見せてもらおうか、カシナートの剣の性能とやらを!

 ある日、いつものように。基地の敷地内のシスターズはテキトーに訓練 (っぽいの)をしていた時。

 そう、小学生男子がやるように手に手にホウキを持って叩き合う感じだ。……装備も訓練用具も何もないし。そもそも何の命令も来ていないので(アヤナが忘れているため)。


 アグゥとルイもやることがないのでホウキで叩き合ってテキトーに訓練 (っぽいの)をしていると、基地の入り口に郵便屋さんがやって来た。

「すいませーん、郵便でーす」

 あぐは手を振って答え、そして彼に近づいていく。

「はーい」

「ここにサインをお願いしまーす」

「うぃーっす」

「あざーっす」


 アグゥが何か大きな箱みたいな物を受け取り預かってきた。

「何それ? あぐちゃ」

「るいちゃ。宝箱みたいですー」

「宝箱!?」

「中身は何か装備品って書いてますねー」

「え!? そういうのって、 郵 便 で届くの!?」

「わからないですけどー。でも今届きましたしー」

「あぐちゃ、慣れるの凄いね……。ってかソレ速達でもないのね。既にかなりびっくりしてるんだけど」


 あぐは訓練場の半ばまでその宝箱を運ぶ。興味を持った他のシスターズたちが近づいてきて、輪になった。

 そのシスターズの中の一人が言う。

「あぐちゃん、それなに?」

「宝箱みたいですー。今、郵便で届きましたー」

「誰宛て?」

「『アヤナ隊・御中。ご担当者様宛』としか」


 ルイは少し考え込んだ。

「差出人は誰からなの?」

「それが、書き忘れてるみたいですー」

「そう……。じゃあコレこのままアヤナ隊長のトコに持っていくわけにはいかないね。誰か盗賊・忍者・スカウトなどの罠の調査技能がある人は?」

 こういう時ルイはなかなかリーダーシップを発揮する。シスターズの中でもわりと優秀だからかもしれない。

 しかし今回。ルイの問いかけには誰も答えなかった。無理もない。そんな技能があればシスターズなどではなく他の部隊へ挑戦するであろうから。


 誰からも手が上がらないのを見て、アグゥが声を上げる。

「るいちゃ、るいちゃ! 私がやってみますー」

「え」

 ルイだけでなく、周囲の大半がざわつき始める。

「でもあぐちゃ……できるの?」


「やれるとは言えない。けど、やるしかないんだ」


 (こういう言葉の時は)やたら格好良い声のアグゥ二等兵である。

 周囲の誰もが『頼むからやめてくれ』とか思ったが、他に誰も立候補しないので仕方がない。アグゥ二等兵に任せるしかなかった。

 しかし宝箱の『罠』。それがもし爆弾やテレポーターであり、それが発動してしまっては……!?

 最悪は全滅までありうる。周囲のシスターズ全員が少しずつ後ずさり始めた。自然と宝箱の周囲にスペースができていく。

 だがそんなシスターズを気遣いもせず、あぐは何やら楽しそうな(『るんたった、るんたったー』、と聞こえた)鼻歌を歌いながら……無造作に宝箱の罠をチェックした。

 解除者が未熟な場合、チェックしただけで罠が発動することも多いのだが。

 アグゥはまたも格好良く言う。


「NO TRAP. 罠はない」


 またも、ちょっとざわついた。

 アグゥ・グランドレベル二等兵は『罠はない』と言っているが、それはあくまで彼女の見立て。この見立てが正しいかどうかは別問題である。

 誰もが、口には出さないがこう思っていた。

 『あぐには可哀想だけど、解除に失敗して爆発とかしちゃえば良かったのに』、と(多くのシスターズは別に宝箱の中身がどうなろうと知ったことではない)。


 アグゥがルイのほうを見る。

「るいちゃ、るいちゃ。開けてみてくださいー」

「えぇえ!? 私が開けるの!?」

「そうですー」

「大丈夫だよね、あぐちゃ!?」

「はい。大丈夫だと思いますー」

 あぐは(いつもの)ぽやーんとした、無邪気な笑顔で肯いた。ルイは『本当に大丈夫だったら自分でやってくれればいいのに』とか思ったが、仕方ない。恐る恐る宝箱のフタに手をかける。


「じゃ、じゃあ開けるわよ……ええい、南無三!」

「「「(((南無三って言う女子、実在すんの!?)))」」」

 カパッとフタを開けると。宝箱が無機質な声で「喋った」。


『フタがあきました』


 その場のアヤナ・シスターズの全員が驚いている。

「しゃ、喋ったあああ!」

「ALARM. 警報!?」(迷宮ではモンスターと遭遇する罠)

