第4話短くも長い一日の始まり

 俺は大急ぎで学校へ行く支度を整えて家を出た。

 日常的な通勤通学風景なのに、いつもとは世界が違って見える。というより、どうにも周りの人を意識して見てしまう。

 しかし当たり前のことだが、道行く女子、女性達の方は俺に全く目もくれない。


「ねぇ、そこのお姉さん。みてみてこの男の子」

「え、はい、なんでしょう」


 唐突に、ロッコが通りすがりのリクルートスーツの女性に話しかけた。

 もしかして恋人作りの仲介役をやってくれるのだろうか。


「かっこいいでしょ?この人ね、私の旦那さん」

「は、はあ」


 そして怪訝な顔で女性は去っていく。


「おい!恥ずかしいからやめろ!なんなんだよ。協力してくれるのかと思ったのに」

「自慢したくてつい。というか契約事に私は協力出来ないよ。そういう決まりだから」

「え、そうなのか」


 どうやら自力でなんとかするしかないらしい。

 

「まー気楽にやりなよ。この世界の人間全員恋人候補なんだし。しゅーくんならすぐに恋人できるって」

「謎の旦那自慢ムーブで、早速候補が一人減ったけどな」


 あのお姉さん綺麗だったのに……

 でもこいつの言う通りだ。とにかく告白しまくれば、一人くらいはOKを出してくれる女の子もいるかもしれない。


「……よっし!腹括っていってくる!悩んでる時間が惜しい」

「私は遠くから適当に見守ってるね」


 ロッコは道端の濃い日陰に入ると、そのまま闇に溶けていった。

 とりあえず、近くを歩いている女子に話しかけてみようか。

 しかし、知らない女子にいざ話しかけようとすると緊張するな。語る内容も愛の告白なわけで。

 徐々に登校中の学生の数が増えていく中、やたら周囲の注目を浴びている人を発見した。


「あれは……」


 二年生の新庄(しんじょう)レイラ先輩だ。

 新庄先輩はフランス人とのハーフで、ルーズサイドテールにまとめられた髪は綺麗な金色をしている。スタイルもモデル並みで学校一の美人。しかし、完璧超人という雰囲気ではなく茶目っ気があり、そんな彼女に心を鷲掴みにされ、言い寄る男は数知れない。

 俺は、今からその数知れない男の一人になろうとしている。

 ロッコから契約内容を聞いた時に、一番最初に頭に浮かんだのがこの新庄先輩だ。彼女は、俺が今通っている高校を目指した理由でもある。

 高望みは重々承知の上、それでも一度はアタックしてみたい相手。


「あれ、レイラ腕時計買ったの?」

「これ?実はパパに持たされちゃったんだよね。遅刻ばっかしてるから5分前行動を心掛けなさいーって」

「へーめんどくさそ。ところで今から満喫行かない?一限目数学でだるいし」

「いいね、いこっか」

「乗るなレイラ。ねぇ、こいつ切った方がいいよ。余計に遅刻増えたの絶対こいつのせいだって。友達やめよ」

「ちょ、冗談だってば。酷いなぁもう!」

「あはは」


 楽しそうに笑う新庄先輩。そして、よく一緒に見かける二人組。

 彼女達の会話に割って入るのはいささか気が引けるが、意を決するしかない。


「あ、あの!」


 俺が声をかけると先輩方が振り向いた。


「君は確か……」

「ちょっと待った」


 新庄先輩を遮って、真面目そうな先輩が間に入る。


「あのさ、朝からとかレイラもいい加減迷惑してるんだよね」

「え、なんのことですか?」

「とぼけないで。レイラに告白する気でしょう」


 うおお!なんでバレてるんだ。

 いや、考えてみれば、登校中に新庄先輩が告白される光景を見たことある気がする。

 いきなり男子が声をかけてきたら勘違いもするわけだ。勘違いじゃないけど。


「学校に遅れる生徒がいるからって、全校集会で登校中の告白が禁止なったの忘れたの?」


 なんだろうその謎ルール。たった一人の生徒の存在が校則を作ってしまったのか。さすが新庄先輩だ。


「それ二月の話だから、今年入ってきた奴らは知らねーんでない?」


 不真面目っぽい先輩が答える。


「なるほど、それでちょくちょく朝から一年生がちょっかいかけてくるわけね」

「ちょっと矢恵(やえ)。この子は違うって。えーと、三浦くん、だったよね。同じ学校だったんだ」

「覚えててくれたんですか!」

「もちろん。猫ちゃん元気?」

「はい!もうすっかり馴染んで我が家の一員になってます!」

「そうなんだ、よかった」


 ミールは元々捨て猫だった。

 新庄先輩は家の事情で飼えなかったため、外でこっそりミールの世話をしていた。そこへ俺がたまたま通りかかり、事のいきさつを聞いて我が家で引き取ることになったのだ。


「ごめんなさい三浦くん。私勘違いしてしまって」


 矢恵と呼ばれた先輩が俺に謝った。しかし、俺は彼女の言葉を否定しなければならない。


「ああ、いえ……勘違いじゃないっす!」

「え?」

「俺は新庄先輩に告白しようとしてました!」

「駄目だって言ったでしょう。帰りなさい」

「いや彼、私らと一緒で登校中じゃね」

「行きましょレイラ」

「あ、うん。えっと、ごめんね」


 新庄先輩は軽く手を振り、他二人と去っていく。


「あっけなくフラられた……」


 ダメで元々とはいえ、憧れの本命だっただけに心へダメージが大きい。

 俺はフラフラと近くの公園のベンチまで行って座り、深いため息をつくのだった。



 遅刻ギリギリで自分の教室へたどり着くと、クラスの様子がいつもと違っていた。なにか張り詰めた空気を感じる。


「今日は随分と遅かったじゃない」


 自分の席に座ると、隣の席の近田(ちかだ)純連(すみれ)が話しかけてきた。

 ほんのり赤みがかった茶髪のハイツインテールで、少しツンとした目つきの女の子。彼女とは中学を飛ばして、小学校から今に至る旧知の仲だ。


「ああ。ところでどうしたんだこれ」

「朝のショートと一時限目のホームルームが自習になったのよ。今日、担任が風邪で休みだって」

「いや、自習なのは黒板みれば分かるけどさ。なんか雰囲気おかしくね?普段なら遊び祭りみたいになるのに」

「ま、すぐに分かるわ」


 クラスで一番影響力のある女子、少しギャルっぽい見た目をした一ノ瀬(いちのせ)が教壇に立った。


「それじゃあみんな、今から水野くんに告白する権利を賭けて、トーナメントを行ないたいと思います!」

「……はぁっ?なんだよそれ!」


 俺は突っ込まずにはいられなかった。


「あれ、三浦来てたんだ。おはよ」

「おはよう。じゃなくって!なんで水野が相手なんだよ!俺に告白してくれよ!」

「はぁ?あんた誰?」

「たった今三浦つったろ!」

「なんで超絶イケメンでクールで素敵な水野くんを差し置いて、三浦に告白しなきゃいけないの?意味分かんないんだけど」

「確かにっ……!」


 一ノ瀬の言う通りだ。

 契約のせいでクラスの女子にどう告白しようかと、朝からいっぱいいっぱいだった。そこへきて、この悪辣とも表現してしまえるような出来事だ。テンパって我ながら無理筋なことを言ってしまったと思う。

 そう、水野(みずの)静希(しずき)の存在を忘れていた。というより目を背けていた。

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