第11話ギャンブル

 手紙の続きの方には、俺の姉に、気を失った俺を預けたことや、再三のお詫びと共に、士音も殴られて反省していることも添えて、今日の一件についてはどうか怒りをおさめてほしいといったニュアンスのことが書かれていた。

 文面の端々から察するにに、あのシスコン兄貴はロッコに対して相当ビビってしまっているらしい。

 俺も理不尽に殴られはしたが、俺の姉も既に相手に対してキツめな報復をしているわけで、双方のいざこざはこれで手打ちと言ってもいいだろう。


「というか、誰だこの姉。お前俺のお姉さんなの?」

「お嫁さんだぜい。でもそういうの大っぴらにするの、しゅーくんが恥ずかしいって言うから」

「ああ……」


 そういえば今朝にそんなこと言ったっけか。

 姉というのはロッコなりの誤魔化しだったようだ。

 再び手紙に目を戻すと、最後の方に


『後輩くんが欲しがりそうな、良いものを教えてあげるから今日のところはどうかこれで!』


「良いことじゃなくて、良い“もの”を教える?」


 要領を得ない書き方だが、手紙の一番下まで目を通した時に俺は納得した。


「これは……」


 確かに、良いものをくれたぜ富良野先輩。


「ねぇ、しゅーくん」

「なんだよ、俺今からやることあるから、ちょっと向こう行ってくる」

「ねぇ」


 ポケットのスマホを探りながらベンチから去ろうとする俺の腕を、ロッコが掴んだ。


「だから……」

「それ、間に合う?」


 彼女の一言で、丈の長い鉛でも深く飲み込んだような気分になった。

 そのまま胃を貫いてしまいそうな、擬似的な痛みすら覚える。

 先ほど取り出そうとした、ポケットの中のスマホに指がかかっているのに、抜き出すことができない。


「残り、時間は」

「時計ならあそこに」


 ロッコが指差した先には、街灯に照らされている公園の時計があった。

 十九時五十五分。


「なんで……」

「ダッシュで駅にいる人とかに頼み込んだ方がいーんじゃない」

「なんで……」

「だってワンチャンあるかもよ」

「なんで起こしてくれなかったんだよ!!」

「いやいや、起こしたって。でも全然目ぇ覚さなかったからねぇ」

「もっと無理矢理に、引っ叩くなり、痛みでも苦痛でも与えて起こせばよかったろっ……!」

「しゅーくんにそんな酷いことできないよ」

「それでもっ、だって、死ぬんだろ。こんなことで死ぬのかよ、俺……」


 数時間あればなんとでもなるはずだった。

 死ぬくらいなら、酷いことされようがなにされようが構わなかった。それなのに、こいつは……


「大丈夫?」

「大丈夫なわけねぇだろ!死ぬんだぞ!なんでお前はそんなに冷静なんだよ!」

「いや、だって、人間が死ぬのは当たり前だろー……?」


 先程、暴漢から俺の命を救ったと語ってくれた奴のセリフとは思えなかった。まるで矛盾している。俺にはこいつが分からない。

 当たり前か。俺とロッコは“同族”ではないのだ。


「それに私はどっちかっていうと、しゅーくんを連れて帰りたいし。しゅーくんもなんだかんだ、同じ気持ちでいてくれてると思ってたんだけどなぁ」


 そうだ、こいつは最初から協力者ではなかった。なにを勘違いしてまったんだ俺は。こんな奴に関わっている暇はない。急いで…………急いでどうするんだ?

 時刻は十九時五十八分。もう、なにもかもが手遅れだ。


「でも、しゅーくんが生きたいと強く望むのなら。命運の儀にかけてみる?」

「……どういうことだ?」

「時間がないから簡単に言うと、ギャンブルの儀式を行なって延命してみるかいって話さね。延命っていっても数時間延びる程度だし、本来絶対遵守の契約期限を弄るわけだから、更なる制約や失敗時の代償も付いて回るけどね」

「代償ってなんだよ。命だけじゃ飽き足らず、この期に及んで俺からなにを搾り取りたいんだ?死神様は」


 ロッコはなにも言わずにじっと俺を見つめている。

 その金色の目は、色彩に反して、人を吸い込んでしまいそうな、死へと誘うような魔力を帯びている。

 こいつがなにを考えているのかは分からない。しかし、どうしてだか、その瞳の奥に悲しみの色を垣間見たような気がした。

 俺の勝手な思い込みか、どこかでロッコを憎からず思っている心がそう見せたのか。


「俺は、お前を信用出来ない」

「……そうかい」

「だが、死ぬまで愛するって約束だったな。愛した女の提案くらい受け入れるぜ」

「へへっへ、死んでもの間違いだぜしゅーくん」

「そうだった」


 ロッコは噴水のあるところまで行くと、コートの内からリボルバーを取り出した。そして、噴水に向かって連射し始める。


「おまっ、なにやってんの!?」


 水を溜めておく石製の枠が砕け、みるみるうちに水が広がっていく。


「いいからいいから」


 なにがいいのか分からない。なにが始まるんだ。

 ロッコは噴水から飛び退いた後、改まったように自身の衣服を整え、両腕を左右に大きく広げた。そして手を打ち鳴らしてから、祈るような形をとった。


「死の生業を賜りし私の裁量でもって、死を司る大死冠(だいしかん)様の見立ての元、どうか深淵なる運命に一時の揺らぎを」


 地面を覆っていく水の流れが徐々に速度を落とし、表面張力では説明できない不自然なところで止まった。


「な、なんなんだこれは」

「儀式に使う鏡の代わり」


 近くに行って覗いてみると、ただの浅い水溜まりのはずなのに底が見えなくなっていた。


「それ踏まないようにしてね。落ちちゃうから」


 どこに、とは聞かない。怖い。


 ロッコは中折れ式のシリンダーから薬莢を捨てて、銃と弾丸を水溜まりの上に突き出した。


「大死冠様。ここにございますは、六発式リボルバー拳銃。空でございますね。そして、弾を込めたのも確かに一発でございますね」


 ロッコは手早く銃をセットした。それから思い切りシリンダーを回わすと、呼応したように水面が揺れた。

 水面に映ったリボルバーに、なにか違和感を覚える。


「実弾は一発だから」


 ロッコが差し出した銃を受け取ると、シリンダーの穴は全て埋まっていた。残りは水面から不思議な力で映し出された、偽物の弾というわけか。


「これを頭に向けて撃てばいいのか?」


 物怖じしている猶予はない。というより、今日一日で度胸レベルはカンストしている。


「そう、私の頭にね」

「なっ……」

「ちゃんと狙ってね」


 ロッコが親指で自身の額を指した。

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