警棒、散って…

 隊長室。

 アヤナは書類と格闘していた。

 イツメンではあるが、補助官としてフレイヤ特務少尉もいる。今は秘書のようなことをさせているが……本来任務として、彼女はアリス・チルドレンから指導役として派遣されているのだけれど。

 シスターズは活動実績がまだほぼないに等しい。

 訓練だって走るだけだし(着ける装備がないから)。

 基礎体力がつくならそれでいいが、何だかアイツら手を抜いてるし……。

 よくわからないのは、アグゥ・グランドレベル二等兵。彼女は先頭を物凄い速さで走って皆を置いていく時もあるのに。反面、最後尾にいたり。それどころか蝶々を追っかけている時もある模様。でもなんだか誰も口出しできないようだ……。


 アヤナ・シスターズは。精鋭のアリス・チルドレンの損耗時に彼女らをカバーすると言う期待もあるようだが。多分無理だろう。いや絶対に無理だ。少なくとも今の段階では。

 なんとか屋外戦だけでも使い物になれば……とアヤナは思っていたが。

 そもそも槍が届いていない。どんなに上申しても、来ない。

 チルドレンと歩調を合わせるためのショートソードがあれば……とも上申しているのだが、一向に来ない。

 装備がないので皆は適当にホウキで叩き合っている(小学生男子がやるように)訓練をしているが。あれで腕前は良くなるのだろうか。


 ともあれ装備だ。手を抜いてランニングしている今よりは、余程訓練になるだろう。

 アヤナは各地に必死に上申書を、書いて、書いて、書きまくった。どんな装備でもないよりはマシだろうと。

 しかしどんなに書いても、全く何も下りてこない。

 それどころか、よくわからない書類がどんどんと送られて積み上がってくる。

 上申書を一枚書けば、何やら二枚になって戻って来る。

 それまでは適当にサインしてたアヤナ(この時点で既にヤバい人)が、あまりに可哀想なのでフレイヤが返送されてきた書類を読むと……



『フォーマットが違います』

『記入ミスがあります』

『サインがないです』

『管轄が違います』

『宛先不明です』

『そちらの部隊がどこなのか記載されていません』

『一目惚れしました。僕と付き合ってください』

『最低入札制限価格を下回っています』

『在庫を確認致しましたが代品のご用意ができない状況となりました為、誠に恐縮ではございますが弊社にてキャンセルとさせていただきます。ご容赦くださいませ』

『ガッツが足りません』

『配送機関が郵便屋しかありません』

『付き合ってくれるってサインしてくれたじゃないですか! 僕、ずっと待ってますから……!』

『受け渡し場所に貴官らの人員が来なかったので持ち帰りました』

『ノリと勢いで承諾しましたが、やっぱりやめました』

『優先順位の高い命令が入ったので、しばらくお待ち下さい(年単位)』

『口座開設でポインツ付与の件ですが、お得なオススメセットもあります』

『新型の神様の、壺の購入確認です』

『貴方がいいって言うから、僕は結婚届を用意してます! 貴方に早く逢いたい!』


『叔父が亡くなって忙しいので、またにしてください』


 既に色々と問題はあるのだが。

「……隊長」

「何?」

「えっと。これ、隊長が頑張れば頑張る程、書類が増える気がします……」

「えああぁ!?」

「あとこれ……多くがコジ兵長が送り返してきてますね。何故だかは知りませんが」

「装備品の管理・鑑定として、あの子を預かってるわけだからね……でも口で言ってくれれば、その場で直すのに。なんで面倒なことするかなぁ」

「まあ彼女は彼女なりに、精一杯頑張ってるんだと思います。ちょっと方向性がおかしいだけで」

「うー」

「あっ。この書類はアヤナ隊長とコジ兵長の間で、5回も行ったり来たりしてますね。それに伴って添付の書類が増えていくので……」

「ああああああ!」


 要するにアヤナが書いた『上申書』は、どこにも送られていない状態であった。だがその事実は、恐らく誰もが把握していなかった。


 フレイヤは言う。

「あとなんか……色々な書類が混じってるような気が」

「ん?」

「誰それが求婚してるとか、明らかにヤル気がないトコとか。……あっ、隊長。08小隊に上申しても無駄です。あそこは既に、直近で、叔父が15人、叔母が13人、従兄弟が10人くらい亡くなってるとこなんで」

