まだだ! たかがストッキングが破けただけだ!
アヤナ・フランソワーズ。
彼女の服装は立場によって色々変わる。
『姫』の立場ならドレス姿だし。
軍人として『隊長』の立場なら、カスタマイズされた制服&ズボンだ。
魔法学院の『生徒』なら、学院服&スカートである。
いつものアヤナ・シスターズの基地。その日アヤナは魔法学院に用があり、そこからそのまま基地へと来た。なので今日は『学生服&スカート』姿である。
基地では多くのシスターズが訓練をしていた。例によって走り込み。例によって何も装備がないため。
……これはもう、シスターズの中から陸上選手が出てきてもおかしくないのではなかろうか。
いや皆テキトーだから、やっぱり無理か。
基地に顔を出したアヤナにフレイヤ特務少尉が近寄ってくる。
「隊長、お疲れ様です。その格好……今日は魔法学院に直行直帰の予定と伺っていましたが」
「ええフレイヤ。その予定だったんだけど。ウチの師匠がちょっとアレでさ。で、時間ができたんでこっちに寄ったの」
「(アレって何でしょう……)」
アヤナは訓練場の中央へと歩いていく。そこでコジ兵長がアヤナに気がついたようだ。彼女は今日、警察の服装をしていた。スカート姿。彼女は敬礼をしてくる。
「アヤナ隊長、お疲れ様です」
アヤナも敬礼で返す。
「ええ、ありがとうコジ兵長」
ここらへんの『普通なこと』ができる人間が限られている……のが、既にダメダメな部隊であるが。
ルイ二等兵も近寄ってきて敬礼をし、アヤナとやりとり。これは完璧だった。流石にドラフト1位である(この前、逮捕されたけれども)。
しかしアグゥ二等兵は。
「たいちょ、たいちょ。ちょりーっす」
「えぇ……はい」
既にどう返していいか分からない。
あぐがにこにこ笑顔で言う。
「ところでたいちょ。貴族のフランソワーズ家って……どれくらい凄いんですかー?」
「え。どれくらいと言われても……」
「刑事 (デカ)貴族と、どっちが凄いですかー?」
「んー。刑事 (デカ)貴族は、そう名乗ってるだけっぽいし……前世がお姫様、的な」
#割と酷い認識である。
あぐはにこにこ笑顔のまま言う。
「じゃあ、鳥貴族とはどっちが凄いですかー?」
「アレはちょっと庶民的な感じがするかな」
あぐは何度か肯いてから、言った。
「じゃあじゃあ、珈琲貴族と、どっちが凄いですかー?」
「えあぁ!? コーヒー?」
「いえコーヒーでなく、珈琲」
「わからないけど。珈琲ってことは……飲み物?」
「違いますー」
「じゃあ食べ物?」
「惜しいですー」
「おかず?」
あぐはコクンと肯いた。
「……場合によっては」
#どうしたってこの物語は、読み手を選ぶらしいと、今更になって実感しました。
#あぐの言いたいことが知りたい方は、 珈琲貴族 で画像検索してみてください。
#あと多分、珈琲貴族の方が凄いです。
そこであぐがコジをちょんちょんした。
「コジしゃ、コジしゃ。今日はアヤナたいちょだけでなく、コジしゃもスカートなんですねー」
「そうよあぐちゃ。これ警察の支給品なんだけど」
訓練場を走っているシスターズたちはジャージ姿だ。……本来はアーマーやシールド装備で走って体力をつけるものだが、それらがないので、普通にジャージ。
また今日は休養日の他の隊員も、基本はジャージである。
ルイは不思議に思って、聞いた。
「ねえコジしゃ。それスカートだけど、警察ってズボンとかジャージじゃないの?」
「そうよルイちゃ。現場に出る人はズボンだし、待機の人もズボン……せいぜいジャージかな。このスカートは受け付けの人とかが使うの」
「ふーん。でもジャージ姿の場合、急に事件が入ったらどうするの?」
コジは真顔で応える。
「急いで着替えるのよ……その部屋の中で一斉に」
「えっ……」
「更衣室とか足りなくなるんで、中年男性たちと一緒の部屋の中で堂々と着替える。……私は割と、中年男性のストリップ姿を見ている方だと思うわ。最初はドキドキしたけど、今はもう慣れた」
あぐが笑顔のまま言った。
「それはストリップのドキドキではなく、ただのメンタルブレイクなのでは」
一方ルイは何故か興奮している。
「くろっ、黒いビキニパンツ履いている中年男性は!? いないの!?」
「どこの中年警察官が黒いビキニパンツ履かなきゃならないのよ……」
ルイは舌打ちし、何度か深呼吸をして落ち着いてから、アヤナ隊長に言った。
「アヤナ隊長。なんで女はスカートなんですかね? ここのコジ兵長……いえコジ巡査長は、ミニスカポリスだからわかるのですが」
アヤナは少し俯く。
「(この子。ミニスカポリスでわかっちゃうんだ……)」
フレイヤもアイコンタクトで通じ合う。
「(せめてアメリカン・ポリスくらいに言ってほしかったですね)」
アヤナは咳払いをする。
