第9話好きに?
俺はこのラウンドと、次のラウンドを捨てる。
認めざるおえない。富良野先輩は俺が思っている以上に強かった。しかし、さらにその上をいけば彼女に勝てる。簡単な話だ。
まずは基本動作。相手と距離を取り、屈伸、ジャンプ、左右ステップの入力を、丁寧なレバー入力で確認していく。
「なんだぁ?勝てないからって勝負捨てたのか?情けねぇやつ」
ギャラリーがうるさいが、気にする必要はない。勝つためににやっていることだ。実際、対戦相手には失礼かもしれないが、これが今の俺の本気だ。
レバー入力の感覚を取り戻したところで、今度は攻撃のコマンド入力。これもまた、相手の隙を突いて丁寧に入力していく。
「お、ようやく反撃してきたじゃん。でも甘い甘い!」
攻撃はあっさりといなされ、俺はこのラウンドを落としてしまった。
第2ラウンド。もう一度、今度は別のコマンドで攻撃を出し、ここでようやく相手のキャラにまともなダメージを与えることができた。しかし後が続かない。相手の反撃と有利展開を許してしまう。
「あ、しまっ……」
「えへへ、もーらいっと!」
良くないタイミングで即死コンボの始動技が入ってしまった。富良野先輩も当然コンボミスをすることはなく、第2ラウンドも彼女に白星が付く。
「なんか拍子抜けじゃね。この後もう一回くらいやったげよっか?」
「それだと学食一年分とかになりそうですね」
「そんな鬼じゃないって!半年分!」
「お断りです。なにより、この試合負ける気ないんで」
「往生際悪くねー?」
富良野先輩の方は、もう勝負の熱が引いてるといった感じだ。
今の試合はダメージ比率こそ相手に大きく傾いたが、攻撃面の調整はもう問題ないだろう。コンボに関しては練習する必要はない。移動やコマンドのスティック入力が正しければ、コンボの方も簡単にできる。今までやってきたことなのだから。
そして、もう後がないラウンド。だが、未だ完全には感覚を取り戻していない。
守りだ。このHPが削り切れるまでに、ガードと回避を完璧にする。
そこからの俺は、とにかく守りに徹した。今反撃に出てもいい試合にはなるだろうが、ここから三試合連続でラウンドを取るとなると、守りを疎かににしたままでは必ずそのツケが回ってきてしまう。
「ありゃ、今度はガードばっか?つまんな」
ガチャガチャと適当な攻撃をガードするたびに、こちらの体力が減っていく。完全に勝つためには、HPが削られない完璧な『ジャストガード』をする必要がある。
感覚を取り戻すまでもう少し、しかし、HPも残りわずか。
成功。削られる。成功。成功。削られる。成功成功。成功。
この感じ……!
「だーっ、いつまでやってんのそれ!?」
「もうここまでですよ」
「お、ようやく負け認めんの?雑魚なの認めちゃう?」
クソ試合やらされてイライラしてるっぽいな。当然と言えば当然だが、しかしゲームでの煽り合いは嫌いじゃない。
「調整は、ここまでです。さぁ、かかってきなよ富良野先輩。先輩の攻撃程度なら全部捌いてみせるぜ」
「ムッカチーン!だったら最後は超必殺技でケリつけてやんよ!オラオラオラァ!」
怒涛の攻撃からの超必殺技出し。が、俺は全ていなし切った。慣れてみれば、先輩の攻めは割と単調だ。
「な、はぁ!?どうなってんのそれ!?」
「次はこっちからいくぜ!」
そこからの俺は彼女を圧倒し続けた。それでも4ラウンド目まではまだ試合にはなっていたが、ラストは俺が先輩に途中まで負けていたという事実が、思い出せなくなるくらいの完全勝利となった。
「マジかよおい……」
「嘘だろ、あの明音ちゃんが負けるなんて……」
衝撃的な勝ち方をしたせいか、はたまた富良野先輩を応援していたせいか、俺への賛辞はなく、周りのギャラリーにはただただ動揺が広がっている。
富良野先輩はというと、座って俯いたままだ。
やばいやりすぎた。こんな、ある意味完璧な勝ち方をする必要があったか?冷静になってみれば、もっと上手いやり方があったような気がする。
こっちが今から提案するのは、恋人になってほしいという、甘酸っぱくもこっぱずかしい条件なのに。無理だよこれ……
「す……」
「あの、先輩……」
「すっ……」
すっ、なんだ?『すっげームカつく。二度とその面見せんな』だろうか。いや、悪い方に考えるのはよそう。きっと『すごい三浦くん!好きになっちゃった』だ。
ダメだ、自分で考えててちゃんちゃらおかしい。
「好き!」
「す、え?」
「なにあのテク凄すぎだって!好きになっちゃったかも!」
「ど、どうも」
「でもすげームカつく!キー!」
突如として富良野先輩が掴みかかってくる。
もしかしたら、俺この人と思考パターン似てるかも。
「ちょっ、制服破けちゃいますって!やめてください!」
先輩の手はそのまま俺の襟元にシフトした。
「負けたままじゃ悔しいから他のゲームしにいこ」
「だったら格ゲーで再戦しましょうよ」
「いやはや、今ので勝てない分かっちゃったし。他のゲームでボコ──遊びたい」
この人もなかなか負けず嫌いみたいだ。
「え、明音ちゃん。この後俺たちとカラオケ行く予定は……」
「あ、ごめん。それパス。私この子と一緒がいいから」
「も、もしかしてそいつ彼氏なの!?僕らには彼氏いないって言ってたくせに!」
「なんなん。もしかして私に惚れてた?ごめん君脈なし」
「こ、この、お前なんかビッチだ!」
「あーん?!なんだと!お前こそヤリチン野郎!」
「う、うぅ、僕はずっと明音ちゃん一筋で、その、僕はそんなやつじゃ……」
どう見ても彼は気弱な雰囲気でヤリチン野郎には見えないが、俺には富良野先輩の思考回路が分かる。勢い余って同等だと思える暴言を吐いただけだろう。ある意味かなり酷い罵倒だ。もちろん、本当にやり手な彼な可能性もあるが。
「ほれ、いくべ」
「襟引っ張らないでくださいよ。あ、ここガンシューティング置いてるんだ。あれやりましょう。俺シューティングも得意なんです」
「じゃあ向こうのレースゲーね」
さりげなく拒否された。
その後は、他の対戦ゲームやら、そうでないものやらを色々と遊び倒して時間が過ぎていく。
しかし、俺は依然として富良野先輩に条件を提示できていなかった。彼女に振り回されっぱなしだったのもあったし、仮に付き合えたとして、その後のゲームでへそを曲げられて『やっぱ付き合うのなし』などと言われたくなかったからだ。
富良野先輩に告白するのはなるべく帰り際がいい。そうすれば、どう転んでも別れ話には発展しない。恋人同士の状態で逃げ切って、契約期限さえ超えてしまえばいいのだ。
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