第14話夜から始まるラブコメ2

 先輩の手が、がっしりと俺の腕を掴む。


「左腕はもっとのばした方がいいかも」

「こうですか?」


 そして、俺の腕を握りしめる彼女の手はどんどんと強くなり……


「って、痛たたた!」

「あっ……」


 先輩はさっと俺から離れてしまった。

 痛いとか言わなきゃよかったかな。先輩ともっとくっついていたかった。


「ごめんね?」


 せっかく教えてくれてるのに、先輩に気を遣わせたくないな。


「いやあの、俺痛いのとか大丈夫なんで。むしろ大好きです!」


「え……」


 先輩と俺の距離は更に開いてしまった。


「あの、私、帰るね」

「嘘です!冗談ですから!」

「あはは、私も冗談。ふーっ……」


 新庄先輩は深呼吸をした後、俺の手を取った。

 今度は震えていたり、力を込めすぎたりといったこともない。ただ、彼女の手は妙にしっとりしているような気がした。


「指はね無理に輪っか作らなくてもいいよ。キューの先端を安定させられればいいから」


 また、先輩との甘いひと時が始まる。そう思っているのは俺だけかもしれないけれど、手取り足取りで構ってもらえるのはこの上なく嬉しかった。

 しかし、そんな時間も長くは続かない。


「君飲み込み早いね」


 電子ゲームに限らず、この手の遊びはするりと出来てしまう。

 不器用を装って先輩にベタベタ甘えてもよかったかもしれないが、あまり性に合わないし、なにより普通に先輩と遊びたい。


 2ゲームほどファウル無しの緩いルールで遊んだところで、俺も徐々に慣れてきて、ゲームとして形になってきた。


「新庄先輩、一つ、俺と賭けをしませんか?」


 もっと慣らした方がいいかもしれないが、時間が惜しい。


「賭け?」

「そうです。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くっていう」


 正直逃げだ。相手にその気がなくとも、形だけでも恋人になってもらえれば御の字という、打算的提案。もっと言うなら、馬鹿の一つ覚えでもある。


「あー、明音ともやったやつ?」


 マジかよ!あの人喋っちゃったのかよ!特に口止めしたわけではないけれども!


「明音にはなんてお願いしたの?」

「その、お願いする前にお兄さんにボコられたといいますか……」

「ボコられるようなお願いをしようとしたの?」

「いやっ、決してそんなことは」

「ふうん。実際のところはなんて命令するつもりだったの?」


 新庄レイラはその美しい微笑を崩さなかったが、追及をやめることもしなかった。

 目は笑っていないような気がする。


「えっと、そう、褒めてもらおうと思って!」

「褒める?」

「はい。俺ゲームとか得意なんですけど、対戦前に馬鹿にされたのが悔しくて、勝ったらこれでもかってくらいに褒め称えてもらおうかと……」


 嘘つきにはなりたくないものだが、今日一日で口の回りが良くなったように思う。


「なにそれ面白そう。それでやりましょうよ。もしも私に勝てたら、いっぱい褒めてあげる」

「ど、どうも」

「でも、私が勝ったら……」

「勝ったら?」

「それは君が負けてからのお楽しみ」


 負けたらどうなってしまうんだろうか。彼女の微笑みにつられて、負けてみたい気がしなくもない。


「ルールはさっき教えてもらったナインボールでやりましょう」

「オーケー。三浦くんはまだ慣れてないだろうから、ブレイクショットは私がするね」


 新庄先輩が構え、鋭く球を突き出した。球は散らばり、一個が角にポケットイン。手番を続けて、もう一つをポケットイン。その次のショットでは、手玉の跳ね返りを工夫して、二個も球を落としてしまった。

 やばい、先輩上手すぎる。

 ラストまで入れ続けるんじゃないかと思えたが、次に転がった球は角でコの字に跳ね返り、ようやく俺に手番が回ってきた。


「よ、よし」


 キューの先端を指に乗せ、腕を引く。そして突き出す。

 単純な動作なのだが、弾がうまく転がらない。最小番号ではないボールに当たり、ファウルとなってしまった。


「やっぱりファウル無しにしようか?」

「いえ、大丈夫です!」


 やるからにはちゃんと勝ちたい。ハンデなんてもらったら負けみたいなもんだ。

 フリーボールで先輩の番になったが、さっきと同じで惜しい感じでポケットインならず。

 この位置なら俺でも入れられそうだ。

 俺の手玉に当たったボールが、穴に落ちた。


「よし!」

「上手い上手い。やっぱり筋がいいね」


 そうやって交互に、と言うよりは、やはり大半のボールを先輩が落としていき、とうとうナインボールの勝敗を決める、9の球だけがテーブルに残った。しかも、手番は先輩だ。

 やばい、負けた。

 集中力が途切れたついでに時計を確認すると、二十一時十分過ぎを指していた。


「ほっ」


 先輩は軽快な感じで最後のボールを落とそうとしたがうまくいかず、


「あちゃー」

「おお!ラッキー!」

「これは君の勝ちかな」

「あー、いや、それはどうでしょう……」


 確かに落とすべきボールは一つしかないが、手玉とボールが離れていて俺にとっては難しい盤面だ。

 ある程度できるようになったとはいえ、ビリヤード歴三十分では自信がない。

 すぐに挑むには気構えがなく、手持ち無沙汰で再び時計を確認したが、特別針が進んでいるということもなかった。


「自信持ちなよ。君になら落とせるから」

「は、はい」

「球を狙い当てるんじゃなくて、軌道をイメージして突いてみて」

「軌道をイメージ……」


 言われた通りにイメージボールを思い描いてから、突く。

 手玉は真っ直ぐ転がってボールに当たり、そして9番のボールはポケットへと吸い込まれた。


「入った……」

「おめでと」

「やった!やりましたよ!」


 テンションがあがって、イェーイと先輩と両手タッチを交わす。


「それじゃあ、ご褒美あげないとね」

「ご褒美?」

「あれ、この場合は私の罰ゲームって言った方がいいのかな。まぁどっちでもいいよね」


 新庄先輩はぐっと俺に近づいてから、耳打ちするようにして


「三浦くん、カッコいいよ」

「な、なんすか」


 耳がこそばゆくて、体が反射的にのけぞってしまう。


「なにって、君の指示に従ってるんだけど」

「そんな耳元で言わなくても……」

「いいからいいから。素敵だよ、君。ちょっと習ったくらいで私に勝っちゃうなんて、マジ天才。それからさ、三浦くん手とか、腕とか、結構男らしくて、教えてる時に私ドキドキしちゃった。後ね、三浦くん人当たり良くて一緒にいて楽しいし……」


 甘い吐息と共に、俺を褒め称え、称賛する言葉が脳内へ直接流し込まれていく。


「あ、あの!ストップストップ!やめてっ」

「えー、どうして?」

「先輩にそんな風に囁かれると、頭パーになっちゃいます!」

「……ぷっ、あはは!パーになっちゃいますだって。面白いね」

「勘弁してください……」

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