「男の場合。スカートより高性能なズボンが登場して、白兵やら格闘やら。走ったり馬に乗ったり、そういうことがやりやすかったからでしょう」
「だったら女性だってズボンで良いんじゃないですかね?」
「女が動き回るということが、社会的に考えられていなかったんだと思う。昔は、男と女は同じであるべきでは『ない』みたいな感じだったらしいわ。女がズボンやハーフパンツを履くと、最悪、不穏分子と見られることもあったみたい」
「はぇー」
「だから男がスカートに劣情、いえ欲情、いえ発情、いえ性的興奮を覚えるのは、思春期の頃に見て刷り込まれたから……みたい。ブルマとかスク水が性的に見られるのも、年頃の大多数の男子が当時目にしたからという理由で、特に意味はないみたいよ。今じゃ(コロナがあったから)マスク姿に欲情する青年とかいるし。社会的には、ビキニとかホットパンツなんかのほうが衝撃があったみたいよ。……コレ、ほぼ友人の受け売りなんだけどね」
フレイヤ、コジ、あぐ、ルイの順番に感心していた。
「さすが隊長。ご聡明ですね」
「そのご友人も理知的な女性みたいです」
「女の子同士がー。洋服とか制服のー。色々なこと話してるってー、素敵ですねー」
「隊長のご友人のその女性、その方もきっと素敵な人ね!」
「あ、うん……」
アヤナは言う機会を失っていた。
この手の話は、あの『男』の受け売りである、と。
アヤナは頬を掻いてから、言う。
「でもね。やっぱり『女はスカート』がいいのよ。いえスカートである『べき』なの」
ルイ二等兵が、わちゃわちゃする。
「えっ!? 隊長! そんなこと言って、色んな団体とかに抗議されたり刺されたりしませんか!?」
「ぅお。いきなり刺してくる団体とか怖いんだけど……」
「じゃあどうして『女はスカート』なんですか?」
「それは今のコジ兵長に聞いたほうがわかるかも」
「?」
コジ兵長は恐る恐る言った。
「あの、その。『お手洗い』関係ですよね」
アヤナは肯く。
「そう。女のお手洗いってスカートならいいんだけど。ズボンだと……」
ルイ二等兵が同調した。
「あ、そうですね! ズボンを下まで降ろさないといけないから、腰回りの装備を一旦全部外さないといけないですし!」
あぐもぽやーんとした顔(平常運転)で言った。
「最初にズボン履いた時ー。ファスナー下げるだけでいけるんじゃないかとー。頑張りましたー」
アヤナは何度か肯く。
「軍人や警察って、やっぱり腰回りの装備を全部外すのって抵抗あるわけよ。どうしたってその時は丸腰になっちゃうから」
ルイ二等兵がぽんと手を叩いた。
「あっ。アソコからお尻まで開くエロいジーンズって、そのため……!?」
#違います
アヤナは言う。
「でも軍人の私、そして貴方達も軍人だからズボンなの。それは仕方ない。なので常日頃から訓練しておくように」
「……訓練? 何を?」
「膀胱の容量を」
割と無茶苦茶な体育会系であるが、軍隊などどこもそういうものだ。決してアヤナ隊長だけが酷いわけではなかった。いやアヤナも酷いのだけれども。
アヤナはコジのスカートを見て言う。
「でもスカートだと足が露出しちゃうのが難点よね」
ルイ二等兵は不思議そうにしている。
「えっ。別にミニスカポリスなら何も問題ないんじゃ……」
コイツ、本当にドラフト1位だよな、とか思うアヤナだったが。声を出す。
「生脚はちょっと、って感じだし。かと言ってズボンだとやっぱりお手洗いで困るし。だからストッキングはそこそこ需要はあるはずよ。レオン王国製なら蚊とかへの対策は大丈夫なはずだし」
コジ兵長が肯く。
「そうですね。ちょっと露出を控えたいとか……。でもストッキングはすぐ伝線しちゃいますよね。私、セールで買い溜めしてます」
「コジ兵長もそうなのね。私も似たようなものよ」
「んー。もうちょっと、ストッキングが頑張ってくれれば、なんですけど」
コジ兵長のその言葉を聞いた時だった。
アヤナの顔が、急にとても整った。まるで美術品のような美しさ。
フレイヤ特務少尉が恐る恐る声を掛ける。
「あのー。アヤナ隊長、どうしました?」
「私……閃いちゃったかも」
「?」
「フレイヤ、貴方はここの指揮を引き続き頼むわ。私、ラクスの街に戻るから」
「魔法学院にですか?」
「そんなとこよ。じゃあ頼んだわよフレイヤ!」
とてとて走っていくアヤナ隊長の背中。途中で転んだ……でも立ち上がり(泣いているかは不明)、走っていく。
コジ兵長は呟いた。
「アヤナ隊長、突然どうしたんでしょうかね?」
あぐはふるふると、首を振った。
「下手に走るとー、逮捕されてー、ヘンな壺を買わされることもあるんでー、注意ですねー」
「うおぉおぉお……!」
ルイは頭を抱えて悶えていた。
*
ラクス市
当初はペーパーカンパニーのようなものだった、『アヤナ・インダストリィ』社。
