第12話死(4)の時間

 シリンダーに込められた六発中、五発がダミーなので成功率は高い。しかし、もしも実弾の一発を引いてしまえばロッコの命はない。


「もう時間がないよ」

「そんなこと言われたって……」


 自分に対してならいざ知らず、まるで照準が定まらない。間違っても、ロッコを殺したくなんてない。

 公園の時計は既に二十時を少し超えているように見える。期限の二十時二分まで、あと1分もないだろう。

 今日はずっとこんなんだ。心構えをしてる余裕すらない。


「ほれ」


 ロッコが俺の腕を持ち上げて、銃口を自身の額に当てがった。


「くっそ!」


 俺は、引き金を引いた。

 つんざくような乾いた音と共に、ロッコが大きく後ろに倒れ込む。そのロッコの周りに、ドクドクと赤いものが広がっていく。


「そんな、ロッコ」


 側に寄って声をかけるが反応はない。

 俺は、失敗してしまった。


「……ヒヒッ」


 ロッコが微かに笑ったような気がした。もしかしてまだ意識が──


「“当たり”だぜ」


 突如、起き上がったロッコに俺は押し倒される。そして、上半身の服を思いっきり捲られた。


「ちょ……」


 ロッコは自身の血で、俺の腹に紋のような記号を描いた。俺の目線では分かり辛いが、数字の『4』のような形に見える。


「命運の儀は成った。死神の名の元に、この者に“死の時間”を与える」


 ロッコは先程描いた記号の上に、血の手形を被せた。

 体に描かれた赤色は薄く光り、乾いたように染み付いて滴り落ちることもない。


「お、おい!」

「安心して。これで後4時間は──」

「お前っ、大丈夫なのか!?」


 起き上がって彼女の額を確認するが、どうやら傷一つないようだ。


「へへ、心配してくれるの?だーいじょぶだいじょぶ。この程度じゃ死なないから。んべぇ」


 ロッコは舌を突き出して見せた。

 確かに彼女の額を貫いたはずの弾丸が、今は舌先に乗っかっている。


「そうか、よかった。というか儀式の内容とやらをちゃんと説明しておいてくれよ。心臓に悪い」

「ぺっ。時間なかったから」

「まぁ、それはそうか」

「それでねぇ、成功はしたんだけど、死の時間について言っておかなくちゃいけないことがあるのよ」

「儀式の前に言ってた、制約とか代償ってやつか?」

「そーそれ」

「ロッ──」


 俺がロッコの名前を口にしようとした瞬間、彼女は手で俺の口を塞いだ。


「私の名前を言ってはダメ。制約によって、告げた名前の相手と恋人になった時のみ契約が完了される。人間の中で、一番の想い人の名を挙げて」


 今日一日の中で、色んな女の子に告白をした。上手くいきそうだったり、そうでもなかったり。

 その中に、手堅くいけば恋人同士になれる人も存在したかもしれない。しかし、そうはならなかった。結局のところ、そこに至るまでの熱意が俺には無かったのだろう。

 この命をかけるほど好きな相手ではなかったのだ。


「それでもお前の名前出してしまえば、格好がつきそうだが」

「ロッコちゃんは嬉しいけどね、生きたいのならやめておきな」

「ああ。俺はやっぱり最後まで諦めきれない。泥臭くても足掻いてみせる」

「それでこそのしゅーくんだと思うぜ」

「振った男の数知れず。難攻不落と言われた絶世の美女、新庄レイラを必ず恋人にしてみせる」

「その名前、確かに聞き届けた」


 体に描かれた模様の一部が、文字のようになった。


「これでもう変えられない。失敗した時の代償は、このロスタイムで心臓が鼓動した回数分、冥界で死の苦しみを味わうことになるから、気をつけて」

「ああ、分かった……」


 死は未だ付き纏う。その淵から運ばれてきたであろう夜風が、街灯を瞬かせた。



 今日一番緊張している、と言ったら嘘になるだろうか。

 しかし、ドキドキが抑えられない。なぜなら、俺は今、駅前であの新庄先輩と待ち合わせをしているからだ。


「わっ」


 いきなり後ろから両肩をつかまれた。

 なにを話そうかと、頭の中でこねくり回していた思考が、一瞬にして吹き飛んでしまう。

 振り返ると、スカジャンを羽織った新庄先輩がいた。


「ハロー、おまたせ」

「せ、先輩でしたか。驚きましたよ」


 金髪のスカジャン姿だったので、一瞬ヤンキーに絡まれたのかと思った。

 あまりそういう服装をするイメージはなかったが、これはこれでいい。美人なので凄味すら感じる。


「先輩の私服ファンキーっすね!」

「ああこれ?明音が前に家に忘れていったのを返そうかと思って着てきたんだけど、あの子来れなくなっちゃったみたいで」


 そういえば、富良野先輩は新庄先輩と会う約束をしていたんだっけか。


「そのことなんですが……」

「明音からだいたい聞いてるけど、とりあえずそこの喫茶店で話そうよ」


 所謂かしこまったような雰囲気の喫茶店ではなく、よくあるリーズナブルなチェーン店だ。

 駅前だからか時間帯の割に人がいて、窓際のカウンター席に横並びで座ることになった。

 軽食をつまみながら、新庄先輩に事の経緯を話し終えると、彼女は鼻を鳴らすようにして笑った。


「それで、私の連絡先教えてもらったその日のうちに電話してきたんだ?」

「すいません!勝手に……」


 富良野先輩の言う良いものとは、新庄先輩の連絡先だったのだ。


「あ、気にしないで。明音はちゃんと私に確認取ってるから」

「こんなこと言ったらなんですけど、あの富良野先輩が意外ですね」

「だよね。あれで案外気が小さいというか、真面目というか」

「そもそも、そんな簡単に許可出しちゃっていいんですか?」

「うん。三浦くんならいいかなと思って」


 俺にならいいって。もしかして脈アリなんだろうか。それともからかわれているのか。

 新庄先輩は、アイスコーヒーの入ったプラ容器から伸びるストローに口をつけながら、横目でなにかを伺うようにこちらを見ている。

 一年ほど前に初めて会った時もそうだったが、いまいち本心の分かりにくい人だ。


「その……あざっす!」

「ふふ、こちらこそ遊びに誘ってくれてありがと。今日は明音が来れないっていうからすこぶる暇で。君がいてくれてよかった」


 もしかしてプッシュされてるのか?告白を誘い待ちしていたりして……

 午前中までの俺ならパッと切り込んで想いを告げていただろうが、今はその勇気が無い。今日一日で失敗を重ねすぎた。

 ああ、こんな恋愛の駆け引きなんて考えずに当たって砕けたい気分だ。砕けたら死んでしまうけれど。

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