再会、痴女よ……!

「この基地付近に痴女が出る?」

「はいアヤナ隊長」

 隊長室で。アヤナはフレイヤの言葉を反芻し……。

「……なんだかついこの間、こんなやりとりがあったような気がするけれど」


 フレイヤは少し俯いて頷く。

「まあそうですけど……今回はこの基地の中ではなく、基地周辺らしいです」

「そうなの。するとルイ二等兵の仕業でもなさそうね」

「はい。というかルイ二等兵は容疑を否認しているので、まだ彼女が痴女と決まったわけではありませんが……」

「さっさとゲロればいいのに。初犯だから不起訴か、せいぜい執行猶予でしょ」

「(軍人で前科持ちって、かなり致命的な気が……)」


「そんでさ。ウチの痴女のルイは露出系だったけど。今度の痴女って触るのかな? 露出なのかな?」

「いえ、まだそのような情報は」

「あら。そう言えばウチの痴女のルイ二等兵は……夜中に徘徊してたみたいよね? 誰かを触るわけでもなく、誰かに見せつけるわけでもなく」

「そうですね」

「……もしかして開放感が欲しかったのかも」

「どうでしょう……」

「共同部屋だし」

「隊員には窮屈な思いをさせてしまってますね。ルイ二等兵にも同情します」

 #ルイが露出系の痴女であると、既に皆が認識している模様。


 アヤナは何度か肯く。

「でもまあルイ二等兵はこのシスターズの中では優秀だし、ドラフト1位をこんなところでリリース(自由契約)にするのもアレだわ。なんとか揉み消すことにしましょう」

 この隊長、また揉み消す気だ……とも思ったが。それ以前に『ドラフト』って何なのだろうとフレイヤは考えた。プロ野球じゃあるまいし……

 人事のことはよく知らないが、どこかで何か会議でもやっているのか、と。


 隊長室でフレイヤとそんなことを話していると、隊長室のドアがノックされた。アヤナは声を出す。

「誰かしら? 階級と姓名を」

「はっ。コジ・イツカ兵長であります」

「コジ兵長、入りなさい」

 彼女は書類の束を持ってきていた。アヤナはそれを受け取って。ちょこんと顔を上げる。

「あら良い香りね、コジ兵長」

「ありがとうございます。昨日、ちょっと気合い入れたシャンプー使いました。今日は私は訓練もなく、後方支援なので」

 ペコリと頭を下げるコジ。あの綺麗なアヤナ隊長に『良い香り』と言われウキウキ気分になる。

 だが彼女のその気分を、アヤナが一瞬で粉々に粉砕した。

「コジ兵長。また痴女の捜査、貴方に陣頭指揮を執ってほしいのだけど」

「(えぇぇ……)」

 でもこの前、なんか冤罪っぽいのを生み出してしまった手前もあり、コジ・イツカは敬礼するしかなかった。


 *


 今回の『痴女』は宿舎内のシスターズらではなく、敷地外の誰かだ……ということで。コジ・イツカにはアヤナとフレイヤもついてきた。

 宿舎から外に出る。

 訓練場。多くのシスターズたちが走り込んでいた(装備がなく他にやることがないため)。

 非番の隊員たちも宿舎内で酒を一杯やってるとか、空の下で一杯やってるとか、なんなら走り込んでるシスターズらに見せつけるように一杯やってるとか。そんな感じである。

 なんでこいつらは非番の日に、酒飲んで精神的にマウント取っているかはわからない。

 軍隊。訓練校時代に他の友達関係は薄れ、恋人が例えいた場合でもだいたいはフラれ。その代わりに『同期』の絆は強くなるもの……のはずなのだが。

 一方コジ・イツカも、今日は休養日である。訓練参加しなくて良い日だった。


 その時、同じく休養日のアグゥ・グランドレベルとルイ・ビニールが、宿舎内からフラッと現れた。ルイは目の下にくまを作っている。よほど、精神的にやられているようだ。

「るいちゃ、るいちゃ。早く早くー」

「もー。私、起きたばっかりなんだけど」

 あぐが、ちょこちょこ近寄ってくる。

「あやなたいちょー。ちょりーっす」

「えぇ……はい」

 あぐのいつもの挨拶に、アヤナは少し顔を伏せた。

 この二等兵は、階級が6個も上の隊長(しかも王国騎士でいいトコのお姫様)にこんな感じである。いつも。

 本人に悪気はないだろうし……なんだか、いつもニコニコの笑顔なので叱りにくい。

 叱っても多分すぐ戻りそうだし。


 ルイは敬礼をした。

「アヤナ隊長、お疲れ様です」

 あぐと対象的に、ルイはピシッとしている。敬礼もキマッてるし、普段の服装の着こなしもよいが、今のジャージの着こなしも良いから不思議だ。いつも利発だし、体力も水準以上。色んなテクもある。そしてドラフト1位。

