アヤナF91
フレイヤ・ロンパンの所属は今でもアリス隊である。単に訓練教官としてという意味でアヤナの部隊には出向しているだけだ。そして彼女も、もとチルドレンなのだから得意な武装はやはりショートソードだった。
チルドレンはほぼ全員がショートソードを使いこなす。それは屋内や通路、狭い戦場に特化していた。チルドレンの主任務がそういう戦場を想定したものだから。
フレイヤ程になれば屋外戦の槍もかなりの腕前にはなっているが、それができるチルドレンはあまり多くはない。
そしてこの『屋内戦では強く、屋外戦では苦手』というアリス・チルドレンの補助を、アヤナ・シスターズは期待されている一面もある。『護衛の護衛』と揶揄されてはいるが、できればシスターズには槍を持って屋外戦戦闘もこなして欲しいのだ。
だがそもそも装備がないので、今のところシスターズは実績どころか訓練すら何もできていなかった。適当にホウキを持って戦う真似をしている。どこかで見たことのある光景である……そう、小学生男子のそれだった。
装備が揃わないのは、ほぼ全ての装備を警察からの流用(予備や中古。コストダウンのため)で、本格的な装備は現在アヤナ隊長が調整中である。
……トップがアヤナというだけで、あまり期待はできないけれども。
さて。シスターズに技術を教えるフレイヤ特務少尉にとって能力査定は重要なものであった。
「ほら皆さん、この程度なの!?」
実際に防具に身を包み竹刀で打ち合うと……フレイヤはアヤナ・シスターズたちのあまりの弱さ、練度の低さに肩を落とした。
無理もない。シスターズらは訓練校時代に基礎体力をつけるため、単純に走らされるだけが主な訓練だった。士官学校出のアリス・チルドレンとは違うのだ。
そもそも剣術や槍術、体術などの訓練は疎かだったはずだし、恐らく実戦レベルで魔法を使える者は限られてくるだろう(もしそれらが高い水準でできる者は、きっとシスターズなんかに入ろうとは思わないだろうし)。
シスターズの十数人が簡単にやられて地面に這いつくばっていると、そこにアヤナ隊長がフラッと現れた。
「フレイヤ特務少尉。訓練ご苦労様です」
「いえアヤナ隊長! これが私の仕事ですから! 隊長のほうは、装備導入などの進捗は良さそうですか?」
「んー。私、邪魔だからって外されちゃって……後でサインだけすればいいみたい」
「あぁ……」
そしてアヤナは少し思案すると。
「ねえフレイヤ。私とやってみない?」
「え?」
「私、これでもまあまあ強いのよ」
そう言われては、フレイヤも断るわけにはいかない。アヤナ隊長は自分の身体のサイズに合いそうな隊員から防具と竹刀を受け取り、防具を着込んだ。
……面白そうだからと、まだ能力査定を受けていない他のシスターズも大勢集まってくる。
「じゃあフレイヤ特務少尉、行くわよ!」
「わかりました、アヤナ隊長!」
……フレイヤはすぐに、アヤナ隊長の構えが普通のショートソードのそれとは違うとわかった。
普通のショートソードも基本は右手・右足を前に出すが、少し正対に近い構えだ。これは『斬る』動作もするためだ。
一方のアヤナ。彼女も右手右足が前だが、ほとんど『半身』に近い。いや極端に半身だ。これはショートソードのそれではなく、フェンシングのそれだった。
そう。アヤナ隊長は『王国騎士』の叙勲を受けた時には、見込み半分とは言え『フェンシング』で推薦されていたはずだ。ならばかなりの手練れであろう。
フェンシングの競技は基本『突き』を多用する。それは最速の『突き』とも言える。
そしてアヤナ隊長の『突き』は、フェンシング譲りのそれだろう。だが少し、違う感じもした。
フレイヤは迂闊に飛び込めずに間合いを計っていると、アヤナ隊長が踏み込んできた。……上半身・下半身。利き腕や頭なども狙って突いてくる。フレイヤはあまり詳しくなかったが、全身を攻撃対象とする『エペ』のルールだろうか。しかしそれは試合を前提としたフェンシングとは異なった。
そしてアヤナ隊長のそれは、想像以上に『重かった』。速さだけではなく体重も乗った『突き』。それは実戦を潜り抜けてきたことが覗えた。決して『当てるだけ』を目的としていない、重い一撃。