「世間は冷たすぎるわね……」



 と、隊長室の扉から嬉しそうなノック音がされた。

「姓名と階級を」

「はっ。コジ・イツカ兵長です」

 書類が遅れた原因の一人なのだが、まあ彼女に悪気はないし。アヤナは咳払いをすると返事をした。

「入りなさい、コジ兵長」

「はっ」

 彼女は両手にいっぱい書類を持ってきていた。後は大きなバッグを持っている。

 また訂正の書類か……? と思ったが、今回は違うようで。コジ兵長の顔が明るい。


「えぇとアヤナ隊長! この書類を見ていただければおわかりになると思いますが、ウチに装備が一応充てがわれることになりました!」

 その言葉にフレイヤの顔が明るくなった。アヤナ隊長など(いつものように)天を見上げ、涙を流すほどだ。……わりとすぐ泣く王国騎士(お姫様)である。


「それじゃあ書類を見るわね、コジ兵長!」

「はい!」

「えぇと……。……。……」

「……。……」

「……あのさ、コジ兵長?」

「ひゃっ、ひゃいっ!」


「ウチは軍隊だってのに、なんで『警棒』の支給なのよ? アリス隊の損耗をカバーするならショートソード技術が必須だし、その他なら、ウチは屋外戦で槍とか剣とか楯とか欲しいって上申しておいたじゃん? あとアーマーも!」

「うぅう、私に言われましても……」

 アヤナはハッと口を覆った。

「ごめんなさいコジ兵長。貴方が悪いわけじゃないのに。大きな声を出してしまったわ」

「いえ、大丈夫です」


 しかし実は。実質的に装備の手配をしているのはコジ・イツカ兵長であり。そして彼女は『軍隊』ではなくうっかり出向元の『警察』に装備の上申をしていただけである。

 要するに彼女がポンコツで。

 要するにコジ兵長がよろしくない。


 そのコジ兵長は大きなカバンを開けて、中から何本かの警棒を取り出した。

「兵長。それは?」

「はい。今回配備されることになった警棒です」

 彼女は書類の一部分を指差す。

「隊長。ここを見てください。この警棒の性能諸元ですが」

 アヤナ隊長はその一文を見て、両手で顔を覆った。


『OSにはME を採用』


 アヤナは興奮を抑えながら叫んだ。

「なんで!? なんでそんなにMeなの!? MEが何かしたの!?」

 コジ兵長は小さく片手を上げる。

「きっと……OSのくせに『何もしない』から、色々と大丈夫と思われているのかと」

「何もしないどころか、それ以下のブツじゃないの!? 起動するだけで勝手に再起動する画期的OSと言われているのよ!」

「うぅ……」

「っつーかMEって時点で、この性能諸元、信じられないわ! どんなにカタログスペックが良かろうが、多分使い物にならない!」

「でも、その。えっと、隊長。それで……。アヤナ・シスターズにこの武器をテストしていただきたいらしく……」


「……。なんか。ウチってテスト部隊になってない?」

「まあ割とどうでもいい人達の集まりですし」

#ナチュラルに毒舌な童顔巨乳である。


 コジ兵長は続ける。

「実はこの警棒。コンペディションで負けたヤツの……さらにパチもんなんですよね」

「……。……待って。コンペで負けたヤツのパチもん作って、誰が得するの? 何のためにあるの!?」

「安いから、じゃないでしょうかね。それ多分、一回とか二回叩いたくらいですぐ壊れますよ」

「えぇ……」

「一応装備して持ってる、的な。見栄えと言うか。サタデーナイトよりはマシ、程度のものでしょう。一番のウリは軽いことで。携帯に便利みたいですね」

「……」

「OSにMEが採用されてるのも、多分そこかと。Meよりも古いけど安定してる95や98SEは、人気があって市場でのお値段も高い。なので数がダブついていて市場の相場で最も安いMEが搭載されているのかと」

