第15話夜から始まるラブコメ3
それからのビリヤード勝負は全く勝てず、負ける度にダーツやらボウリングやらと競技を変えて挑んだが、結果はあまり芳しくなかった。
悔しい。
新庄先輩が多才なのもあるが、これは、そう、疲れているからに違いない。
冗談混じりの心の持ちようだったが、いざ意識してみれば本当に疲労感が拭えない。
寝不足に、心労に、ハードスケジュールだ。疲れているのは当たり前だった。
「あの先輩」
「んー?」
ボウリングの時に変えた髪型を元に戻そうと、髪留めを口に咥えたままの先輩。スカジャンも脱いでいて、パンツインスタイルのTシャツの胸元には英字が膨らんでおり、その上にネックレスが乗っている。
「レイトショーで映画のチケット安くなってるみたいなんで、よかったら観に行きませんか?」
座ってゆっくりできる娯楽だ。
零時まではまだ時間があるし、ラブロマンス映画を観て雰囲気が出来上がった後に告白する、というのも悪くないだろう。
「えーと今からだと……」
先輩がスマホに目を落とす。
「放映開始時間考えたら、終わるの十二時過ぎちゃわない?」
「あ、そうか」
疲れててあんまり頭が回ってないな。映画観てる間に死ぬところだった。
ロッコからは、代償と制約の他にもう一つ忠告を受けていた。それは、零時きっかりに期限を迎えるというルールだ。元の期限の二十時二分から4時間を足せば零時を二分過ぎても問題無さそうだが、ロッコ曰く「契約期限の時間は伸ばせるけど、一介の死神に日付けを跨がせる力は無い」そうだ。
「隣の漫画喫茶にでも行こうよ。あそこならパソコンで映画も観られるし」
「いいですね」
「でもその前にはいこれ」
新庄先輩はスカジャンを俺に渡した。
受け取ったままキョトンとしている俺に、
「夜に制服着たままだと追い出されるでしょ?」
「そ、それはそうですけど、これは俺が着てもいいものなんでしょうか」
「明音なら気にしないって」
そうじゃなくて、新庄先輩が身につけていた服を着るというのはいかがなものなんだろうか。犯罪にならないかな。平気かな。
「ほら、早く着て行こ」
「は、はい」
袖を通してチャックを上げると、犯罪的に良い香りに包まれた。
♢
「大学生二人。カップルシートでお願いします」
「カカカ、カップ?!」
「学生証はお持ちですか?」
俺の動揺をよそに、漫画喫茶の店員さんは淡白な接客を始めた。
「うーんと、あ、忘れちゃった。三浦くんは持ってる?」
「い、いえ。俺も忘れてしまったようで……」
高校生以下は十時をすぎると強制的に退店させられてしまうので、大学生という誤魔化しを使っている。
「そうしますと、学生割引は適用できませんがよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「では、こちらの番号がお座席となります。ドリンクは飲み放題です。ごゆっくりどうぞ」
座席は個室、と呼んでもいいような仕切りのあるブースだ。土禁のフラットシートで、座椅子が二つ並んでいる。
来る途中で持ってきた飲み物を備え付けの机に置くと、新庄先輩はパソコンのマウスを手に取って、見放題サービスの映画の一覧をスクロールした。
「うーん、オススメにはあんまり面白そうなの無いね。三浦くんはどんなジャンルが好きなの?」
「俺はアクションとかファンタジー映画とか。あ、でも久しぶりに恐竜の……」
おっといけない。新庄先輩とロマンス映画を観るつもりだったんだ。
「きょ、恐竜の恋愛する映画とか……」
繋げて適当なことを言ってしまった。
「これ?ジュラシックラブパークだって」
あるのかよ。絶対観たくないわそれ。
「の、隣にあるやつ!」
「ああ、このラブロマンス映画有名だよね。じゃあこれにしよっか」
狭い個室で、肩を並べて恋愛映画を観ている二人。
さりげなく手を握ったりしてみた方がいいんだろうか。嫌われてはいなさそうだし、もしかしたらいけるかもしれない。
しかし今朝は振られてるんだよな、俺。でも諦めきれなくて今こうしているわけで……
とりあえずは映画に集中するか。後で感想とか話すかもしれない。
だけど正直恋愛映画って趣味じゃないんだよな。なんでこいつらはさっさとくっつくかないんだ?なんか裏事情がありそうだけど、どう見ても両思いだろ。早く告白してチュッチュしろよ。
スマホを取り出して時間を確認するが、思った以上に時間は進んでいなかった。
退屈すぎて起きているのが辛い。
ちょっと体動かした方がいいか。
肩を回そうとしたところで新庄先輩にぶつかってしまった。
「ひゃっ?!」
「す、すみません。痛かったですか?」
「別に」
「あざになってないでしょうか」
強くぶつけたつもりはないが、先輩は悲鳴に近い声をあげていたし心配だ。
「触らないで。別になんともないから」
「あぁ、はい……」
やばい、また怒らせてしまったようだ。今度は確実に俺が悪い。
しかしどうしようもないので、男女が動いているモニターを再びじっと見つめる。
不安な心とは裏腹に、リラックスさせた体は徐々に心地よくなってくる。
そうして柔らかなクッションに体が沈み込んでいき、やがて画面の境目が無くなった頃に、恐竜が登場してキスを始めた。
ふと、自分の座っている、ただの座椅子のクッション性に疑問を持った時、人の体温を感じた。
鼻先は金髪でくすぐったく、腕の一部は柔らかいものに当たってしまっている。
俺は、新庄先輩にもたれかかり、というよりは抱きしめて眠りこけていたようだ。
「ってうえぇぇえ?!」
慌てて離れるが、先輩は明後日の方向に顔を向けたまま微動だにしない。
「ほんとすみません先輩!俺、寝ちゃってたみたいで、その……」
「別に」
しかし彼女はこちらを見ない。
「あの……」
「ちょっと飲み物取ってくる」
「あ、それなら俺が代わりに」
俺の言葉を無視して、新庄先輩は出て行ってしまった。
あぁぁぁぁぁぁ、完全にやらかした……
普段ミールや、抱き枕を抱いて寝る癖が出てしまったようだ。
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