タングステンの戦士
コジ・イツカ(18)。女性。ラクス中央警察署所属の巡査長。
小柄で童顔。しかし巨乳。性格は真面目でまともだが、少し抜けているところはある。
彼女は警察に入隊後、特例しかも最速で「巡査部長」試験に合格した。が、まだその辞令がおりてはいない。そのため現在の階級は「巡査長」であった。
これは彼女がちょっとポンコツなので、上層部から「待った」がかけられているためだ。まあ……賢明な判断かもしれない。
警察から軍隊への出向で、「外の、厳しい社会を見てこい」と送り出されたのだが、アヤナ隊はもっとポンコツだったのが哀しい話である。
彼女、コジは軍隊内での仮の階級として「兵長」が与えられている(兵長相当官)。巡査部長なら軍曹とか与えてもいいけど→まだだし、ということでつけられた。ただ二等兵が多いアヤナ・シスターズにおいてはまあまあの階級である。
彼女の職務は軍隊と随伴して行動するほかに……武器などの装備品を調達・分析したりするという主任務があった。品質や新型武具の性能チェックである。そもそもシスターズにはあまり武具が整わず配給されていない。武具の調達・そして品質チェックは急務だった。
さて。そんなある日。基地内の彼女の元に一つの試作品が届けられた(郵便。それも普通便扱い)。布に包まれていて、それを解くと一見して『鞘』のようだが……とても重い。これを腰に差せる人がいるのだろうか? と思うほど。
コジ巡査長は屋外の訓練スペースで指揮を執っているアヤナ隊長に、その滅茶苦茶重い鞘? を包まれている布ごと持っていった。
「あらコジ巡査長。どうかしたのかしら?」
彼女の隣にはフレイヤ特務少尉と……アグゥ・グランドレベル二等兵、そしてルイ・ビニール二等兵がいる。コジはその二人の兵士とはとても仲が良かった。アグゥは手を振ってくる。
「コジしゃ。今日はどうしたんですかー?」
コジは返した。
「あぐちゃ。なんだかヘンな装備が送られてきて……どうしようかアヤナ隊長に判断してもらおうかと」
ルイはのぞき込むように言う。
「ふーん。あ、手紙がついてるわね」
『親愛なるアヤナへ。少々特殊な鞘を基本設計しました。鞘に魔力を流し込むと刀身に魔力が絡んで、最初の一太刀くらいは攻撃や受けの強度が高まると思います。これはあくまで試作なためたいした威力にはなりませんが、訓練や実戦で使用してみてフィードバックをお願いしたいです。尚、それらのものは差し上げます。では、幸運を! 付与研のジャンより』
アヤナはグッと拳を握った。
「やったあ! ジャンの特製よ! これは期待できるわ!」
ルイ二等兵が訊ねてくる。
「ジャンって、有名な人なんですか?」
「そりゃ、もう! 武具の製造やメンテ、魔力付与にかけては天才的……と言うか化け物クラスね」
「それは凄いですね!」
しかし、コジ巡査長が恐る恐るもう一通の手紙を差し出してきた。
「あとアヤナ隊長。こちらにも手紙が……」
「ふーん。どれどれ?」
『アヤナ様、付与研のロウです。今回はジャン先輩の基礎設計をもとに、私が色々な機能を盛り込みました。燃費が良くなるらしいシール貼り付け。タウリン1000mg配合。基本ソフトを98SEからMeに上書きアップグレード。ベルマーク。気持ちが涼しくなるためにリアル風鈴搭載。音声ガイダンス機能。アタッチメント装着で髙枝切りバサミ(すっごい便利ですよ!)に転用も可能』
フレイヤは呟いた。
「コレ……まだテストもしてないですが、なんだかダメなヤツじゃありません?」
アヤナは頭を抱えている。
「ジャンは凄い人なんだけど……後輩のロウって女性はちょっとアレで。うん、色々アレな人なのよ。腕はともかく先進的と言うか独特と言うか」
コジ巡査長は言った。
「もう一通……今度はマニュアルですかね」
『アヤナ様。これは試作とは言え世界最強の『鞘』を目指して造った一品物です。具体的にはタングステンから切り出して加工し、不細工ながらもなんとか形にできました。お試し下さい』
フレイヤの手が震える。
「タングステンって……世界でも最高峰の強度ではなかったでしたっけ?」
「ええ。熱への耐性とか、あと重さも世界最強レベルっぽい」
「しかし熱にも強いなら、これ加工も難しかったはずですが」
「そうよね。んー。コレ『値段』が世界最強なんじゃ」
アグゥ二等兵が、ぽやーんとした顔(彼女の標準の顔)で言う。
「たいちょー。コレですけど、こんなに重いと腰に差せなくありません?」
「そ、そうよね! じゃあ厳重に倉庫に保管を……!」
あからさまにテストすらしたくないアヤナに、コジ巡査長が言った。
「アヤナ隊長。あとこれも届いてます。紐みたいなもの」
「ヒモ?」
『アヤナ様。流石にタングステンの鞘は重いのではと、作成した後に気づいたので……』
「いや作成する前に気づこうよ!」
「アヤナ隊長、続き、続きを!」
「う、うん」
『ジャンさんのアイデアをもとに、色々私が魔法や術式を込めたショルダーストラップを同梱します。これは鞘に通した紐を。左肩、右肩、更には背中の一部で分散して支えるものです。ジャンさんの発案で、魔力を流し込むと簡易なフィールドが形成され……まあ簡単な鎧のようなものになります。更には私のオリジナル機能として、飲尿療法機能、尿中の麻薬検査をすりぬけられる効果が期待されます。是非ともテストをお願いします』
「ちょっ! 麻薬検査すりぬけって、サラッと物凄いこと書いてるじゃん!?」
