクロールなどは一切効かぬ。』
言語理解しか持たないローリーには、フェンリルの言葉が分からない。
ただ、フェンリルが自分の思い通りにならないことだけは、分かった。
「神獣殺しは神殺しと同等だって、この世界の人間どもは言っていたな。」
それは、遠くに風で飛ばされたミルクが、まだ拙い自分の風魔法で空を飛んで、母のいる上空まで帰って来た時に起こった。
悪夢の所業ような光景だった。
その男は笑っていた。
その男の足元には、さっきまでその男と一緒に笑っていた男たちの死体が転がっていた。
「俺様の思い通りにならない神獣なんてこの世界に要らない!
スキル<
すべて人間の敵、人間に狩られるべき害獣だ。
害獣は駆逐されるべきだ!
おまえらが元に戻れないように、この世から神聖魔法や浄化魔法は消えてしまえ!
魔法も害獣を殺すための攻撃魔法だけでいい。
そうだ、この世界を邪気のある魔素で満たしてやる!
お前ら神獣だと言ってふんぞり返っていた獣は、記憶を無くして人間を襲え!
そして人間に殺され尽くすがいい!
害獣には頭に悪魔のような角を目印として付けてやろう!!
角は大気中の邪気を含んだ魔素を吸収して害獣は理性を失い狂暴な悪、人間の敵となる!俺様の言うことを聞かなかった罰だ!
神獣なんてこの世に要らない!
俺の思い通りにならないこんな世界、破滅してしまえば良い!!」
ミルクは見た。
その男が叫んだ途端、大好きな、全身銀色の母の頭に、禍々しい真っ黒な角が生え、男から出る黒い靄を吸い始めたのを。
「もうお前は神獣ではない。人間に狩られるべき害獣だ!」
男は笑いながら、金属製の捕縛網により身動きできない母フェンリルを、手にした剣で刺し始めた。
本来、神獣フェンリルは人間が作った鋼の剣ごときでは傷も付けられない。
男が持っていたのは、強い邪気を纏った魔剣だった。
魔剣は母フェンリルの命を、いともたやすく奪ってしまった。
母フェンリルの命が消えたことは、母フェンリルと母フェンリルが親から受け継いだ先祖代々の記憶と知識がミルクに受け継がれたことで、すぐに分かってしまった。
男は母フェンリルの命を散らすことが楽しくてしょうがないというような、恍惚とした表情をして、息絶えている母フェンリルを魔剣で刺し続けた。
何の反応もしなくなった母フェンリルを刺すのに飽きた男は、空を飛んでいるミルクに気付かないまま、足元に転がっている元仲間の体と荷物を漁り、大声で歓喜しながら、その場を去って行った。
男の姿が見えなくなってから、ミルクはゆっくりと地上に降り立った。
幼いミルクは、何もできない自分を責めた。
そして同時に、今日我儘を言って母について来た自分を褒め称えた。
己の目で、母フェンリルを殺した
ミルクのフェンリルとしての記憶は、ミルクの一番近い親族に受け継がれていき、未来永劫消えることが無いのだから。
ミルクは、母フェンリルを殺した
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イカレテル
アイツの言葉通りなら、
アイツのスキルは<
この世界のあらゆることを、自分の思い通りに操作してしまえるスキル。
アイツが仲間を殺して奪ったのが、スキル<魅了>と他人の持っているスキルと同じスキルを自分のモノにできるスキル<コピー>。
他人のスキルをコピーし放題で、この世界の理を自由自在に操れるなんて・・・創造神クレエ様、いったいどういうつもりでそんな物騒なスキルを、この世界の人間でもない
男が残した黒い靄が俺に集まり始める。
だんだん、思考が闇に飲まれていく。
アイツが言っていた大気中の邪気を含んだ魔素というのが、俺の頭に生えているであろう角に吸収され、俺の脳に命令を下す。
人を殺せ。
(ダメだ。絶対に忘れてはダメだ・・・!)
自然を破壊しろ。
(あの男の顔と臭いを・・・)
俺は・・
(母さん・・・)
俺は・・・誰だ?
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邪気を含んだ魔素、後に邪魔素と呼ばれる魔素は、少しずつ、だが確実に世界中に蔓延していった。
世界が荒れ始める。
神獣が守っていた神域や、精霊が好んで住んでいた聖域が消え、精霊が消え、攻撃魔法を使えない人間は魔法が使えなくなった。
邪魔素は人間にも影響があった。
人々は狂暴になり、あちらこちらで争いや戦争が勃発した。
邪魔素が世界中に広がり始めてから、2年が経過しようとしていた。
邪魔素は次第にその濃度を増していき、世界のほぼ全体に影響を与えるようになっていた。
濃い神気に満たされていた神域からも、神気が消えかかっていた。
この世界は、疲れていた。
自分勝手な逆恨みから捻じ曲げられたこの世界の新たな
カエデが転移してきたのは、そんな夢も希望も失いつつある世界だった。
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闇に支配された後、自分がどうやって生き延びてきたのか、ほとんど覚えていない。
ただ、人間を前にするとあの時のことを思い出して、自分が神獣フェンリルだった時の自我が浮上し、人間を襲うことはせず、逃げ回っていたことだけは覚えている。
今日なのか昨日なのか、数日前なのかも覚えていないが、大勢の人間に攻撃され、逃げて逃げて逃げ延びた先が、かつて濃い神気で満たされた神域があったところだった。
僅かに神気が残っていたのだろうか。
死期が近づいたことで、本来の俺の意識が浮上してきたのだろうか・・・
目の前に俺の感情を激しく揺さぶる人間という存在がいないにも拘らず、ほんの僅かな時間、自我が戻ってきた。
そして、自我が戻って直ぐに俺は目を閉じて、ひどく穏やかな気持ちで意識を手放した。
毒が塗られたナイフや剣、矢が体中に刺さり、致死量の血が流れ出ていたはずだ。
自分はもう死んだと思っていた。
それなのに、苦しい、死んだ方がマシだという激痛の後に目が覚めた時には、頭も体もすっきりしていた。
大量の血を流したのでふらつきはするが、闇に意識が飲まれる前に戻ったみたいだった。
目を開けると、目の前には小さな人間がいた。
俺を助けようとスクロールを広げ、その使い方が分からず戸惑っていた者がいたことは、なんとなく、覚えている。
そんなことをしても無駄だと念話で伝えようとしたが、頭に浮かんだのは、母さんの記憶から引き出した、スクロールの使い方だった。
・・・こんなに小さな子どもだったのか。
神獣に効くはずのない人族の魔法とスクロール。
その効果と出所を知って、俺は怒りに震えた
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