5:「アヤナは一つ! 進めば二つ!」

 アヤナ、あぐ、ルイの三人は伝令に伝えられた場所へと走る。街中ではあるが人通りが少ない場所・時間帯であることが幸いした。

 途中、アヤナのタングステン製の鞘からチリンチリンと音が鳴る。ルイ二等兵が声を出した。

「アヤナ隊長。なんか鞘がうるさいんですけど。隠密行動には、ちょっと……」

「えっと、鞘に実物の風鈴がついてて……」

「風鈴の紐を切ってみては?」

「軍用の特殊ワイヤーらしく、取れなかった……」

「あぁ……」

 まるで邪魔な鞘である。物理的に呪われてるっぽい。


 と、通りの向こうに中規模の『悪魔』の集団が見えた。

 パッと見た感じ、ミドルデーモン1匹。レッサーデーモン6匹。ミニデーモン多数(15匹くらい)?

 アヤナたち三人は咄嗟に物陰に隠れた。なんとか悪魔たちからは見つからずにすんだようである。

 近くにいた民間人たちが、叫び、逃げる。それを邪魔したり排除したりするかのように悪魔たちは破壊の魔法を使っていた。

 ルイ二等兵は少し小声で言った。

「アヤナ隊長。このままでは民間人にも被害が出ます。今のこの戦力でどうにかなりませんか?」

 アヤナ隊長は意外と余裕だ。

「にゃはは☆ 実はね、私の剣って『対・悪魔』では滅茶苦茶強いの。だからかなり相手の戦力を削げると思う」


 ルイ二等兵は少しアヤナ隊長を観察してから……恐る恐る、言った。

「あの、アヤナ隊長……」

「何?」

「隊長が腰に差しているのは?」

「え? タングステンの重い鞘だけど?」

「ではそれを身体全体で支えているモノは?」

「特殊ストラップね。こっちはまあいいカンジかも」

「で、アヤナ隊長。えっと。……本体の剣はどこに?」


「あ」


 フレイヤに渡したままである……。

 長い、長い静寂が訪れた。

 それを破るアグゥ二等兵の声。

「忘れるのは仕方ないですよー。私も、警棒もナイフも忘れましたしー」

「ちょっ、丸腰で何しに来たのよアンタ!」

「あぅぅ」

 あぐをユサユサ揺するアヤナ。

 アヤナ隊長だってそう言える立場ではないなぁ、とルイ二等兵は思ったが。険悪になるので黙っていた。彼女は言ってみる。

「アヤナ隊長。他に武器は……何か他に武器はないんですか!?」

「んー。ええい、このスイッチだ!」

「スイッチ……?」

 アヤナが取り出したのは、ちょっと前にフレイヤとの模擬戦の時につまづいた……名前は何と言ったか。ともあれ石だった。あぐが声を上げる。

「それは、伝説のリトルラージストーン!?」

 別に伝説でも何でもないが、何故か詳しく覚えているアグゥ・グランドレベルだ。大きめの小石なのか、小さめの大きな石なのかは知らないが。

「あぐちゃ、よく覚えてたわね」

「るいちゃ。大きいんだか小さいんだかよくわからないんで、覚えてましたー」

 妙な覚え方ではあるが、ルイ・ビニールはそれを口にするほど野暮ではない。対象を変えるように、アヤナ隊長に言った。

「えぇっと、アヤナ隊長……」

「何?」

「隊長はその石で……えっと、悪魔に殴りかかるおつもりで?」

「そうだけど?」

 不思議そうなアヤナ隊長に、思わずルイは手を左右に振る。

「いやいやいや! 王国騎士で姫君で、剣も魔法も乗馬もできて、オークが相手なわけでもなく、ビキニアーマーでもないのに、石で殴りかかって悪魔を撲殺する姫騎士って……なんかヤバくないですか!? 響きとか字面とか絵面とかも!」

「大丈夫! 私、素手で悪魔を撲殺した人知ってるし! それにこの石を信じて!」

「でもそんな小石で……」

「ちょっと大きめの小石よ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 ラブホテルの前で言うと引かれる言葉を連呼しながら、アヤナは攻撃のために腰を浮かせた。ルイ・ビニール二等兵も腰の警棒を引き抜く。

「なら隊長、私も牽制を!」

 続いて(丸腰の)あぐもちょこんと手を挙げる。

「はーい。私も悪口とか言ってあげますよー」

 だがアヤナは首を振って、そして力強く言った。



「私は一つ。進めば二つ」



「は?」

「私、こう見えて実戦経験豊富なの。あれぐらいの悪魔相手に戦ったことは何度もあるわ。逃げ回れば死にはしないし。だから私が戦ってこの場を制圧すれば、その功績を認められて……一つ。私は昇進する」

 また肩書きが増えるだけかもしれないが。

「え。凄いですね!」

「でも貴方たちが進んで戦ったら……二つ。そう、二階級特進よ」

「!」

 そこでアグゥがぽやーんとした声(平常運転)を出した。

「るいちゃ、るいちゃ。凄いね。一気に二つも昇進するんだってー」

「あぐちゃ。言っとくけどそれ殉職って意味だよ……」


 アヤナは言う。

「じゃ、私は突っついてみるね。二人は退路の確保。状況によってはそのまま撤退しなさい。その後は応援部隊と合流して」

 意外と指揮官らしいカンジの指示を出してから。

 物陰から、悪魔を石で撲殺しようとアヤナはジリジリと進む。あぐが声をかけた。

「アヤナ隊長。せめて何か必殺技とかはないですかー?」

「必殺技?」

「主人公によくあるじゃないですかー」

「そう言われても。特にないけど?」

「何かオリジナルの名前とか、あるといいかもですー」

 アヤナは少し考える。しかしアヤナには特にオリジナル技などはない。もし仮にあったのならば、こんな吹きだまり(失言)で隊長なんかしてないと思うし。

 するとルイ・ビニールがぽんと手を叩いた。

「隊長。やっぱりアレですよ。幕末を生き抜いた、不殺の元祖(?)で、頬に傷があって、トコロテンとか剣の心とかに関係あるアレで」

「何それ?」

 アヤナの言葉に、あぐが小声で呟いていた。

「(チッチッチッチッ……この後はるろうに剣心)」

 一方のルイはかなり興奮気味だ。

「えぇと。(一部の)女性も大好き、『牙突』、的な何かです」

「『牙突』かぁ。いい響きだけど、アレ突きの技でしょ。んー。サーベルや剣ならともかく、手持ちが石だしなぁ」

「アレに対空バージョンみたいなのあったじゃないですか?」

「うろおぼえだけど」

「逆に、飛びかかって振り下ろす攻撃にしてみては」

「おぉ。悪くないかも」

「これを……天空からの一撃、そう『メキシコに吹く熱風』と言う意味で、『天牙(てんが)』と名付けるわ!」


 勝利を確信したように拳を空に突き出すルイ。だがあぐとアヤナは、そっと顔を背けた。

「ルイちゃ。流石にそれは私も引くよ……」

「え? なんで?」

 ルイはアヤナの方に顔を向ける。

「アヤナ隊長、どうしてです?」

「そこらへんはちょっと。私の口からは」

「?」

 ちょっと不思議そうにしているルイに変わってアグゥがぽやーんとした声を出す。

「ともあれアヤナ隊長。必殺技ですよ必殺技ー」

「どういうものなの、アグゥ二等兵」

「そうですねー。インパクトあったりー、強そうだったりー、相手が怯えたりー、尊い自己犠牲の精神だったりー、慈愛や博愛だったりー。そういうものじゃないですかねー」

「相手が怯えて、インパクトがある自己犠牲の精神ね! わかった! じゃあ私、行くわ!」

 アヤナは二人を見回すと(大きめの)小さな小石を握りしめた。目をつぶって、言う。


「リトル・ラージ・ストーンは。アヤナ・フランソワーズで行きます!」


 アヤナは隠れている場所から踏み出し、走り込む。それはタングステン鞘の重さのせいで相当動きが鈍っていたが……それでも確かに経験は豊富なようで、接敵し白兵戦の間合いに入っていた。

 アヤナ隊長が必殺の一撃を叩き込む!

 それは皆が知ってたり、あるいは子供受けしそうなセリフを叫びながら。


「さあ、僕 の 顔 を お 食 べ ー っ っ ッ !!」


「「((うわキッツ))」」


 リトルラージストーンで最下級のミニデーモンを殴りつけると、その悪魔はかき消すように溶けて消滅した。撲殺である。

 すかさず返す刀(石?)で突進し、手近にいたミニデーモンにジャンプして殴りかかった。動きは鞘のせいで鈍いけれども。


「天牙(てんが)っ!」


 ルイ二等兵が高く拳を突き上げる。

「やった! やったわ、あぐちゃ!」

「いやドン引きなのに変わりはないよルイちゃ……」


 その天空からの一撃(ネーミングはともかく)で、正面のミニデーモンも撲殺して消滅させたが……その時、アヤナの小石も砕けてしまった。

「あ」

 (鞘が重くて)動きが止まったアヤナに、悪魔たちの破壊の魔法が次々に放たれる。相手はかなり大勢だ。流石にアヤナに分が悪い。


 アヤナは(鞘が重くて)避けきれず、魔法の障壁を張って防いでいたが……流石にすぐ限界が来た。

「ぬわーっ!」

 悪魔たちの数々の破壊の魔法を抑え込めず、アヤナが吹っ飛んだ。

 一方のアグゥ・グランドレベルは(めっちゃかっこいい顔で)叫ぶ。


「まだだ! たかがアヤナ隊長をやられただけだ!」

「それって結構な損失でしょうよ……」

「こんな死に方……嬉しいのかよ? 満足なのかよ!? 誰が、誰が喜ぶんだよー!!」

「死んでない死んでない」


 あぐとルイ。二人はどうしようかと混乱した次の瞬間。。

 突然、反対方向から何十発と初球の魔法が飛んできた。氷の散弾とか、風の威圧とか、火と風の複合の爆発魔法が主体だ。後にわかったことだが火事の危険を考えて純粋な炎の魔法は全く使われなかったらしい。


 その雨のような勢いの魔法が次々に『悪魔の群れ』に突き刺さる。驚いたのは、まず規模だった。あれだけの魔法だ。何人、何十人と集まってなければ普通は放てないだろう。だが実際は、たった一人の青年だけによるものだった。アヤナや他のシスターズと同じくらいの年齢だろうか。

 そしてその魔法は、大抵が『初級』の攻撃魔法にも関わらず最下級のミニデーモンどころか上位種にも通用していた。

 魔法の威力や完成度も凄い。平均よりも桁違いだ。大気中での威力減衰も低いし、精密さに優れよく練られている。速い速度も遅い速度もあり、曲がったり落ちたり、浮き上がったりもしている。なのに命中率も高くてほとんど外していない。

 その魔法使いの青年はあっという間に悪魔の群れを駆逐し場を制圧していた。

 一体どれだけの修練をすればあんな高みに立てるのだろうか。ルイ・ビニールは身体が震え、唾を飲み込んだ。


 そして……その青年は軽く笑いながら言った。

「おーいアヤナ。なんか動きが鈍かったぞ? あとお前の剣なら楽勝かと思って、ちょっと見てたんだけど」

「いえ、剣はちょっと諸事情で……。あと鞘がめっちゃ重くて」

「鞘?」

「この鞘ってタングステン製らしいわ」

「えー……。何その無駄遣い。それどうやって加工したんだ……」

「多分、ロウが何か関係してる」

 親しく話しているアヤナ隊長と、その場に颯爽と現れ悪魔を蹴散らした魔法使いの青年だった。いや、純粋な魔法使いと呼べるだろうか? 彼は腰にショートソードをも差しているし。


 と、そこに背後からフレイヤ率いる援軍が段々と到着してきたようだ。第一陣はすぐに装備が整った十数人。更には装備がなどが整い次第、大勢が到着するだろう。

 それを見たその魔法使いの青年は、軽く片手を上げた。

「じゃあアヤナ。俺はこのへんで」

「あれ? 行っちゃうの!? 歓迎するよ!?」

「だって報告書とか供述書とか事情聴取とか、色々と面倒だもん。今回の騒ぎは……アヤナと、そこの二人の部下の手柄にでもしちゃえばいいんじゃない?」

 ルイ・ビニールはアヤナ隊長の袖をくいくいした。

「隊長! あの強くてかっこいい人、誰です!? お知り合いのようですが!?」

 あぐもぶんぶん手を回している。

「かっこいいですねー。隊長と同い年くらいですが、隊長とは比べものにならないくらい強かったですー」

「んー。そうね。私も結構やれるほうなんだけど。この重い鞘さえなければ。あと剣を忘れてなければ……!」

 なかなか敗因が多いようである。

 一方の青年は、ごく自然にアヤナに片手で手を振った後。

「じゃ、俺はこれで」

 ゆっくりと歩き出した。

 その魔法使いの青年に、アグゥ・グランドレベルは声をかける。


「あの、せめてお名前を……!」

 その魔法使いは後ろを向いたまま、片手を上げて言った。

「……セザール」


 あぐはぴょんぴょん飛び跳ねた。

「セガールさんですってねー。かっこいい!」

 ルイはついつい叫んで返す。

「セザールっつってんでしょ!」


 アグゥ・グランドレベルとルイ・ビニールは、一気にそのセザール(セガール?)の魅力の虜になった。

 ゆっくりと去っていく青年。その背中に、あぐとルイは叫んでいた。

「セガール! カムバーック!」

「グッバイ、セザール!」


 アヤナだけ不思議そうな顔で、小さく呟いた。

「なんでウチの師匠って、妙なコト口走るかなぁ……ってかセザール(セガール?)って誰さ?」



#付記。勝手に応援していた(昔のCMの)株式会社「セザール」は、現在、民事再生法後に吸収合併されていました。


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