第6話必勝法は既に体得している
一ノ瀬が出した手はチョキ。彼女が宣言した手がパーであることを考えると、表と裏を読んだ時の安牌であると言えるだろう。
つまり、一ノ瀬はまず俺の出方をうかがってきた。
しかし、俺の手はグーだ。
「……次、いくから。私はグーを出すかんね!ジャンケン──」
きっと俺の思考パターンを読んで、それを俺が考えて変える前に押し切ろうとしてるんだろう。だけど俺はなにも考えていない。
俺はお前の指しか見ていない。
一ノ瀬の手はグー。そして俺はパー
「なっ……」
俺はゲームが得意だ。と言っても頭脳戦ではなく、FPSや格ゲーなどの反射神経を要求される対戦ゲームの方ではあるが。中学三年に上がった辺りから、誰かに大きく負けた記憶がない。
コンマ、フレーム世界の戦いを日々制している俺にとって、相手の指の動きで手を読むのは容易かった。
「つ、次の手は……」
「ほれ、ジャンケンポン」
ある意味究極の後出しでズルい気はするが、今の俺になりふりかまってる余裕はない。水野との約束があるし、公然と告白するチャンスはどうしても欲しい。
「負けた……」
「っしゃ!俺が優勝だ!」
おぉー!と主に男子からの歓声が上がる。
「やるじゃんよ三浦。このクラスに好きな子がいるなら、私が口利いてあげようか?」
「ありがとう一ノ瀬。でもこの場で告白するから必要ない」
「漢ね」
俺は教壇に立った。
今からやろうとしていることを思うと、さすがに足がすくむな。しかし、今日一日かけて一人一人を相手にしている時間はない。
言うぞ、俺は。そうだ、ひるむな、やってしまえ……!
「俺は、このクラスの女子全員が好きだっ!」
「…………は?」
誰かが発した間の抜けた疑問系。しかし俺はやめない。
「まだそんなに長い時間一緒に過ごしたわけじゃないけど、このクラスの女子はみんな魅力的だって!明るくて面白いやつ多いし、そうでない子も俺に優しくしてくれた。俺はこのクラスになれて本当によかったと思う!だから誰か俺と付き合ってくれ!」
「最低じゃんよ、三浦……」
一ノ瀬の、冷ややかな目が、突き刺さる。
「ほんと最低」
「私ちょっと三浦くんいいなって思ってたのに。ないわ」
「私も」
「誰でもいいとかクズじゃん」
クラスの女子の非難が止んだ頃、一時限目終了のチャイムが鳴った。
ロッコに宣告された期限まで、後10時間と42分。
「女子全員に告白とかマジで漢だぜお前」
「俺は今後尊敬する人を聞かれたらお前の名前だすよ」
「三浦今日暇?カラオケ行かね」
そして男子達からの称賛の声。
俺は女子の好感度と引き換えに、男子からの信頼と、熱い尊敬の眼差しを得たのだった。
「よう、本当に優勝しちゃうとはな」
「水野……」
「ありがとな、“親友”」
「おうよ、ただの友達……」
「あ、ひでぇ奴」
俺は教卓に突っ伏しながら、彼の差し出したチョコバーにかぶりつくのだった。
それからはいつも通りの日常で、授業、小休み、授業、小休みと、俺の命とも呼べる時間を一コマ単位でごっそりと削り取っていく。
気づけば時は昼休み。
だが諦めたわけではない。時計の針が進むたびに叫び、走り出したくなる衝動に駆られるが、まだ俺は大丈夫。冷静だ。既に次の手は考えてある。
数こそ多くはないが、俺にも多少親しい女子生徒がいる。彼女と恋人になるのは酷く簡単なことだ。きっとそうだ。多分そう。祈るしかない。
そして俺は、教室でよく話す女子に廊下で遭遇した。
「や、やあ純連。今日は、いい天気だね」
遭遇したもなにも、教室でずっと隣の席にいたが、朝の一件から目つきが怖すぎて話しかけられなかった。
しかし、彼女の態度について、こうは考えられないだろうか。本当は好きだけど、素直になれない感情の荒ぶり。つまり、俺の告白を自分にだけしてほしかったと。
純連は何も言わずに俺を見つめている。
「あ、あのさ……まどろっこしいのはなしだ!お前、実は俺のことが好きだったりしないか!?」
彼女はなんと、サムズアップをしてみせた。
お?これは?まさか、YESのサイン……?
純連の親指はどんどん上昇していく。そして突如反転急降下。
「シッ」
純連は突き刺さすような睨みつけを残して、俺の横を足早に通り抜けていった。
心の底では分かっていた。彼女が俺を好きでないことを。きっと怒っているのだって、私だけを見てほしいとかそういう可愛らしい感情ではなく、イカサマ紛いのジャンケンと、同時告白からの嫌悪感の表れだろう。
純連には決定的にフラれてしまったが、そもそも俺の言う仲のいい女子ではない。
俺は部活棟へ回って階段を登っていき、屋上へとやってきた。
部活棟の屋上は、昼休みでも生徒は殆どやってこない。
俺は手紙でとある女生徒に、昼休み時間になったらここへ来るよう呼び出していた。
今朝の一連の敗因は、誰彼構わずといった態度と、浅い関係に対しての突然過ぎる告白にあると俺は考えた。時間が限られているとはいえ、一人の女性に対して真摯に向かい合い、そして相手に俺が好意を持っているということを、多少時間をかけて理解させる必要がある。
そのため、最初の小休みの時間を使ってラブレターを作成し、隣のクラスの新泉(にいずみ)橙子(とうこ)という、中学から交友のある女子の机に忍ばせておいた。
彼女こそが俺の知り合いの女子の中で一番希望があり、それと同時に最後の砦でもあった。もし彼女に断られたら俺はほぼ確実に死ぬ。精神的にも。
スマホで現在の時刻を確認すると、十三時手前と表示されていた。
──遅い。
ここへは購買で買ったパンを食べながら急いで来たため、相手と入れ違いになったとは考え辛い。
まさか、ラブレターに気がついていないのだろうか。それとも間違って別の人間の机に入れてしまったか。それとも……
考えを巡らせるが、結論は出ない。いや、考えたくないだけかもしれない。
少ししてもう一度スマホを確認すると、時刻は十三時四分。
もうすぐ、昼休みが終わってしまう。
来ては、くれないのだろうか……
「や、やっほー。三浦くんいるー?」
突然屋上の扉を開いて現れたのは、新泉だった。
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