第5話ジャンケン勝負
新庄レイラが学園のアイドルであるように、水野静希もまた、入学時より学園の女子達の恋心を掻っ攫っていってしまった存在なのだ。
水野と同じクラスの女子達は、彼に好意を寄せている者同士で停戦協定結び、結託して他のクラスの女子の告白を妨害していたはずだが、ここにきてついに動き出したようだ。
「水野がもてはやされるだけのイベントでウンザリなのは分かるけどさ、今回は大人しくしとけって」
「そうそう。このクラスの女子は水野にしか興味ねーよ」
男子達がげんなりした様子で俺をなだめる。
しかしここで、はいそうですかと引き下がれるほど、俺は人生を達観視していない。当の本人に文句の一つでも言ってやらねば。
「おい水野!お前の方はどうなんだよ!」
肩肘をついて、窓の外を眺めていた水野は目線だけをこっちにくれた。
「どうって?」
「お前クールぶってるけど、本当は嬉しハッピーで有頂天なんだろ?そうだろ!」
「別に」
「嘘つけ!内心では他の男子見下してる癖に!」
「今日の三浦なんかカリカリしてるな。腹でも減ってるの?」
そう言って水野は、懐からチョコバーを俺に差し出した。
「やるよ」
「お前!こんなもんでっ、ほんとにもらっていいの?」
「ああ」
今日は朝食を抜いてしまったので、実際にお腹が空いていた。と言うより昨日の晩はゲームに熱中していて、その時点からほとんどなにも食べていなかったのを思い出した。
チョコバーを受け取って頬張ると、ザックリとした食感が脳を震わせ、甘さという甘さが舌にのしかかって刺激した。
「チョコうま」
「気分は落ち着いたか?」
「ああ、ありがとう。なんか突っかかってごめん。さっきはあんなこと言ったけど、お前のそういうさりげなく優しいところ好きだ」
「どうも」
水野はささやかに微笑んで見せた。
こいつがモテる理由が分かるな。
「なんで私ら差し置いて三浦が告白してんの!」
一ノ瀬やその他女子が、こっちにガンを飛ばしている。
「いやちがっ、そういうんじゃねぇから!」
「気が済んだのなら邪魔しないでよね。はーいじゃあ、水野くんへの告白権をかけてジャンケントーナメント始めるよー!」
「……はぁ、だる」
水野は小声でそう呟いた。水野としては、本当にこういった催しを快く思っていないようだ。
「だったら俺が告白を阻止してやろうか」
「え?」
「俺があのトーナメントで勝ってきてやる」
「参加者多いのに、断言しちゃうところが三浦らしいな。ま、無理だろうから期待しないで待ってるぜ」
「まかせろ。期待してな」
俺は手早く残りのチョコバーを腹に詰めた。
「一ノ瀬!俺もそのジャンケントーナメントに参加する!」
「え、マジで水野くんのことを……?」
「だから違うって!もし俺が勝ったら、このクラスの好きな相手に告白させてもらう!」
ヒューッと茶化すような掛け声と共に、クラスが騒めいた。
唐突に、隣から袖を引っ張られる。
「な、なに考えてるのよ。わざわざそんな罰ゲームみたいなことするって本気なわけ?」
お祭りモードの雰囲気にのまれず、棘のある口調で話しかけてきたのは純連だった。
「もちろん」
普段ならこんな恥ずかしいことはやらないと思うが、今日は別だ。恋人を作らないといけない以上、告白は必至。その上で、理由付けがあった方がやりやすいというものだ。
一ノ瀬の方はというと、意外や意外。不敵に笑っている。
「へぇ、特別に許可してあげる。ただし、負けたら優勝者と水野くんの仲を取り持ってよね」
「簡単だよ。水野と俺は親友だからな」
「そうだったっけか。友達だとは思ってたけど」
呆れた感じで水野がツッコミを入れたが、無視だ。俺は勝てる。
「他に参加したい人いる?この際性別も、告白の相手も……いいや。出たいやつは全員立って!」
「やっぱり私も出るわ」
「あたしも遊びたい!」
「あ、あの、私もやってみたい、かも」
純連をはじめとして、その他数名が名乗りを上げた。
「絶対負けないから」
「なんだよ純連。張り合うなよ」
「……あなたが告白する相手を教えてくれたら、参加をやめるかもしれないわ」
「内緒」
告白の相手など言えるわけがなかった。俺が勝った時にやろうとしていることも。
「そういうお前は?」
「この馬鹿馬鹿しい騒ぎをとっととお開きにするため。そしてあなたのためよ。もしも勝ち抜いてフラれてしまったら、惨めで可哀想でしょ」
こいつは時々、こうやって訳もなく突っかかってくる。純連は基本的に優しくていい奴だと思うが、俺の中で彼女が幼馴染や友人ではなく、旧知の仲という枠組みに収まっているのはそれが理由だ。こいつがどう思ってるかは知らないが、俺の方としてはあまり仲良くなれている気がしない。
「参加者は二十人ね。ジャンケンの相手は出席番号の近い者同士で、二本先取!残り五人になったら三本先取で総当たりやるから!」
戦いのゴングは鳴った。そして一斉に勝負が始まる。
ジャン、ケン、ポン!
残念がる者や、がっくりと項垂れる者達が続出する中、俺はひとまず無難に一回戦を勝ち進んだ。
そして二回戦目にして早速、純連とかち合うことになる。
「よっし、俺が一本先取だ」
「くっ……ねぇ、その、もう一度聞くけど、わざわざ飛び入り参加なんてして誰に告白するつもりなの?」
「お前だよ」
「ふえ……?」
「最初はグッ、ジャケポッ!」
「ちょ、あ」
早口で捲し立てたので、純連の手はグーのままだ。
「俺の勝ち!」
「ちょっと!ずるいじゃないこんなの!」
「負けたからっていちゃもんつけるなよ」
「こんなの一ノ瀬さんには通用しないと思うわ」
「普通にやったって俺が勝つよ」
「なんなのよその自信」
「じゃあ俺、決勝行くから」
「あっそ…………がんばっ……」
純連がなにか小声で呟いた気がした。
「なんだ、まだ文句あるのか?どうしてもって言うならやり直してもいいが」
「とっとと行け」
「はいよ」
勝者五人が黒板の前に揃った。
黒板には五人の名前が連ねられた、総当たり表が描かれている。
「ふーん。自信満々に参加してきただけのことはあるじゃん」
一ノ瀬が品定めでもするように俺を見やった。
「俺はジャンケン強いからな」
「奇遇だね、私もなの」
各位順番に勝負をしていき、総当たり表にマルとバツが刻まれていく。俺も一ノ瀬も他の女子を下し、とうとうお互いに四勝〇敗というところまできた。
「私実はあんたのこと結構評価してんのよ。男子で飛び入り参加してきたのあんただけだしね。他は腑抜けかっての」
「おー、なんか嬉しい」
「でもあんたに水野くんは渡さないっ。勝つのは私!」
「だからそんなんじゃないって!」
「私はパーを出す。ほらいくわよ。ジャンケン──」
でたな、心理戦。
側で少し見ただけだが、一ノ瀬の戦法は心理戦を仕掛けた後に強気な性格で捲し立てて、相手にあまり考える時間を与えずに押し通すやり方。要は、俺が純連にやった方法に近い。
だけどな、俺には心理戦なんて関係ないんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます