壺の悪夢 Nightmare in a Tsubo
「ちわーっす。郵便でーす!」
いや彼に罪はない。それどころか、職務に忠実な真面目な人と言える。
しかし基地で訓練をしていた大勢のシスターズらは既に怯えていた。
……唯一、アグゥ・グランドレベル二等兵以外は。
あぐは、とてとて小走りで郵便屋さんに近づいていき。
「ちょりーっす」
いつもの挨拶だった。
「どもーっす」
「うぃーっす」
「ここにサインをお願いしまーっす」
「ちょりーっす」
「あざーっす」
こんなんで、ある程度の意思疎通ができているのが不思議ではあるけれども。
あぐは宝箱を持ち帰ってきて……そこに貼り付けてある紙を見た。
「はにゃ?」
「ど、どうしたのあぐちゃ」
「珍しく、差出人のところが書いてありますー」
「……なんて?」
「はい。『付与研』のー。ロウさんですー」
色々なモノ(主にヤベーもの)を郵便(しかも普通便)で送ってくるのは、他にいないのだが。
あぐはにこにこ笑顔(平常運転)で言う。
「あとこれ。書き留めでしたよー?」
シスターズの大勢が、さらにザワついた。ロウが重要指定で送ってくるなんて。なんか凄そうではあるが……ともあれ全員がその場から逃げ出したかった。
今回は普通便ではない。しかも簡易書留ですらないらしい。『書留』だ。
どれほど重要なものであろうか。
……むしろ怖くなってくる。
(ドラフト1位の)ルイは、極めて常識的な判断をした。
「誰か、鑑定技能のあるコジ兵長を呼んできて」
そして続ける。
「あとアヤナ隊長も」
シスターズらの一人は、言う。
「隊長も呼ぶの?」
「うん」
「なんで?」
「……何かの時に揉み消してもらえるから」
酷い認識である。
*
コジ兵長とともに。アヤナ隊長とフレイヤ特務少尉が連れられてきた。
アヤナは不服そうだ。
「んー。こんなん、そっちで処理して欲しい案件なんだけど。私のところまで持ってこられてもさー。私は何か『揉 み 消 す』くらいしかできないわよ?」
ルイ二等兵は顔を輝かせる。
「大丈夫です隊長! それが目的なんで!」
酷い言い方だったが、そもそもがアヤナなんて(失言)、もともと揉み消すぐらいしか能力やら権限やらを持っていない。これはルイやあぐを含めた、シスターズらの共通認識だったかもしれない。
コジ兵長はいつものように宝箱を鑑定し、罠がないことを確認する。
すると宝箱が喋っ……
「ちぇすとーーっっ!」
ルイ二等兵が重い蹴りの一撃で、速攻で宝箱を文字通り『黙らせ』た。宝箱の側面はぐちゃっと壊れている。……宝箱を粉砕することが、割と手慣れてきている感じだった。
宝箱の中には、一つの、割れた壺が入っていた。かなり厳重に梱包されている。
そしていつものようにアヤナ宛の手紙。
フレイヤ特務少尉がその手紙を取り出す。
「アヤナ隊長宛ですね。付与研のロウ様からで……ジャンさんのは入っていません」
「ふーん? まあいいわ。読んでみるね。この割れた壺って何か知りたいし」
アヤナは声を上げて、その手紙を読み始めた。
『アヤナ様。付与研のロウです。今回はその「壺」を鑑定……いえテストと言い張って鑑定していただきたく。この壺はウチの研究部長のジャンさんがいない時に、来た業者が持ってきたものです。その業者は男性でしたがロリっぽい感じの人で』
「明らかにあの人じゃん……」
『なんでも「新型」の神様がどうとか。でもこの壺を買えば今年は無病息災になるらしく、 部 費 で買いました。どれだけ無病息災になるのかテストしてください』
アヤナは少し無言で……その後、フレイヤを見た。
「ねえフレイヤ。これ、ジャンがいない時に霊感商法に引っかかってるだけじゃない?」
「そう……思いますね。コジ兵長。こういう時は確か、警察の法律に何かあったような気がしますが?」
コジ兵長は肯いた。彼女は警察から出向してきているだけで、もとは巡査長である。ここらへんには詳しい。
「はいフレイヤ特務少尉。悪徳商法、霊感商法の類みたいですから。クーリングオフという制度があって売買契約を解除できます」