しかし今では『脳』に関する装置で、シェアは独占状態だ。似たような装置もあるが、どうしても性能に劣り実用性が足りないためだ。
そんな『アヤナ・インダストリィ』社にアヤナは戻る。
そこには経理・そして事務全般の指揮を執っている女性、レナがいた。
アヤナより2歳年下なのだがとても優秀で、アヤナの秘書のようなこともやってくれている。
と言うか彼女が実質な責任者であり経営者であるのだけれど。
「アヤナさん。そんなに急いでどうしたんですか?」
「レナちゃん。私、凄いこと思いついちゃった!」
「どんなのですか?」
「ストッキングよ、ストッキング。ストッキングに魔法を練り込んで……」
「ストッキング? 防御力を上げたり、虫避けを強くするんですか? どっちも市場に出回っていて、値段は高いけどまあまあそこそこ……少しニッチだけど、売れてます。ウチが参入するにはちょっと厳しいですかね」
レナは、常識人だった。だがアヤナは言う。
「いえ、レナ。私が考えたこのストッキングは、全てのストッキングを過去に追いやる逸品。きっと後世にこう伝えられるわ! シンギュラリティ・ストッキングと!」
「はぁ」
しかし。アヤナの閃きを聞いてみると、それは商品として上手くいきそうな。いや……それは確かに『画期的』なストッキングと言えた。
*
少し後。コード名『シンギュラリティ・ストッキング』の開発が開始。プロトタイプが開発され、工業都市グラナダでテストが繰り返された。
そのテスト結果も申し分なく、まず製品化の前の一次先行量産型がロールアウト。それらのテストも繰り返され、どれもほぼ想定内のもので問題は何もなかった。
一方で各種資源の確保、工場増設、人員や魔力の確保。それらも並行され進められた。
そして『アヤナ・インダストリィ』社が満を持して開発した『シンギュラリティ・ストッキング』が完成。
製品名は、CEOの名アヤナが冠され『アヤナ・ストッキング』とされた。
普段はお飾り(会社の運営は「なんかうまくやってね」くらいのざっくりしたもの)のアヤナではあったが、今回アヤナは製品開発から設計、広告までを主導した。そんなCEOへの報酬は、普段の報酬「ぬいぐるみ一個」に加えて、割と本格的なハグができる『ちょっと大きなぬいぐるみ』も特別報酬で出た模様。
さて。その『アヤナ・ストッキング』とは。
構造は至ってシンプル。防虫効果とかがある普通のストッキングを、魔力で強化したものだった。その他の防御力がどうとか、さらなる虫や蚊への対策がどうとかは何もされていない。シンプルにすることでコストを低減させた。
OSにはMeの一世代前、98SEを搭載。安定してドライブさせることに成功した。
……それが他のストッキングと何がどう違うのか。魔力で何を『強化』したのか。
それは『頑丈』さ。
それまでのストッキングは、脆く、すぐに伝線し破れてしまう。なので何度か履くと破れて、そのたびに買い替えねばならなかった。
アヤナ本人もすぐ破れるストッキングに悩んでいたし、身近なコジ兵長(巡査長)も悩んでいた。それが開発の始まりだった。
そもそもが『すぐ破れる』ストッキング。ならば『破れない』よう、魔法で強化したら良いのではなかろうか……? そんなシンプルな考えだった。
アヤナの……『アヤナ・インダストリィ』社の目論見は見事に的中。
世の多くの女性が『アヤナ・ストッキング』を購入した。
試しに一度買った女性もその性能に驚き、二足、三足と買い揃えた。
何故なら、伝線しないから。
何故なら、破けないから。
何故なら、破けて買い直す必要がないから。
少し値段が高くても、一度買ってしまえば他のストッキングを買う必要がない。トータル的には安くなる。
これは売れた。
とても売れた。
凄く売れた。
爆発的に売れた。
『アヤナ・インダストリィ』社のメイン商品は視覚情報などの再生機械などであったが。『アヤナ・ストッキング』はその次に位置する主力商品となった。
……。
……。
だが間もなく。『アヤナ・インダストリィ』社は同製品の開発・製造・販売を中止することになる。
問題は……たった一つだけ。
『アヤナ・ストッキング』は頑丈だった。
むしろ頑丈すぎたのだ。
二足、三足と『アヤナ・ストッキング』を買った女性は……もう『アヤナ・ストッキング』を買わなくなった。
そもそもが破れたり伝線したりしないので、必要以上のストッキングを買う女性がいなくなったのだ。
そのため回転の悪い商品となり……材料、人員、魔力、工場……それらが経営を圧迫した。
結果、『アヤナ・インダストリィ』社は市場から撤退することとなる。
今現在。市場にパチもんは出回ってはいるが。もう『アヤナ・インダストリィ』社が正式に製造したストッキングは出回っていない。
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