「これで性的にまともだったのなら……!」

 天を仰いで、涙を流すアヤナ。なんだか……物凄く綺麗だった。もともとアヤナの顔立ちはとても美しいし、声も透き通っていて素敵だし、(黙っていれば)有能っぽく見える。生まれながらのカリスマ性とも言える。そんな彼女が流す涙に、何故かその場の皆が感動していた。


 ……但し。ルイも感動して言葉を失っていたので、痴女容疑を否定する機会を一つ失ってしまったが。


 あぐがぴょんぴょんした。

「コジしゃ、コジしゃー。それでそれで。痴女と言えば。触る系って、どこからどこまで触ると法律違反になるんですかー?」

 コジ以外の全員、おぉ、と驚いた。今まで普通に生きていてそんな知識は使わないため、みんなざっくりとしか知らないのだ。……唯一、警察から出向してきているコジ兵長(巡査長)を除いては。

 コジ兵長は肯く。

「そうねあぐちゃ。まあ胸と、陰部や臀部あたり……つまり腰回りが一般的かな」

「足はどうですかー?」

「太ももとかもマズイような……」

「足の裏はどうですかー?」

「うぅ。流石にそこまでは規定はなかったと思うけど……あぐちゃ、そこらへんは『現場判断』になると思う。要するに誰もわからない、ってことだけど……」


 アヤナも言う、

「ねえ兵長。突然のキス、はダメよね?」

「はい。もちろんです隊長」

「……突然の壁ドンは?」

「いえ……。その……。進行の自由を奪ったとかで、なんとかなるかも……」

「転校生と曲がり道でドンってのは?」

「それは多分、道路交通法の管轄になるかと」


 ルイも頬を掻く。

「やっぱりそういうシチュいいよねー。私も、幼馴染の男の子にそういうシチュエーションを色々してあげたことあるよ」

「あ。なんだか素敵ね、るいちゃ」

「朝早くからさ。窓から侵入して、そのコを起こしに行くの」

「おぉ!」

「で、テキトーに金目のものを物色したなぁ」

「……」


 色々とゲロる、期待のドラフト1位である。


 コジは汗を拭いてから、言った。

「えっと。真面目な話ですが。こう……後ろから抱きついて胸を揉みしだくと、強制わいせつになります」

 アヤナは肯いている。

「ふんふん」

「ですがこう……前からのタッチであり、そしてそっとならば。迷惑条例違反とかになります。罪状も管轄も異なるんです」


 アヤナが目を丸くする。

「ぇえっ!? それって警察、面倒ではないの?」

「……面倒です」

「じゃあ、リンパが、リンパがーって言って触った場合は!?」

「えっ!? えっと。それで実際に医師免許がなければ、医師法の違反かも!?」

 フレイヤ特務少尉が軽く声を出す。

「コジ兵長、落ち着いて!」

「しっ、失礼しました! えっとリンパうんぬんだと……詐欺罪ですかね」

 #これで大丈夫なのか、中央警察。



 訓練場の片隅でそんなことを話していると。

 城壁(と呼んでるが柵と有刺鉄線)の門のところに、一人の女性が現れていた。

 中年。

 あまりいい印象ではない。

 だって中年のくせにかなり際どいミニスカだったから。しかもストッキングではなくニーハイ装備。さらには色がピンクの縞々パステル系……と、装備品だけ見るとロリっぽい。

 髪型も長い髪をツインテールにしている。


 だが中身が、明らかに中年。かなり恰幅も良い。と言うかかなり太ってるし。


 そんな中年女性が視界に入ったのか、訓練場のシスターズたち数十人がぞろぞろと集まってきた。


 アヤナ隊長は呟いた。

「ねえ。なんかヤバそうなのがいるんだけど」

 ドラフト1位のルイが頷く。

「そうですね。隊長、リンパうんぬんで、どうにかなりませんかね?」

「いや触りたくないし……コジ兵長」

「はい?」

「ちょっと職務質問かけてきて。怪しかったらしょっぴいていいから」

 するとコジ兵長は顔を伏せた。

「私は確かに警察官ですが。出向している今の身分はシスターズの兵長であって……つまり軍人です。軍隊では、警察と一緒の場合か、現行犯でなくちゃ逮捕できません」

「職質も?」

「法的にも証拠にもならない、何も強制力も拘束力もない、ただの会話のような『質問』なら、まあ……」


 あぐはぴょんぴょんした。

「それなら、私にまかせてくださいー」

「(大丈夫かしら……)」

 あぐはとてとて、っと。その中年女性に近づいていって。

 会話をし、戻ってきた。


「ど。どうだったのアグゥ二等兵!?」

「はいー。あの人いわく、神様を信じるかどうか、だそうですー」

「Oh……」

「それでそれでー。なんかパワーが出る壺を買えばー、今年は無病息災間違いないらしいですー!」

 ルイが頭を抱えた。

「あぐちゃ、何を聞きに行ってるのよ!」

「えー。だってー。強制力のない『質問』だからー」


 部下(主にあぐ)が頼りにならないので、しかたなくその人物へは、先陣を切ってアヤナが向かうことにした。すぐ後ろにフレイヤやルイ、さらに後ろに騒ぎを聞きつけてきた大勢のシスターズたち。

