第8話ゲーマー同士

「あれは、今朝に会った新庄先輩の友達の……」


 髪は一部だけ赤く染められたショートヘアで、耳にはワンポイントのピアスが光っている。

 どうやら彼女は格闘ゲームで連勝記録を作っているらしく、周囲には人が集まってきている。


「つ、次は俺だ」


 また別の男が、彼女の向かいの席に座る。


「これに勝ったら四十一連勝か」

「すげー、あの女の子……」


 あの先輩そんなに強いのか。

 そんな暇はないと重々承知の上でも、体が勝手に向かってしまう。

 大丈夫、一試合2、3分だ。ちょっと観るだけ。

 先輩は華麗な手捌きで、次々とコンボを決めていく。相手の方は防戦一方で、確定コンボでない時に読み合い勝ちをして多少反撃にでるが、結局は差し返されて、ダメージレースについては語るまでもないといった状況だ。結局、相手の男は一本も取れずにストレート負けを喫した。


「くっそ!」


 男はゲーム筐体に拳を叩きつけて席を立った。


「四十一連勝〜♪。もう他に相手してくれる人居ないのー?ねー」


 お前いけば?お前がいけよと、周りの見物人達は顔を見合わせるが、中々名乗りを上げる者は出てこない。


「だったら、俺が相手をするぜ」


 俺は人垣を割って前へ出た。


「あれ君、朝の後輩くんじゃん。えーと確か……」

「俺は三浦周司っていいます」

「おーこれはご丁寧に。私は富良野(ふらの)明音(あかね)でーす!よろしく!というか、三浦くん学校サボりとかダメじゃね」

「それは先輩もじゃないですか……」

「私はいつものことだからセーフ!」


 常習犯かよ。あの真面目そうな、矢恵とかいう先輩に呆れられているわけだ。


「それで、君が私の相手すんの?」

「そうっす!俺、かなりこのゲームやり込んでるから強いですよ!」

「えー?私ここらのゲーセンを拠点にしてるけど、君見かけたことないけどなぁ」

「おれコンシューマ派なんですよ。ネッ対とかでは連勝しまくってて──」

「ぷっ、家庭用の、しかもオンラインでの話かよ」


 誰かが見下した風にそう言った。それに呼応するかのように、あざけた笑いが広がっていく。

 富良野先輩の後ろにいる連中だ。


「家庭用のオンラインなんて、適当に技振ってるだけで勝てちゃうキッズ向けだろ?」

「そうそう。幼稚園児の束を相手にしてイキってるやつなんか、明音ちゃんに敵うわけないって」

「なんだ、お前らは」


 バックの面々が答える前に、富良野先輩が後ろ手に手を振って諌めた。


「ごめんねー。この人ら私のダチっていうか、ゲーセンの大会とかでチーム組んでるゲーム仲間なんよ。三浦くんはさ、アケコンとかオフの経験ある?」

「普通にゲーセンでの経験もありますよ。そもそも、この辺のゲーセン連中が雑魚すぎて相手にならないから、俺はネット対戦に篭ってただけなんで」

「んだとコラァ」


 富良野先輩の取り巻き連中だけではない。周りのその他見物人達の舌打ちや、敵意ある視線が俺に集中する。


「富良野先輩は“多少強い”みたいなんで、楽しめそうですけどね」

「へー言うじゃん三浦くん。でも楽しむ暇なんてないかもよ?私は“めっちゃ強い”から、それこそ瞬殺しちゃったらごめんね〜。つーか多分ストレート勝ちしちゃうかも!」


 取り巻きのような嫌味な感じはないが、煽り煽られ憤り。そこには強者としての余裕も含んだ、プライドが突き出ていた。


「ストレート宣言ですか。そこまで言うのなら一つ賭けをしませんか」

「そこまでっていうか、三浦くんも結構言ってる気がするけど。でもいいよ、なに賭ける?」

「シンプルに、負けたら相手の言うことをなんでも聞くっていうのでどうでしょう」

「それ、学食一週間分奢ってとかでもいいの?」

「もちろん」

「マジ!俄然やる気出てきた!」


 乗ってきた。

 そうだ。俺はこの展開に持っていきたかった。後には引けない、引かせない。反故にされたり、覆ってしまうような安っぽい賭け事なんかにはしたくない。過程はどうあれ俺は本気なんだ。

 この勝負で、彼女をものにしてみせる。


「三浦くんが負けたら学食一ヶ月分を奢りな!」

「い、いいですよ!」


 よくねぇよ!一週間分ですら金が足りるか怪しいのに、この人問答無用で期間を延ばしてきたな。勝った後では学食一年分とか言い出しそうな勢いだ。

 色んな意味で、益々負けられない戦いになってしまった。

 席につき、お互いにキャラを選び終える。双方共にやりこんでいるゲームなので、カーソル移動に淀みがない。試合設定は運の余地がない3ラウンド先取だ。


「準備オッケー?」

「いつでもいいっすよ!」

『Ready? FIGHT!』


 ゲーム画面から英文字が消えた瞬間、富良野先輩の怒涛の攻めが始まった。俺は当然のように全ての攻撃をガードして反撃、と思ったのだが


「おいおい、なんだよ。やっぱ口程にもねぇな」

「あ、あれ?」


 攻撃出すレバー入力のコマンドは甘く、相手の攻撃もまるで捌けない。

 悔しいところだが、取り巻きの野次に返す言葉もない。入力遅延のあるオンラインでのガードタイミングの癖と、久しぶりにやるアーケードのレバー入力に手こずっている。

 それでも初心者ではないので戦えてはいるが、まるで勝機のない、精彩を欠いた、キャラを動かす遊びだ。勝負になっていない。

 これじゃまるで、初めてゲーセンでこのゲームをやった時のようだ。

 思い出す。あの時は……


「あらあらぁ、もう諦めちゃった?まだ体力残ってるのに」


 富良野先輩が余裕しゃくしゃくで体を傾け、こちらの様子を伺ってきた。


「……いいや、そんなことはないぜ。ここからですよ」


 そう、あの時と一緒だ。キャラの体力は残っている。ラウンドもまだある。勝つために、やるべきことは一つしかない。俺だからこそ創り出せる、勝利への道筋。

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