第13話夜から始まるラブコメ
気持ちの整理はついていないが、あまりもたもたしてると時間がなくなってしまうだろう。
「先輩は今日何時まで大丈夫なんですか?」
「んーとね……」
新庄先輩はわざとらしく考え込むふりをした後、
「君となら」
スッと顔を近づけてきた。
「何時でも」
思わず心臓が跳ねた。
コーヒーの香りに混ざって、彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
新庄先輩しか見えない。
「あ、あの、その」
「ふふ、ドキドキしてる?」
「か、からかわないでくださいよ」
「ごめんごめん。三浦くんって面白い反応しそうだから、つい。私の家は朝帰りしなきゃ平気かな」
「え、随分と緩いんですね。女の子の夜遊びなんて怒られそうなものなのに」
「パパは放任主義っていうか、私のこと信頼してるから。それに、私が夜出歩く日って決まってるし」
「決まってる……?」
「うん。今日は食事会があってね、パパの彼女、再婚相手になる人が家にくるからいないようにしてるの」
「そう、なんですか」
日常会話というか、当然のことに突っ込んだら、なんだか気まずい話になってしまった。こっちはどうやって告白シチュエーションに持っていこうかと、浮ついたことばかり考えているのに。
俺の気まずさが顔に出てしまっていたのか、新庄先輩は手を振った。
「再婚相手と仲が悪いとか、そういう重い感じのやつじゃないからね。私、その人と二人でよく買い物行ったりするし」
「なら会ってあげればいいのに」
「それ矢恵とかにもよく言われるんだけど、食事会みたいな真面目な場になるとね、腹割って話そうみたいな雰囲気になるのよ。私に嫌われてないかとか、どう思われてるか知りたいみたいで」
それは俺も知りたい。
「自分の父親にだって心の内を晒したりしないのに、いくら仲よくても再婚相手にわざわざ話すわけないでしょ?」
「そ、そうっすね」
相手からしてみれば、親しくしてくれたと思ったら、突然避けられたり、まともに対話してくれなかったりで、不安にもなるだろう。
俺だってそうだ。朝はどこかつれない態度だったのに、今会ってみれば誘をかけるような彼女に対して、正直困惑している。
そこがまた、ミステリアスで魅力的に見えてしまうのだが。
「ちゃんと好意は伝えてるんだから、納得してくれればいいのに」
「いやでも、食事会くらい出た方がいいんじゃ……」
「あ、私ここにいない方がいい?三浦くんの誘い断って帰った方がよかった?」
「そんなもの出る必要ありませんでした!俺とずっと一緒にいましょう!今日は帰しませんよ!」
「あはは、それは怒られちゃうから無理かな。でも、三浦くんさえよければ終電まで一緒にいようよ」
「し、終電って零時とかですよ?」
「だめ、かな?あの人終電間際まで粘るからさ」
マジで再婚相手の方と会って、お話ししてあげてください。俺にはその人の気持ちがそこはかとなく分かるので、可哀想で仕方がないです。
だが、しかし……
「それは都合がいいですね。俺の寿命も零時までなんで」
「ふふ、寿命って。門限のことでしょ?三浦くんのお家も結構寛大なんだね」
「まぁ、そんなところです。なので今日は元気に夜中まで遊びましょう!」
「あ、そういえば君、体大丈夫?」
「え?」
「明音のお兄さんに殴られたって聞いたけど」
確かに、気絶するレベルで殴られたので痛みが残っているはずだが、特になんともない。腫れてすらいないようだ。
「どの辺?ここ?よしよし」
新庄先輩のしなやかな手が、俺の頬に優しく触れた。
凄い俺。今、新庄レイラと肌で触れ合ってる……
そこで、ふと思い出した。そうだ、公園のベンチでロッコが、殴られた所を撫でてくれていた。多分あいつが怪我を治してくれたんだろう。後でもう一度礼を言いたいところだ。
「痛いとかはないんで大丈夫ですよ」
「そう?」
「先輩の方こそ大丈夫ですか?なんか手震えてません?」
触れ方が優しすぎて腫れ物扱いというか、動きが小刻みになっていた。
新庄先輩はパッと手を引っ込めると、アイスコーヒーに口をつけた。今度はこちらを見ない。
「特に、なんともないから。三浦くんも怪我とかなくてよかったね。もう出ましょうか」
「え、あの、俺まだ飲みきってなくて……」
「じゃあ、私外で待ってるから」
先輩はそそくさと行ってしまった。
うおぉぉぉ、なにかやらかしてしまったのだろうか……
家庭内のことに触れたからか?しかし、そこまでは普通に話してたし、話してきたのも先輩からだし。それなら怪我の事か?俺の怪我が大したことなくてガッカリしたとか。でも、新庄先輩は優しい人だから、人の不幸を喜ぶわけないと思うしなぁ。うーむ……
いつもの新庄レイラを知るわけではないが、外で待っていた彼女はなんというか普通の感じに戻っていて、話しかけても避けられるということはなかった。
このまま夜の街を二人で歩くのも悪くなかったが、新庄先輩の提案でアミューズメント施設で遊ぶことになった。
施設の案内板によると、各階層に様々な娯楽があるようだ。
「ビリヤードやろうよ」
「俺やったことないですよ。ルールとか知らないですし」
「いいからいいから。教えてあげる」
ビリヤード場にはいくつものビリヤードテーブルが並んでいて、そのちょうど真上、天井より低い位置で照明が設置されている。
内装はシックで、全体的に大人な雰囲気を感じた。
「キューは分かるよね?」
「九?」
数字を口にすると、どうしても意識してしまうことがある。首が自動的に壁掛けの時計を探し当てた。今の時刻は二十時四十五分くらいだ。
「この棒のこと。ちょっと球を打つから、見ててね」
先輩はキューと呼ばれた棒を構え、腰を屈めた。
タイトなパンツをシルエットに、スタイルの良い新庄先輩の曲線美に改めて見惚れてしまう。
「こんな感じ。ちょっとやってみようか」
「はい」
俺も先輩の真似をして構えてみる。
「もうちょっと腰落として、腕はこんな感じ」
密着するような形で、俺の心拍数があがっていく。
ロッコからの、「心臓が鼓動した回数分、冥界で死の苦しみを味わうことになる」という警告が頭をよぎるが、心臓の鼓動なんて制御できるわけもない。新庄先輩と会ってから、ずっとドキドキしてしまっている。
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