第7話ラストチャンスかその先へ
「新泉!」
「遅くなっちゃってごめんねっ。友達が離してくれなくって」
新泉は申し訳なさそうに、顔前(かおまえ)で手刀を切った。
謝る必要なんてない。もう来てくれただけで嬉しい。今から告白するけど、断ってくれても構わない。いや、断られたら俺の人生終わるが。
中学時代は意識したこと無かったが、今の新泉は天使のように見えた。
「こっちこそ、急に呼び出したりして悪い」
「ううん、全然。高校で疎遠な感じになっちゃったから、こうやってまた話せて嬉しいというか……」
新泉とはなんの因果か、中学三年間ずっと同じクラスだった。そしてなかなか気の合うやつでもあったので、自然と学校での喋り相手に。放課後に時々、友人グループで遊んだりもした。
「あはは、真面目になに言っちゃってんだろ私」
「俺も嬉しいよ」
「えっ、あ、そうなんだー。よかったー」
彼女は忙しなく髪を弄ったり、手遊びをして、モジモジとしている。
「と、ところで、今日は、どうかした?」
「手紙に書いた通りだ。この学校の女子の中で一番親しい間柄だと思っている新泉に、伝えたいことがある」
「う、ん」
新泉はゴクリと唾を飲み込んだ。
「お前のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
緊張の一瞬。
受け入れてくれるかは分からない。しかし、嫌われてはいないと思う。友情から始まる恋があってもいいはず。お試しで、軽い気持ちでも構わない。
だから、頼む……!
「…………その、私でよかったら喜んで、とかなんちゃって」
彼女は顔を赤らめて、照れくさそうにはにかんだ。
「ほ、本当にいいのか!?」
「……うん」
「うおっしゃぁー!」
俺は両腕を掲げて天を仰いだ。
やった、やっとだ。朝から辛かった、本当に。
ありがとう神様、新泉様。俺はきっと彼女を幸せにしてみせます。
「ちょっと待った」
「……へ?」
いきなり数人の女子が屋上に流れ込んできた。
「ちょ、ちょっとみんな!ついてきてたの?!」
「だって橙子のこと心配だったから。あたし見てたんだよね、この男が部活棟行くの。そしたら案の定二人で会ってるし」
「私と三浦くんが会ってたらなんでダメなの?」
「こいつ誰彼構わず告白しまくる、告白魔らしいよ」
「待て!その情報は間違っている!俺はそんなやつじゃない!」
「朝はあの新庄先輩に、その後はクラスの女子全員に告白したとかなんとか」
「その情報は正しい!」
どうやら朝の告白事件達は、既に他のクラスでも噂になってるらしい。当たり前か。
「……ごめん三浦くん。付き合うのやっぱり無しで」
「ぐはっ……」
俺は、人生初の彼女に20秒でフラれてしまった。
新泉を含めた女子達が去った後、俺は屋上のフェンスにもたれかかって座り、そのフェンス越しに遠くの街並みを眺めていた。
今日もあの街のどこかで、誰かが笑い、誰かが泣いているのだろうか。それとも、あの景色を見て今の俺が感じているように、あの“ミニカー”が走っている場所は実際のところ無機質なミニチュア世界で、ヒューマンドラマなんてなにもなく、見えている端までいったら行き止まりなのかもしれない。
狭い世界だ。
なにもない。
「ずっとここにいるつもりなの?」
気がつくと、いつの間にかロッコが隣に座っていた。
「いや、そんなことはないよ。休み時間過ぎちゃったけど、午後の授業を受けないとな」
「授業なんてサボった方がいいんじゃない?残り6時間と27分しかないよ」
「……やっぱり、20秒間だけ恋人っていうのはダメか?」
なんとなく、そんな気はしていた。
「いんや。時間は関係ないなぁ。恋人同士の状態で日付か、契約期限を跨ぐ必要があるから」
「お前、そういうのは言っとけよ」
「これは契約書に書いてあったんだけどねぇ」
「さいですか。はー……」
ため息しか出ない。
「俺、どうしたらいいんだろ……」
「そう落ち込むなよ。しゅーくん妻帯者なんだし」
「マジかよ」
「マジマジ。あんな見る目ねー奴ら放って置いて、奥さんと一緒にお家帰ろうぜい。帰ったらお風呂入ってご飯食べて、イチャイチャしてから、ちょっと早い時間だけど一緒にお休み」
「…………それも、悪くないかもな」
「だろぉ?」
吐息と共に、耳に残るようなねっとりとした口調だ。
ロッコが俺の首に腕を回し、指で首をなぞる。そして、爪先で軽く顎下をカリカリと引っ掻いた。
「……だがな、それじゃ永眠しちまうだろうがよ」
「おお?」
俺はロッコの肩を担いだまま立ち上がり、尻の埃を叩いた。
「午後の授業は欠席だ。外に行くぜ。残り6時間もあるんだからな」
「諦めないしゅーくんも素敵」
「俺を慰めてくれるロッコちゃんも魅力的で可愛いぜ」
「でへへ」
不健全で不健康な様相の、なんとも不気味な笑い方だったが、これはこれで愛らしいのかもしれなかった。
♢
街へ出てくると、実物大の車が走り、行き交う人々の生きた喧騒で溢れていた。
学校とは違う、誰も俺を知らない世界。屋上から見た時とは異なり、四方を建物群で囲まれているのに、随分と広い世界に感じられる。というより俺が小さくなってしまったようだ。
気圧されている。
当たり前だが、ナンパなんてしたことはない。
「あ、あの〜。すみません」
頑張って女の人に話しかけてはみるが、歩みを止める者はいない。
くそっ、気合いを入れろ!
「そこのお姉さん!」
「えっ、なに?」
「めっちゃ美人さんっすね!」
「ありがと!もしかしてナンパ?」
「そうっす!」
「でもごめんねー、私これから彼氏と待ち合わせしてるんだ」
「マジっすか……」
「だけど君結構タイプだから、今の彼氏と別れたら付き合ってもいいよ。またナンパしてね!」
「あざっす!」
お姉さんは明るく手を振ってその場を後にした。
はぁ。まだ一人目だというのにどっと疲れた。
これをあと何回繰り返せばいいのだろうか。ナンパ師なんてただのチャラ男だと思ってたけど、体力もメンタルも強靭なんだろうな。今なら尊敬できる。
街を少しぶらつくと、大型のゲームセンターが目に入った。
ちょっと、ゲームでひと勝負してからナンパを再開しようか。
いや、現実逃避してる場合じゃないな。時間がない。
でもまてよ。ゲーセンにいる女の子なら、ゲームを通して仲良くなれるのではないだろうか。
中に入ると、少し肌寒いくらいに空調が効いていて、外の明るさに比べると薄暗目な照明と、ゲームのネオン、それとゲーム音で満ちていた。
基本は男の溜まり場なので女子がいなければすぐに出ようかと思ったが、ちらほら女の子もいるようだ。
なんだか出会い厨のような思考になってるな。だが、致し方あるまい。ここからどんどん出会っていこうぜ。
「いぇー!また私の勝ちぃー!」
少し離れた対戦台の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
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