フレイヤがかなり防戦一方になってくると、今までフレイヤに手も足も出なかったシスターズは感嘆の吐息を漏らし、多くのシスターズはこう思っていた。
『隊長凄い!』
『ねえ。アヤナ隊長って……あんなに強かったの!?』
『うぇーい!』
『うぇーい!』
フレイヤは剣術と体術でなんとか対応していたが。アヤナ隊長が少し前のめりになった瞬間に少し思い切って捌いてみると……。
「ぴぎゃっ!」
アヤナ隊長が、転んだ……。
また転んだよ……。
やはり多くのシスターズはこう思った。
『やっぱり隊長だよねー……』
フレイヤ特務少尉が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですかアヤナ隊長!?」
「え、ええ。ちょっと小石が足につまずいただけ……」
「……器用な小石ですね」
「……これをリトルラージストーンと名付けるわ!」
「え。大きいんだか小さいんだかよくわかりませんが」
「これはお守り代わりに持っておくの。足下をすくわれないように」
「はっ。賢明なご判断です。……きっと。恐らく。色々と。多分」
「にゃはは☆」
そんなおり、アヤナ隊長は近くで見ていたアグゥ・グランドレベル二等兵とルイ・ビニール二等兵を呼んだ。アグゥは手に、背負うような大きな何か……赤いランドセルのようなものを持っている。
「さて、二人とも。今日呼んだのはあるテストのためよ」
「テスト?」
「今、アヤナ・インダストリィ社の名義で、王国軍に試験導入されていて脳に作用する『瞬活データリンク』と言うものがあるんだけど」
「はーい。知りませんー」
「まあそれはいいの。ただ脳に作用する特殊な技術は私も少し扱えて……今度、そっちを少しテストすることになったわ」
『アヤナ・インダストリィ』。アヤナ隊長はそこのCEOだったはず。ただ、そもそも彼女の肩書きはほぼ看板なだけであるが。
そして彼女のCEOとして部下への指示は『なんとかうまくやってちょうだい』くらいのざっくりした程度のものだと前に聞いたことがあった(給料として、なんか可愛いぬいぐるみが出てるとか、どうとか)。
ルイ・ビニール二等兵が聞いた。
「テストって……アヤナ隊長自ら、ですか?」
「ええ。大前提としてこの技術を使えるほどには精通していなくちゃいけないし。そしてこの技法は脳に作用して、全身の神経や筋力を最大限に引き出す技法なのね。だからもともと、訓練されて力を多く引き出している戦士やアスリートにはほとんど効果がないらしく」
ルイは言った。
「そんなことをして大丈夫なんですか? カラダそのものが、持つんですか? なんだか界○拳みたいな感じですが」
「それもテストのうちよ。ウチの仲間の大体は、この技法がなくても全身の能力の大部分を引き出せる人ばかりだからね。それで私に白羽の矢が立ったってわけ。これは『オーバークロック』という技法みたい」
フレイヤ特務少尉は言った。
「しかしアヤナ隊長。何か欠点はありますか?」
「定格以上でぶん回すから……力が強くなったり、足は強くはなるけど、全身のリミッターを解除するわけだから身体への負担もあって。汗もいっぱいかくし、呼吸も尽きるし、何より体温上昇が激しいらしいわ。あと色々と不安定になるかもしれない」
「へぇ」
「そこでアグゥ二等兵の持ってるソレよ! 特注なの!」
アヤナは言うが早いが、自分の服を脱ぎだした。フレイヤは慌ててとめる。
「ちょっ、アヤナ隊長!」
「ん?」
「皆が見てますって!」
「女だけだし、いいじゃん?」
これが『女子寮のシスターズは気が抜けている』と言った人と同一人物なのかどうかは、もはやわからないけれど。
「大丈夫よ、特務少尉。服の下に着ているから」
「いえ、でも……上流貴族の着替えなんて……」
そんなの一般庶民が気軽に見れるものでもないだろう。先程フレイヤと訓練で打ち合ったりして、今はシスターズの全員の目がアヤナ隊長に向けられていると言うのに。
アヤナ隊長はポンと手を打った。
「そうね。私は確かに貴族だけど、家庭教師じゃなくて普通の学校育ちだからこういうのも割と慣れてるかも」