「ちょっ、心の準備が!?」


 ……。

 ……しかし何も起こらない。


 するとアグゥは無造作に宝箱のフタを閉じて。

 それから、またあけた。


『フタがあきました』


「「「(((やべー、何であぐはこんな無造作にできるの!?)))」」」

 アグゥはニコニコしている。……彼女はどこぞの名言を言う時以外は、基本はこんな感じである。

「あいたそうですー」

 シスターズから少しずつ声が上がる。

「まあ、そりゃ見れば分かるよね」

「ってコレ喋ったんじゃなく、音声ガイダンス機能?」

「やばっ。差出人、わかっちゃったかも」

 ともあれ。全員で宝箱の中を見る。そこには……剣? 健康器具? ドリル? みたいなものが入っていた。


 ルイが代表してそれを手に取る。

「これ……剣なのかしら?」

「るいちゃ、るいちゃ、ここ(どこ?) に『剣』って書いてありますー」

「ホントだあぐちゃ。(どこかに) 『剣』って書いてある……」

 『不確定名』は『SWORD』。とても剣には見えないが、実際に『SWORD』だと、そう(どこかに)書いてあるのだ。仕方ない。この剣(?)の主張を信じるしかない。だってそう 書いてあるのだから。


 シスターズたちはまたもざわつき始める。

「コレ……剣って言い張ってるけど、何だか剣じゃないような見た目だね」

「作業用の器具とか工具みたい。掘削とかできそうな気もするし」

「でも当人(?)は『剣』って言い張ってるからなぁ」

「(どこかに) 堂々と剣って書いてあるし……」

 そこでルイがまたも代表して言う。

「誰か。コレを鑑定できる人、いないかな?」

 しかし今度も誰も手を上げない。そりゃそうだ。そんな特殊技能があれば(以下同じ)。

 ルイはポンと手を打った。

「そっか。こういう時こそコジ兵長の出番か」

 コジ・イツカ兵長(巡査長)は警察から派遣されてきていて、その主任務の一つに『装備品のチェック』がある。これは彼女の担当であろう。

「じゃ。私とあぐちゃでこの宝箱、アヤナ隊長に持っていくね」

 他のシスターズたちは笑顔で軽く手を振りながら二人を送り出していた(実を言うと、もうみんなこれ以上関わりたくなかったので)。



 ……。



 剣(?)を宝箱の中に戻しフタを閉じる。これで、次に開けた時にまた喋るはず。ルイとアグゥはお互いの目を見てクスクス笑い合った。例の音声ガイダンス機能は別に害があるものではない。だったらコジ兵長やアヤナ隊長が驚いた姿も見てみたい。