「いえ、でも『期待されてる』ってだけですし。あまり効果がないかも……」
「だったらフレイヤ、貴方試しに麻薬を使ってみる!? 私の部隊で尿検査するから!」
「し、失言でしたアヤナ隊長!」
「そもそも飲尿療法って何よ!? 意味わからないし!」
「なんと言いますか……尿が大好きっぽい人ですね」
「あ、続きがあるわ」
「どういうものです?」
『追伸。作成中に、試作用のヒモのキャパシティが限界に達したためジャン先輩のフィールド形成機能を段階的にオミットしていき、最終的には撤廃しました。飲尿療法機能だけは完全な形で搭載を実現させました。麻薬検査すり抜けのほうは、まあまあなかなかいろいろマジで頑張ってくれるはずですが、程度はよくわかりません。次はタングステンの紐で頑張ってみます』
「ああぁああぁあ! 二つあったウリが、二つともなくなってる!」
「ただのヒモに成り下がってますね……尿関係の」
「ってかあの子、タングステン好き過ぎじゃない!? タングステンでヒモが作れるかは知らないけどさ!」
「ええ。そもそも鞘が重いから重さを分散させてヒモで軽くしようとしてるのに、そのヒモの軽さという最大の長所をタングステンで見事に殺そうとしてますし」
アヤナは天を仰いだ。
「全く。なんでウチにはこんなモノだけ回ってくるのよ。屋内装備もまだだし、屋外用の槍やシールド、アーマーなんかの標準装備なんて数少ないし」
そう。アヤナ・シスターズはまだ装備が揃っていない。警棒とナイフ、そして防刃ベストがせいぜい。どれも警察からの払い下げだ(予算が回らなかったため)。
「まあ。形だけでもテストしなきゃね……」
まずアヤナは自分の剣を、鞘ごと外して手近の地面に置いた。
そして魔法(?)のヒモを手に取る。
「……ねえ。なんかコレ、イメージすら悪いわよね」
「飲尿療法ができるだけの、ただのヒモですし」
コジ巡査長は『そもそもヒモで飲尿療法って、何なのだろう?』とか思ったが、多分誰も答えられないし、黙っておいた。
それからアヤナは恐る恐るタングステン製の鞘を腰に差し(めっちゃ重かった)、鞘にストラップをくっつけ、両肩から背中までをストラップで固定した。
「ん? 致命的に重いは重いけど、ギリギリなんとか動ける程度かも」
「身体全体で支えるので負荷が分散するようですね」
「じゃあ、ちょっとこの鞘に剣を入れてみるわ」
アヤナが地面に置いていた自身の剣を自分の鞘から引き抜き……腰のタングステン製の鞘に入れてみる。
すると。鞘が無機質な声で「喋った」。
『刀身に簡易フィールドを形成します。魔力を流し込んで下さい』
その場のアヤナ・シスターズの全員が驚いている。
「しゃ、喋ったあああ!」
「凄い機能ね!」
「これもジャンさんの特製!?」
「やっぱりジャンさんって凄い人!?」
フレイヤ特務少尉が言う。
「凄いですね!? これインテリジェンス・鞘?」
アヤナは答えた。
「いえ、前に似たようなモノを使った仲間がいたんだけど、それ会話はできないらしいわ。あくまで音声ガイダンスだけで」
「それなら説明書だけでいいのでは?」
「うーん。私に言われても。だって、あのロウだもの」
アヤナはタングステン・鞘に魔力を流し込んでから、自前の剣を引き抜いてみる。刀身に薄い膜のようなものが形作られ、綺麗な光を放っていた。
「おぉ。これが……ジャン本来のアイデアね。なるほど。これなら初太刀の攻撃力もいくらか上がるだろうし、受けても刃こぼれしにくいはず。フレイヤにもちょっと見て欲しいわ。貴方からも感想が聞きたい」
アヤナはフレイヤに、その自分の剣(特殊フィールド付き)を手渡した。フレイヤは肯いてその剣を手にする。
「これは便利そうですね。もし普通の鞘にこの能力があれば……例えば数人がかりでの先制攻撃の時などはかなり有利になるはずです。アヤナ隊長。本格的にテストしてみます?」
「そうねフレイヤ。やってみよう。もともとがジャンのアイデアなら、タングステン専用なんかにするわけないし」
「じゃあロウって人が勝手に……? なんだか悪意すら感じますが」
そんなことを言っている時だった。
塀(と言うか柵&有刺鉄線)の向こうから、伝令のシスターズが飛び込んできた。
「伝令、伝令です!」
「どうしたの!?」
「アヤナ隊長! あちらに中規模程度の『悪魔』が出現したとのことです! 警察や正規軍にも応援を呼びに行っているところですが、最寄りの戦闘部隊がここなので!」
魔法都市ラクスは、大量の魔力によって『歪み』がよく出るらしい。それは『悪魔』の出現となって警察や軍隊の腕の見せ所なのだが……それが中規模程度、というのは少し珍しいかもしれなかった。大体は『小規模』の時点で対応されるからだ。
ともあれアヤナ隊長は指示を出した。
「フレイヤ、援護のシスターズを集めて! コジ巡査長は警察と連携準備! 私は先行して情報確認をするわ。アグゥ二等兵とルイ二等兵は私の援護!」
フレイヤは恐る恐る言った。
「しかしアヤナ隊長、それは危険では……!?」
「大丈夫! 私、一人でも結構戦えるって知ってるでしょ?」
「ええ。それは確かに……」
「じゃ、頼んだわよフレイヤとコジ巡査長! で、行くわよアグゥ二等兵、ルイ二等兵!」
この段階では、アグゥ二等兵がいつものように武装を忘れていることに誰も気づいていなかった。まあ平常運転かもしれない。シスターズなんてこんなものだ。
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