何にせよ恥じらいとかあって良さそうなものだが。
「そう、ですか」
「でもある夏の日。楽しみなプールだからと服の下に水着を着ていって、ショーツを忘れた日は……地獄を見たわ!」
名門貴族にしてはかなり庶民的ではある。色々と。
「隊長。ブルマとかなかったのです?」
「夏でプール予定なのだから、ブルマは洗濯した後、家に置いてあるでしょ?」
「しかし雨とかでプール中止になるかもしれませんし……」
「え」
「……」
「え。え。待って待って。じゃあノーパンで過ごしたあの時の緊張感は、何だったのよおおぉおぉ!」
「ま、まあ。人生一度はそんな経験も……」
「もちろん何度かやっちゃったわぁああぁあ!」
アヤナ隊長は昔からこんな感じだったようだ……。
「でも危なかったわね。あの時、下手すれば私、妙な性癖がつくかもしれなかったわけだし……!」
「ちょっと残念な話ですね……。しかし替えの下着くらい持っていると、イザと言う時に便利かと」
アヤナ隊長はぶんぶん首を振る。
「フレイヤ! 貴方にはないのよ、私のような惨い経験が!」
「は?」
「私は。教室で……とある男子に、替えのショーツのクロッチ部分を舐められていたのを見たことがあるの!」
「うっわ」
「あと教室で……男子に替えのショーツを履かれてたことも!」
「ぅわぁ……」
「男子に替えのショーツを頭に被られてたこともあったし!」
「キッツ……」
「それっぽい証明書がついて、売られてたこともあったし!」
「そこまで行くと一発で実刑もありえますね……!」
「でも男子って、アルトリコーダーしゃぶったり。もうホントありえない。私、よく自分が男性恐怖症にならなかったと思うわ」
フレイヤは軽く頭を下げた。貴族……と言うよりはその容姿と声、そして煌めくような笑顔や仕草。アヤナ隊長はどれも美しいのだ(中身はともかく)。
アグゥ二等兵が拳を握ってぷんすか怒る。
「隊長、ほんと男子って信じられませんよねー。女子のアルトリコーダーをしゃぶるなんて」
「あ、アグゥ二等兵。もしかして貴方も……!」
「しゃぶるのは、女の方でしょうにね」
微妙な空気が流れた。『うわぁ……』と言う声が様々なシスターズから上がる。ルイ二等兵も肩を落としている。
「あぐちゃ、ドン引きだよ……」
アヤナ隊長は頭に手をやった。
「アグゥ二等兵……一瞬でも貴方を信じたのが悪かったわ」
「?」
さて。
さてさて。
ともあれ。
アヤナ隊長がお脱ぎになると……彼女のその大きめの胸はスポーツブラでガチガチにしてあり、運動に耐えうるものだった。ズボンも脱いだが下にハーフパンツを履いていて、セパレートタイプの運動着だったので前に誰かに言われたように少々わいせつ(卑猥)な気もするが、彼女のその腹筋もそこらへんのシスターズ程度にはあった。
アヤナは次々にその装備を……腰のサーベルやらナイフなどを外して行く。
脱いだズボンの腰の部分。そこは剣の鞘で擦れて肌が痛む部分だが、そこは幾重にも補強されている。……この仕様そのものはシスターズや軍人なども同じで一般的なものだったけれど、しかし『名前だけのお飾り』の指揮官には必要がないはずだ。それだけアヤナ隊長は実戦派だという証だった(わりと転ぶけど)。
アヤナ隊長は手慣れた手つきで長めの黒髪をまとめながら、スタート位置へと歩いて行く。
そこで手を上げ、そして他のシスターズに宣言した。
「じゃあ私の最速の速度を見てちょうだい! いーい? 他のシスターズ! 『コレ』が『オーバークロック』状態の私の速さよ! 定格以上でぶん回す!」
それは特殊な呼吸法らしかった。脳に作用して様々なことができる技術。
全員が見守る中。アヤナ隊長は位置についた。
そしてスタート。
……それは皆が呆気にとられるほど、速かった。アヤナ隊長は50メートルをかなりの速さで駆け抜けていた。それはおそらくこの部隊で最速だった。
多くのシスターズやフレイヤから拍手が上がる。皆、もともとアヤナ隊長なんてお飾りでたいした実力はないと思っていたからだ。しかし先程のフレイヤとの模擬戦といい、装備といい、この速さといい、これがシスターズを束ねるアヤナ隊長だと皆が感心した。