 兵舎の中のシスターズにコジ兵長の居場所を聞くと、何やら今は隊長室にいるらしい。ルイとあぐは剣(?)が入った宝箱を持っていった。

 隊長室。二人はドアをノックして、自分の姓名と階級を言う。アヤナ隊長から入りなさいと声が帰ってきた。

 中からドアが開けられる。フレイヤ特務少尉だった。机の前にはコジ兵長がいて、机の向こうにはアヤナ隊長がいる。何やら報告や確認などをしていたようだ。


 アヤナ隊長が声をかけてくる。

「どうしたのかしら? アグゥ二等兵、ルイ二等兵」

 ルイは答える。

「はっ。さきほど宝箱が普通郵便で届きまして、宝箱自体に罠はなかったのですが中身の判定まではできませんでした。なのでコジ兵長に鑑定していただこうと」

 コジ兵長は自分の顔を指差した。ルイはこくこく肯いて、その宝箱を床に置く。コジ兵長は肯いて、ギュッと両方の手を胸の前で握った。

「では鑑定してみますね。念のため宝箱自体のチェックも行います。アヤナ隊長、危ないかもしれないので少し下がっていてください」


 アヤナは肯いて少し後ろに下がった。その空間を埋めるようにフレイヤ特務少尉が位置取る。それを確認してからコジ兵長はその宝箱を調べ出す。

「うーん。罠はないみたいですね。じゃ、開けてみましょう」

 例の音声ガイダンス機能に皆ビックリするかな……? と、ルイは少しわくわくした。しかしコジ兵長が宝箱のフタを開けても宝箱は何も喋らない。

「(あれ……?)」

 きょとんとするルイのことには誰も気づかず、コジ兵長は宝箱の中から例の剣(?)を取り出していた。


「これ『不確定名』は『SWORD』ですが……何か違う形な気がしますね」

 アヤナ隊長もちょこんと覗き込んで、言う。

「そうね。何かスクリューと言うか。どう見ても剣じゃないっぽいんだけど?」

「はい。当人(?)は『剣』って言い張ってますが……では鑑定してみます」

 ガサゴソと、コジ兵長は鑑定を始める。ルイは一度視線を外し、さっきの宝箱を見てみた。フタはあいている。しかし先程は音声ガイダンスが不発だった。何でだろう。

 そんなことを考えている時、あぐが無造作に宝箱のフタを閉めた。すると宝箱が無機質な声で「喋った」。


『フタが閉じました』


 ルイはぶっ飛んだ。

「しゃ、喋ったあああ!」

 だが。あぐはいつもの平和そうな、無邪気な笑顔のままだ。一方のアヤナ隊長は不思議そうにルイのことを見てくる。

「何を遊んでいるの、ルイ二等兵?」

「い、いえ……」

「そう? ではいい機会よ。鑑定も経験になるので、ちゃんと見ておきなさい」

「はっ」

「そう言えば今、そのハコ喋ったわね。例の音声ガイダンスってことはロウからの贈り物かしら」

「ど、どうでしょう……?」


 ルイは色々と心の中で叫んでいた。

「(なんで私だけ驚いてるの!? ってかこの宝箱、今フェイント入れる必要あった? 後で燃やしてやろうかな。あ、でも燃えないゴミだったらアレだし……! そもそもあぐちゃは何でこんなに無造作で、そして何も驚かないのよ!?)」

 あぐはニコニコ笑ったままだ。すっげームカつく、とかこっそり思っているルイだった。

 一方のコジ兵長。彼女は鑑定を済ませたようだ。

「はい……鑑定終わりました。これは『カシナートの剣』です」


 ルイはビクッと身体を震わせて、そして叫ぶ。

「むぅ、アレはまさしく……!」

 あぐも続けて叫ぶ。

「知っているのか、雷電!」

「民明書房『花京院は知っている』によると、カシナートの剣とは伝説の刀匠『カシナートさん』が一本一本丹精込めて作成した最強の剣のブランド! その剣圧は大地、海、そして空をも引き裂き、五本集めればカンヅメに、六本集めればフィン・ファンネルになるかもしれないとの噂まであります! 鏡の中の世界に引きずり込んで一方的に攻撃ができるかも、と!」


 アヤナ隊長は少し呆けている。

「鏡の中の世界って……ファンタジーやメルヘンじゃないんだから」

 しかしルイの勢いは止まらず、興奮してぶんぶん拳を振り回した。

「このカシナートの剣を手に入れたパーティは、順風満帆、鎧袖一触、無病息災間違いなし! 獅子身中の虫、シーマ・ガラハウ、捲土重来で私は帰ってきたああああ! 宝くじは当たるし英会話がペラペラになるし高血圧の予防になるし血液がサラサラになるし美白と美肌に効果があり、しかも探索においてはパーティ全滅の確率がまあまあほんのり僅かにこころなしか少しだけ減る(当社比)と言われています!」


 一瞬の静寂。その後にコジ兵長が返した。

「えぇと。なんだか『刀匠カシナートさん』って、それ自体が、なんと言うか……」

 アヤナ隊長もゆっくり肯く。

「そうね。ちょっとうさんくさいし。それに私の知ってるカシナートって、もっと、こう、なんだったかな……?」

 一方ルイは止まらない。

「しかしアヤナ隊長、伝説の刀匠カシナートさんはあのロン・ベルクをも凌ぐんじゃないかという噂まであります! それにカシナートの剣の材料を鋼の錬金術師に等価交換してもらったら、代わりに数千円が生成され、それをあぐちゃが通販でどこかに頼んだらカシナートの剣が一本郵送されてきたという永久機関的なサムシング!」

「……なんだか一本買ったらもう一本ついてくる、みたいな話ね」


 注:もとのカシナートの剣は等価交換の時になくなっているので、別に増えてはいない。騙されてはいけない。……むしろ送料がかかっている。


 ルイは興奮したまま続ける。

「しかしアヤナ隊長! カシナートの剣には逸話がいっぱいあります! マイナスイオンが出てるとか、アタッチメントを取り付ければすっごい便利な高枝切りバサミに転用できるとか、なんか掻き混ぜるようなこともできるとか! こういう逸話は、私も、私の幼馴染の、その家族の、その上司の、その息子さんの、その取引先の、そのまた知り合いからその噂を聞いたことがあるとのこと!」

