世界が破滅の道を辿り始めた日 1
『カエデ、落ち着きましたか?』
自分の手に余るスキルを押しつけられて大泣きしていたカエデが、やっと泣き止んだ。
目が真っ赤で、顔が浮腫んでしまっている。
そんな顔も可愛い。
『一通りスキルを確認したところで、神獣と害獣についてお話ししましょうか。あ、その水檎は・・・』
カエデが齧ったところが泥だらけになってしまった水檎を気にすると、
「<簡易洗浄>を使ってみようと思って。魔素と自分の魔力、どっちを使えば良いと思う?」
『まだ魔力に余裕がありますから、最初は自分の魔力の威力を試すのがいいと思いますよ。極力威力を抑えて、水檎の表面の汚れだけを取り除くイメージをしてくださいね。そうしないと、カエデのスキルでは、水檎が無くなってしまいますよ。』
目の前でカエデが、小さな両の手で水檎を包み込み、懸命に<簡易洗浄>を使っている。
初めてにしては上出来だ。
この子どもは想像力が豊かなのだろう。
『水檎が綺麗になったところで、食べながら僕の話を聞いてくれますか?』
「はい。」
じっと俺を見る目は、真っ赤に充血してしまっているが、そんな顔も可愛い。
プラチナブルーの髪、光の加減によっては菫色にも見えることのあるサファイアブルーの澄んだ瞳。
今は存在しない、青の一族を彷彿とさせる。
創造神クレエ様は、なぜそこまでこの子どもに負担を強いるのか。
腹が立ってきた。
カエデが小さな口で一生懸命水檎を頬張り始めたので、俺も昔話を始めた。
あの、運命の日の話を。
********************************
その日はミルクの2歳の誕生日だった。
フェンリルは犬っぽい見た目をしているが、成長は犬の様に早くない。
この世界のフェンリルは、通常同じ種族のフェンリルで群れを作って共同生活をする。
子どもが生まれることが稀なフェンリルは、仔フェンリルが生まれると、群れで子どもを育てる。
ミルクは、その群れの中で初めて生まれた子どもだった。
母フェンリルは、ミルクに甘々だった。
ミルクは自由奔放過ぎる、我儘な腕白小僧に育った。
それでも、群れの中で、口が悪く悪戯好きなミルクは、力いっぱいみんなに可愛がられていた。
その日、まだまだ小さかったミルクは、自分の誕生日だということで、母たちの狩に連れて行って欲しいと駄々を捏ねまくった。
その日は何故かいつもの狩場に獲物が一匹もいなくて、縄張りを出て狩りをすることになった。
同行したフェンリルはいたが、縄張りの外でも獲物がなかなか見つからず、手分けをして獲物を探すことになった。
今思えば、あれは神獣を結界の張られた神域からおびき出すための、罠だったと分かる。
あの男のスキルであれば、それくらいは容易にできたからだ。
不運にも、ミルクとミルクの母フェンリルが、奴等に遭遇してしまった。
厳しい審査の末に選ばれたはずの異世界からの
この世界で、神獣は神聖なものだ。
神の眷属である神獣は、この世界に住むすべての生き物が生きやすい環境を整える役割を担っていて、すべての生き物の生活を豊かにしてくれる存在だった。
故に、この世界の生き物は、例え魔獣であっても、神獣に危害を加えるようなことは決してしない。
十分な恩恵を受けているこの世界の人間も、決して神獣に手をかけることなど、あり得なかった。
だから、母フェンリルは油断していた。
起こるはずのないことが起こってしまうまで。
「お!あれフェンリルじゃないか!?」
「ラッキー!しょっぱなの神獣がフェンリルなんて、幸先良い~!!」
「小っさいのもいるな。よし、あの2匹をテイムしようぜ!」
男たちがまず最初に狙ったのは、ミルク。
まだ小さなミルクであれば、簡単に捕らえられると思ったのだろう。
それを察知した母フェンリルは、ミルクを風魔法で遠くに吹き飛ばした。
獲物を逃がされた3人は激怒し、物理的に母フェンリルは捕縛されてしまった。
これが魔法や魔道具であれば、囚われたりしなかったのに。
金属製の捕縛網に閉じ込められた母フェンリルには、ボーガンの矢が次々と打ち込まれた。
母フェンリルが身動きできなくなったことを確認すると、
「俺の獣魔になれ。そうしたら、あの小さなフェンリルと一緒に可愛がってやるよ。」
そう言いながら、テイムのスクロールを使ってきたが、母フェンリルは魔法を弾いてしまった。
男はたいして残念そうにすることもなかったので、このまま放置してくれれば仲間が助けに来てくれると期待したのだが、その男は、突然仲間の1人を剣で切り殺した。
「おい!なにやってんだよローリー!!」
もう一人の男が、切り殺された男を抱きかかえながら、ローリーと呼ばれた男を非難し始めた。
「フェンリルを従属させるのに、こいつのスキル魅了が必要なんじゃないかと思って、仲間にしてやったんだよ。これが最期だから教えてやるよ。俺はさあ、俺が殺した
そう言って、もう一人の男も切り殺してしまった。
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