アヤナ隊長は呟くように言った。
「ふーん。でもなんで、この壺割れてるのかしら。梱包も(いつもと違って)しっかりしてるのに」
……既にそういうのが郵便で届くことには皆が慣れてしまって、誰もが突っ込むところではなくなっていたが。
アヤナは手紙の続きを読む。
『今回はしっかり梱包し、絶対に破損しないように気を配りました。だって、もしあのロリ系の男の人に壺を返す場合、壺が割れてたら困りますから。なので郵便屋さんのお兄さんにも丁寧に扱ってもらうよう言っておきました。もし壊れていたら、配送中の事故とか、届いた後の雑な扱いが原因だと思います』
ゆっくりと。その場の全員がルイを見る。……そう、この宝箱の音声ガイダンスが流れる前に、宝箱を蹴り砕いたのはルイだから。
ルイは恐る恐る自分の顔を指差す。
その場のシスターズ全員がうなずき、かなりヤバい目でルイを見た。
ルイは今にも泣きそうで、逃げ出そうと身構えたが……それを庇うようにあぐが(実際は、彼女には庇う気はないようだが)言う。
「でもでもー。ウチってー、剣と魔法の軽ーいファンタジーですしー。指輪とか剣とかそういうのにー、魔力がかかってるじゃないですかー? もしかしたらその壺にもー、本当に無病息災の魔法がー、かかってるかもしれませんよー?」
ルイが少し小さな声で言う。
「『無病息災の壺』って、いくらファンタジー世界とは言え怪しいんじゃ……」
「もしかしたらー。ファンタジー世界でー。『無病息災の壺』ってー。史上初かもしれませんねー」
コジ兵長が顔を曇らせる。
「まあ……。入手手段が『新型の神様の伝道師』から買ったものであり、それを普通の郵便屋さんが届けてくる、ってことを含めると確かに史上初かもしれないけど……。でもすっごいイヤな『史上初』かと」
#別に『史上初』だからどうということもないし。
アヤナは言う。
「コジ兵長。もしこの壺に魔法とかの何かがあって、本当に今年は無病息災なら……どうなるの?」
「うーん。それなら正しい売買契約かもしれません」
「そこらへんのさ。壺が効果あるかどうかって、どうやって証明するの?」
「一つは専門機関に持ち込むことです。そこで魔法の有無は鑑定できます」
「それ、コジ兵長は鑑定できないのかしら?」
「はい。まあまあできるほうなんですが……この壺にはほとんど魔法がかかっていないみたいなんですよね。『OSがMe』、くらいはわかるんですが」
「それ明らかに悪意あるんじゃない!?」
「いえ一応は正式に開発されたOSなので……」
「じゃあさ。この壺を『無効だ』と言える根拠は?」
「実は、あまりなくて……。この壺は『霊感・悪徳商法』には引っかかると思いますが、壺自体の効果を検証するって、凄く難しいんです」
「そうなの?」
「はい。例えば壺を毎日拝んだら、それで確かに病気が治ることもありえます」
「スパシーボ効果、だったかしら」
フレイヤ特務少尉がこっそり叫んでくる。
「隊長、プラシーボですよ、プラシーボ!」
「うん。まあ……それ」
するとあぐが、何かに取り憑かれたように、鋭い口調で早口で言い始めた。
「新薬にもプラシーボ効果そのものにも作用副作用があり非臨床試験を通過した薬の治験で実際にヒトに効果があるかどうかを調べる最終的な臨床試験ではどちらかが有意に優れていなくてはなりませんがこれは二重盲検法により行われるのがほとんどでこれは医者や医療スタッフですらどちらかがわからない状態で投与しインフォームドコンセントを得ますがそもそもプラシーボそのもので作用も副作用も出るのでそれを比較対象と比べる必要があるのです」
その場の全員が、ぶっ飛んだ。
『何? このあぐ』って感じである。何か突然ヘン(?)になったのだから。
恐る恐る、ルイが声をかける。
「あのー、あぐちゃ?」
「なんですかー? るいちゃ?」
「あぐちゃって、今、本物のあぐちゃだよね?」
「そうですよー」
「……何かと入れ替わったり、とか、してないよね?」
「もちろんですー……ファンタジーやメルヘンじゃないんだから」
「う、うん……」
アヤナ隊長も、先程のあぐの豹変(?)に戸惑っている。
「ごめんイノセント・コンドーム、のとこしか聞き取れなかった」
フレイヤが慌てて囁く。
「隊長、隊長! インフォームドコンセント!」
「……」
コジは少し間をおいて、喋る。
「えっと。この壺を祈ったら病気が治ることも、実際にありえるんです……」
アヤナ隊長は首をかしげる。
「それもプラシーボなのかしら?」
「そうとも言えず。これホントにちょっと難しいんですが……例えば同じ時間にこの壺を祈る習慣がつくとそれはもちろん規則正しい生活に『なる』ってことです。後、祈る時の『姿勢』を長く続けたら血流が良くなって病気が治るかもしれません」
「じゃあさ。逆にこの壺を否定する科学的な根拠って何かないの?」
「うーん。ちょっと難しいですねぇ。本当のところは『無い』んですよ。でも手頃の目安になる場合としてなら、同じ病気の人をいっぱい集めて、2つのチームに分けて、片方のグループにこの壺を与えて。もう片方のグループには普通の壺を与えて……」
そもそも『普通の壺』って何だよ、とか皆思っていたが、やはり口には出せなかった。
そこでアヤナが口を開いた。
「ところでさ。この壺……誰か欲しい人、いる? 割れてる(割った?)けど」
もちろん誰も手を挙げる人間はいない。サラッと視線を外すだけだ。あぐの笑顔は……いつものことなので誰にもよくわからない。
と、アヤナは簡単に揉み消そうとした。
「じゃ、誰かこのハコごと、そこらに捨ててきて。運搬中の事故ってことでさ。私達は誰も何も見なかった、ってことで」
こんなに大勢の人間の眼の前で、簡単に揉み消す指示を出す隊長なんてヤなものだが。まあいつもの隊長である。
しかしあぐが、にこにこ笑顔のまま言った。
「たいちょ、たいちょ。この宝箱、書き留めでしたー」
「『書き留め』!?」
「そうですー」
「マジ……?」
「マジですー」
「でもまあ、こちらから送り返す時に割れたんじゃないか? って言えばいいかな」
すげぇ揉み消し能力である。
アヤナは軽く肯く。
「じゃあこっちは『書き留め』じゃなく『普通便』で送るってことで……」
と言ってた時だった。
「ちわーっす。またまた郵便でーす!」
いつもの(職務に真面目な)郵便屋さんが来た。
誰もが『受け取りに行くな!』とか思った(既に地雷のような存在である……いや彼は職務に忠実な、善良な人なのだが)。
しかし。とてとて、っと。あぐがにこにこ笑顔で取りに行く。
「ちょりーっす」
「どもーっす」
「うぃーっす」
「あざーっす」
あぐが(新たな)宝箱を持ってきた。今の隣の宝箱の、横に置く。
例によってコジ兵長が罠の鑑定をし、宝箱の音声ガイダンスをルイが蹴り潰し。宝箱のフタを開けると……一つの宝石(?)があった。
アヤナは中の手紙を見ると……
『アヤナ様。例の壺を買ったら、セットでパワーがある宝石がお得で買えました。マイナスイオンも出ているようです。これを買えば金運アップ、宝くじは当たるし、異性にモテモテ、魔除けになり、彼氏はできて、給料アップ、腕前は認められ、血液サラサラ、Meも安定してドライブし、明日はホームランだそうです! 例によって 部 費 で買いましたので、アヤナ隊でテストをお願いします』
フレイヤは呟いた。
「今度はスピリチュアル関係にやられてますね……」
「こっ、こんな石で効果があるなら、宝石屋とか凄いことになってるはずじゃん!? でも宝石屋がそんなに凄いなんて聞いたこと無いわよ!?」
アヤナは地面にその宝石を叩きつけると……意外と簡単に宝石が割れた。
「あっ。意外に脆かった」
その割れた宝石を見て、コジ兵長は少し鑑定したが……
「なんかコレには、微弱な魔力が流れてましたが」
「え!? マジ!?」
アヤナはビクッとしたが。コジの次の言葉にブチ切れた。
「主にOSのMe関係の……」
「あああああ! こんなの、早くロウに送り返してよ!」
そしてアヤナシスターズ基地に束の間の平穏が訪れた。
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