 そんな中。あぐが声を上げた。

「そうだ、たいちょー。あの人ー。男の人の声でしたよー?」

「!?」

「!?」


 あるいはこの女……(男?)が、噂の痴女なのだろうか(痴女に見えた?)。アヤナたちは怯えながら進み、そして彼(?)に声をかけた。

「あのー、すいません。何かご用事でも?」

「はい。私は壺を……じゃなかった。新型の神様の偉大さを説いて回っていたところです」

「(新型……!?)」

 明らかに男の声だ。

 長いツインテールもヅラみたいだし。

 ミニスカとニーハイの絶対領域は認められたものの、なんか手入れが行き届いてなくて濃い体毛があったし。


 アヤナはこっそりコジに聞いた。

「ねえ。この怪しい人、逮捕できないの? 現行犯で」

「いえ、男装や女装をする『だけ』なら、法的には特に何も問題ないんですよ。LGBTとか関係なく。もしそれで強引にトイレとかお風呂とかに入っちゃうと、また別問題のはずですが」

「なんかこの人をしょっぴくモノ、ないかしら?」

「今は特には……。まだこちら側へ立ち入ってないので、建造物侵入でもありませんし」


「壺が怪しいとか」

「現段階では、壺自体の効果は検証されていないので……」


「……でも。この壺の人がここにいると、ウチの基地の価値が大幅に下がるんだけど。ワリとマジで」

「そうなると裁判所からの勧告になりますかね。接近禁止とか強制退去を拡大解釈すると思うので、あまり時間はかからないはずです」

「どれくらい?」

「半年くらいでしょうか」

 #司法も行政も、割と役に立たないっぽい。


 アヤナは自分の頬をとんとんする。

「ねえ。ウチの子たちでなんとかできない? 多少のことは揉み消すから」

「すいません隊長、私は民事のことはあまり詳しくなくて……と言うか揉み消すとかそういうワードはちょっと……。私、本来は警察官なので、その……立場上」


 そこでルイは目を見開いた。

「たっ、隊長……!」

 ルイの正義感、使命感に火が着いた瞬間だった。

 アヤナ隊長とコジが困っている。フレイヤ特務少尉もオロオロしているし、後ろにいる大勢のシスターズらもどうしていいかわからないようだ。

 唯一、あぐだけが普段のにこにこ笑顔のままであるが。彼女はそういう世界に住んでいるので、多分どうにもならない。

 しかし、この壺を売る人がいるだけで『基地の価値が下がる』のは確かのようだ。ルイは片手を上げた。

「アヤナ隊長、私がひとっ走りして中央警察へ通報してみます! なんとかしてみせますから!」

 アヤナはぽんぽんする。

「ルイ二等兵。通報は電話で良いのじゃないかしら?」


 ルイは少し強い声で言った。

「剣と魔法のファンタジー世界に、 電 話 な ん て あるわけないじゃないですか!」

「ご、ごめんなさい……」


「じゃ、行ってきます!」

 ルイが基地から走って出て行った後。フレイヤは言った。

「……魔法の信号弾じゃダメなんですかね? あとココには通信施設も来てますし」

 コジも頷く。

「私ユニバーサル規格のモノだけじゃなく、警察式の信号弾も知ってます」

 アヤナも頷く。

「私も警察式の信号弾、立場上知ってるけど。でもルイ二等兵が直接行ってくれたんだもの。手っ取り早いかも」



-----

(走れルイ)


 ルイは激怒した。

 かの壺売りの人を除かなければならぬと決意した。

 ルイには、政治がわからぬ。

 ルイは、軍人である。

 訓練をし、走ってきた。

 けれども混乱に対しては、人一倍に敏感であった。

 きょうルイは基地を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このラクスの中央警察にやって来た。


 アヤナ隊長、私は約束を守ります。

 アヤナ隊長、私は走らなければならない。

 そう、私は信頼されているから!



 ……。



 警察署の入口が見える。

 ルイは全速力で走ってきて。大きく息をついて。汗だくの、ジャージの上着を脱ぎ捨てた。

 ジャージの下には、いつもシャツを着ているはずなのだが……今日は非番。起きた後にすぐ外に連れられて出たために、シャツどころかブラもしていなかった(ルイは寝る時は全裸)。

 ルイは入口の、係の人に(半裸で)叫ぶ。



「すいません! なんか痴女(かどうかよくわからない人)が(基地の前に)現れまして。胸は(リンパとか)難癖つけて触って欲しいのに!! あと壺を売りたくて!!」




……。

……。

……。




 逮捕されたと言う。




***




 ……2日後、泣きながら帰ってきた。

 (なんかヘンな壺を持って)




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