「そ、そうなのね。もうソレ完全に他人っぽいけど……。(そもそも、もとのソースが花京院ってトコでうさんくさいし)」

 ちょっと引いてるアヤナ隊長だった。


 少し間をおいて。フレイヤ特務少尉はそのカシナートの剣を見ながら言う。

「しかしアヤナ隊長。これやっぱり『剣』って気がしませんね。なんだか工業用の器具みたいに見えます。せいぜい剣山」

 アヤナ隊長は肯いた。

「私にはフードプロセッサに見えるわね。ハンドミキサーみたいな」

 コジ兵長も肯く。

「はい。これ当人(?)は『剣』って言い張ってましたが(さっきまで、そう書いてあったし……どこかに)。でもコレ私にも、どう見てもハンドミキサーに……」

 そして残りのあぐはいつもの笑顔で、特に何も言わない。ただニコニコしているだけだ。


 一方のルイは拳を握りしめた。

「でも本人が『剣』って言い張ってますよ!? 未確定名称もちゃんとSWORDだったし! なんなら鑑定した後の名称もカシナートの『剣』ですし!」

 アヤナは少し声を落とした。

「んー。だけどコレで切りつけたり突き刺したりして攻撃するシーンが思い浮かばないのよね。どう見ても『掻き混ぜる』的な。せいぜい『鈍器』に使えるかな、ってくらいで」

 鑑定したコジ兵長ですら同意している。

「そうですね。『掻き混ぜる』か、まあギリギリ『殴りかかる』くらいな……」

 だがルイは引かない。

「でもでも、ちゃんと『Blade Cusinart』って書いてあるじゃないですか!」

 

アヤナの脳裏に、少し不吉なことがよぎった。

「(あれ? 『SWORD』の成分、なくなってね?)」

 フレイヤ特務少尉が少し小さな声で言う。

「ええと。ところでこの剣? いえハンドミキサー? これ、誰がどうやって装備して戦うのでしょう」

「わかんないけど」

 何気なくそう言ったアヤナに、フレイヤは声をかけた。

「隊長、ご指示をいただけますか?」

 アヤナ隊長はビクッとする。

「え!? 私!?」

「もちろんです。皆、アヤナ隊長の指示には従いますし」

「ちょっ、ちょっ!? 私なの!? 私が決めるの!?」

「そうですよ。アヤナ様こそが我々の隊長なのですから」

 その場の全員がアヤナ隊長に注目する。


 一瞬、静寂が訪れた。


 アヤナがギリギリな感じで声を出す。

「ロ……」

「ロ?」

「ロウに聞いてみよう!」

「(えぇ……)」

 アヤナは腰を落とし、右手をグッと握りしめた。

「ではコジ兵長、コレは宝箱ごとロウに送り返すように手配を!」

 コジ兵長はちょっと驚いてから肯いて敬礼する。

「了解しました!」


 アヤナは全員を見渡して、言う。

「いーい? この剣(ハンドミキサー?)のことは、今日、誰も、何も見なかった! いいわね!?」

「「「りょ、了解ですっ!」」」

 その場の全員が『隊長、また揉み消しやがった……』とか思っていたが、不思議な武器『カシナートの剣』にそこまで入れ込む者は誰もいなかった。

 ……約一名、ルイを除いては。

 彼女は泣きながら叫ぶ。


「か、カシナートのけぇーん!」



 #ここらへんからヘンリー・マンシーニのBGMが流れ出す#



 ヘンリー・マンシーニのサウンドを後ろに、コロンボ警部がやってきてその宝箱を連れて行く。


 ルイ・ビニール二等兵は泣きながらその場に崩れ落ちた。

 アヤナたちは『何このBGM』とか『なんで唐突にコロンボ警部が来るのよ』とか『そもそもこのカシナートの剣って何?』とか思っていたが。まあわりとどうでも良かったし。

 皆は順番にルイの肩を軽く叩き、ゆっくりと部屋から出ていく。

 当のルイも涙を拭いて、立ち上がり。

 フラつきながら、しかしゆっくりと隊長室を出ていった。


 隊長室に残ったのは笑顔のアグゥ・グランドレベルのみ。


 ヘンリー・マンシーニのBGMが終わったちょうどそのタイミングで。

 彼女は、その笑顔のまま言った。



「ただの、クイジナート社の刃では?」



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