神獣フェンリル 1
「魔素変換の魔力により、あの子を治癒!あの子の命を繋ぎ止めて~っ!!」
わたしがそう叫んで白い生き物の体が僅かに発光してから、どれくらい時間が経っただろうか。
マンガやアニメだと、あっという間に傷口がふさがったりするけれど、そんなことは無かった。
まず目に見えた変化は、R18指定されてもいいような光景だった。
白い長毛から飛び出して見えていた変なものは、白い生き物の体に刺さっている大量の弓矢や投擲されたであろう刃物だった。
それらが時間をかけて、ゆっくりと白い生き物の体から排出されたのだけれど、その様子がグロかった・・!
そしてそれらが排出されるたび、痛みに耐えきれず吐き出される筆舌に尽くし難い苦しむ声。
でもわたしはそれから目を逸らさなかった。
つらいのは、わたしではなく、あの子なのだ。
助けようとして行動を起こしたのはわたしだ。
その結果には責任を持たなければいけないと思った。
時計がないので分からないけれど、すべての武器が体から抜け、その傷が塞がり、白い生き物が立ち上がるまで、たっぷり1時間以上かかった。
2時間以上だったかもしれない。
武器が体から抜け落ちた傷口からは赤い血が流れ、流れ出た赤い血は、真っ白い毛を赤く染めていったので、時々洗浄効果と殺菌効果を願いながら浄化魔法をかけて、白い毛並みの維持をした。
徐々にその血が止まり、目に見える傷が塞がっていったので、長毛で見えない傷も塞がっていると思われた。
苦し気な声も収まり、のっそりと白い生き物が4本の足で立ち上がった。
(立ち上がると、想像以上に大きい!)
長時間見ていたからか、もうその白い生き物を怖いと思う気持ちは無くなっていた。
ふらふらしながらも、慎重に歩を進める白い生き物。
その頭からは、最初見た時にはあった、クルリと丸まった黒い角が消えていた。
『あの・・・人間さん、助けてくれて、ありがとう。』
(!さっき頭の中に響いた声は、やっぱりこの子だった。)
声は成人男性のものに聞こえるのに、喋り方は子どもみたいだ。
「いえ、
(そうだ・・・使わないと決めたのに、もう何度も使っちゃったんだ。押しつけられて、あんなに嫌だと思った、神様の力としか思えないスキル。)
『あの状態から元に戻ることができただけで奇蹟なのです。あれくらいの苦しみや痛み、元に戻れることに比べたら、なんでもありません。それより、今創造神クレエ様から、貴女のことを聞かされました。この世界に着いたばかりなんですね?』
「はい。あなたに会う少し前にこの世界に・・って、ええ!?創造神クレエ様からわたしのことを聞いたってなに!?」
あまりにも吃驚して、被っていた猫があっという間に走り去ってしまったわたしが質問すると、白い生き物はまだ立っているのがつらいのか、わたしの目の前で足を折り、地面に伏せてから答えてくれた。
『僕は神獣フェンリル。唯一神である創造神クレエ様の眷属で、創造神クレエ様から神託を賜ることができるのです。』
「ふえぇぇぇ・・」
定番の空想世界の産物、神獣フェンリルが実在したことに感動し、間抜けな声を出すわたし。
『と言っても、貴女に解呪してもらうまでは、僕は害獣として人間に狩られる側だったんですけどね。』
「・・どういうこと・・ですか?」
神獣が害獣ってどういうこと?ここはそういう世界なの?と疑問符が頭の中を走り回る。
『話してあげたいのだけれど、ちょっと休ませてもらってからでもいいですか?長く呪われていたのと人間に死ぬ寸前まで傷つけられて、体力が限界なんです。お腹も空いた・・・zzz』
「えと、神獣フェンリル様?」
声をかけるも、白い生き物、もとい、神獣フェンリル様は、秒で眠ってしまった。
「これ、このままで大丈夫なのかな。」
と思いながら、神獣フェンリル様に手を伸ばす。
その真っ白くてふわっふわの長毛に指を埋める。
「もふもふだぁ~。憧れの、もふもふ。」
自宅では、お母さんと弟が犬や猫の毛にアレルギーがあって、生き物を飼ったことがなかった。
わたしは犬か猫を飼いたかったんだけどね。
異世界モノに出てくるフェンリルさんは、わたしの憧れの異世界もふもふランキング第一位だった。
「ふふっ、夢が一つ叶った。」
長毛に埋めた8歳の小さな手で、そっと神獣フェンリル様を撫でる。
神獣フェンリル様は熟睡していて、動かない。
あまりの手触りの良さと、もふもふに触れていることに段々テンションが上がってきたわたしは、本来であれば神獣様に対して許されないであろう暴挙に出てしまった。
もふんっ。
その柔らかな長毛に顔を埋めてしまったのだ。
「はわわわぁ・・幸せ~・・・」
そしてわたしは、環境の変化と極度な気持ちの変化の末の安心感で気が抜けてしまい、そのまま眠ってしまったのだった。
「あれ・・ベッドじゃない。」
ふかふかのお布団からゆっくりと体を起こして、まわりを見る。
「なんでわたし外で寝てるんだろ・・」
生暖かい風が吹いてくる方向に目を向けると、ぱちっと目が合った。
風だと思ったものは、神獣フェンリル様の鼻息で、
神獣フェンリル様が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいて、
一気に現実に引き戻された。
(そうだ、異世界に転移したんだった。悲鳴上げなかったわたし偉い!神獣様に失礼なことするところだった。)
『よく眠れましたか?僕の毛皮はなかなかでしょう?』
「はい!物凄くもふもふで、気持ち良かったです!」
流れた分の血が元に戻るには時間が必要だと思うけど、神獣フェンリル様は、眠る前と比べると元気になったように見える。
『この世界に来たばかりなんですよね。こんな小さな子をこんなところに落とすなんて。いくら創造神クレエ様でも、ひどいです。』
「あははっ・・でも、おかげで神獣フェンリル様にお会いできました!」
『そう言っていただけると・・なんか、すみません。多分、貴女の前の転移者の方たちの一部が、この世界を悪い方へ導くようなことばかりしたので、創造神クレエ様の転移者の方に対する気持ちが変わってしまったのかもしれません。』
「えっと、わたし、結構良いスキルや加護をいただきましたよ?この世界のことの説明が殆ど無くて、要らないって言ったスキルを押しつけられて、ここへなにも持たずに落とされたことには驚きましたけど。」
『‥ホント、スミマセン。』
わたしを転移させたのは創造神クレエ様なのに、何故か神獣フェンリル様に謝られてしまった。
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