「あのさ、そもそもコジ兵長」

「はい?」


「なんでウチにはMeばかり送られてくるのよ! 私たち、何かした!?」

「多分。軍人として何もしてないから、かと」

#やはりナチュラルに毒舌な童顔巨乳である。


「ふぅ。やれやれだぜ……と承りたくなるわ」

 アヤナは気を取り直し。机の上に置かれた警棒を手にしようと……触れた瞬間。

「えっ……」

 ポロポロと。サラサラと。触っただけなのに崩れ落ちて粉になった……。

「え。これ……何?」

 フレイヤも呆然と口にしている。

「壊れた……のでしょうか」


 コジ兵長が慌てて声を上げる。

「隊長。持つときはそっと、そうっと持つんです。ゆっくり。あと絶対に衝撃を与えないように」

「唯一の長所『携帯に便利』を、見事に殺してるわね……」

 フレイヤも言う。

「これ、持ち上げるだけで粉になるくらい脆いなら、一回叩く時に加速力で崩壊するでしょうね……」

「これ武器に区分していいのかしら。精密機器とかのほうがいいんじゃ?」

「むしろこの『脆さ』があるのに警棒の形を保っているだけで凄いかもしれませんね」

「ここまで脆い警棒って、戦前・戦後を通じて聞いたことがないわ」



 と、そこに。また隊長室の扉がノックされた。

「階級と姓名を」

「はっ。アグゥ・グランドレベル二等兵ですー」

「入りなさい、アグゥ二等兵」

「はいー」

 とてとてっ。笑顔で歩いてくるあぐだ。

「アグゥ二等兵、どうしたのかしら?」


 あぐは急にキリッとした顔になって言う。

「話は聞かせてもらった! 警棒は崩壊する!」

「な、なんだってー!?」

 意外とノリがいい隊長(王国騎士、かつ姫、かつどこぞのCEO)である。


 と、途端にふにゃふにゃになる、あぐだ。

「たいちょ。警棒をー、粉にしてー、持ち運んでー、現地で魔力供給して組み上げればいいんじゃないでしょーかー?」

 アヤナはポンと手を叩く。

「そっか! ちょっと魔力食うけど、現地で組み立てなおせば……!」

 しかしフレイヤ特務少尉は言う。

「しかし貴重な魔力をこんな警棒の生成・維持のために回してしまうのはどうでしょうか。せめて屋外戦なら槍とか、屋内戦ならショートソードの形に組みあがればいいのですが」

「まあ……棒だしなぁ」

 そこにコジ兵長は言葉をかける。

「隊長。多分これ、現地で組み上げても、やっぱり殴りつける時に脆くて崩壊してしまうんじゃ……」

「そっか。すると常時魔力を出しっぱで殴りつければいいわけで……!」


 少し、間が開いた。が。アヤナはボソッと言った。

「……ねえ。これ、いわゆる『レベルを上げて物理で殴る』ってやつじゃない!?」


 にこにこの笑顔(平常運転)で、あぐが言った。

「魔力が絡まないぶん、ほかのトコと差別化されてるかとー」

「え!? これ魔力と関係ないの!?」

「もちろんー、魔力はー、警棒を形作っているだけなのでー、殴るのはー、使用者本人の腕力とー、ぶん殴りスキル次第になるかとー」



 またも、静寂が訪れて。


 机の上の警棒(?)をアヤナが掴むと、やはりそれはぽろぽろと崩れ落ちる。


 アヤナは言った。

「あのさ、コジ兵長」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「別にコレ、私がどうしろこうしろとは言わないけどさ。なんて言うか……『私がどう思ってるか』はわかるわよね!?」

「ひゃいっ! コレをそのまま送り返すよう、手配します」



-----



 後日、アヤナ隊の受付窓口にクレームが入ったらしい。


 いわく。

『粉しか入っていませんでした』



 アヤナはその書類を見て、頷くと。

 ポイっとゴミ箱の中に入れたという。




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