アヤナは大きく呼吸をし、全身から噴き出す汗を拭った。
「ふぅ。いいカンジね。でも暑すぎ。『オーバークロック』法はコレが欠点ね。体温が上がって汗もめっちゃ出るし、呼吸も短時間しか続かないし。だから重い装備をつけると、恐らく速度は極端に落ちる。……私の筋力はそこまで高くないし」
フレイヤは肯いた。
「でも凄いですアヤナ隊長! 便利だと思えます! どうにか改良できませんかね?」
「ふふん。それはもう考えてるわ!」
「ほう!」
仮にアヤナ隊長がサーベルなどの装備をつけた状態で、あの速度で長く走れればかなり有用だと言えた。
アヤナ隊長はビッと親指をアグゥ二等兵に立てる。
「じゃあアグゥ二等兵! それを!」
「はーい」
アグゥが手渡した『それ』は、赤いランドセルのようなものだった。背負えるし、なんだか肩のあたりに頑丈そうな板が左右に3枚、合計6枚ついている。
「隊長。それは? なんだか空でも飛べそうな装備ですが」
「違うわ。もし熱が出るのが問題であれば、放熱すればいいと思わない?」
「はぁ」
「まずこのランドセルに熱を伝えて、両方の羽から放熱する……そう、これは放熱板よ! 放熱フィン、と言った方が伝わりやすいかしら? 私の体の表面に溜まった熱を空気中に逃がすの!」
アグゥ二等兵は唐突に瓶から液体を手にし、何かの液体をアヤナの背中にサンオイルのように塗っていく。アヤナもそれは聞いていなかったようで、ビクッとした。
「ちょっ、アグゥ二等兵、それは何!?」
「なんかいい感じのものみたいですー」
「放熱に適しているの?」
「どうでしょー?」
「??? シリコングリスみたいなもの?」
「性的なローションだそうですー」
ブハッと他のシスターズも含めて、吹きだした。ルイ二等兵がアグゥ二等兵の頭をペチッと叩き、頭を下げる。
「す、すいませんアヤナ隊長! あぐちゃはアレの中でも、結構アレなんで!」
「いえ。少し慣れちゃってる自分が怖いけど」
少し部隊採用の面接官を恨んだアヤナだが、まあ吹きだまりのシスターズだ。妙な部下は多少は……いや結構……いいや、かなり存在するだろう。
気を取り直して。アヤナは赤いランドセル(みたいな放熱器&放熱板)を背負う。
アグゥは言った。
「赤い色ってのが、いいチョイスだと思いませんかー?」
「一昔前は、女の子は全員赤だったし?」
「それもありますが。速くなるような気がしません?」
「……ねえ。危ない発言はよしてもらえるかしら」
「具体的に言うと、通常の3倍くらいとか」
「やめろって言ってるでしょ!」
ルイ二等兵が、アグゥ二等兵を羽交い締めにする。
「た、隊長! 早いとこテストをしてはどうでしょうか?」
「そ、そうね。これ以上アレなこと言われる前に」
アヤナはその赤いランドセル(放熱板)を背負い、そしてまたスタート地点に着いた。
「よーし、行くわよー!」
その時が、シスターズの興奮の最高潮であった。
拍手と歓声が沸き起こり、熱意と期待で全員が興奮して応援する。
そんな皆の応援を受けて、位置につき。それからアヤナ隊長は走り出した。
……だが。さっきより遅い。
かなり遅い。
とてつもなく遅い。
とにかく遅い
格段に遅い。
アグゥ・グランドレベル二等兵とルイ・ビニール二等兵が口走った。
「まさか、質量を持ったアヤナ隊長だと!?」
「……普段からアヤナ隊長には質量があるでしょうよ」
「しかも脳波コントロールできる!」
「できてない、できてない」
遅いながらも何とかゴールして、ぜえぜえと肩で息をしているアヤナ隊長にフレイヤ特務少尉は駆け寄った。
「あの、アヤナ隊長。差し出がましいことを言いますが……そもそも『速くなる』ことを目的としているのに、その大がかりで重い放熱板を背負うと、重さで『遅くなる』んじゃないでしょうか?」
「え」
「いえ、普通に考えて」
「し、知ってたよ!?」
「あ、はい」
「知ってたもん!」
まあ結局はいつものアヤナ隊長らしいと言うことで、皆は散り散りに持ち場に離れていってそれぞれの訓練(あまり真面目ではないが)を開始し始めた。
アヤナはその赤いランドセル(放熱板)を外し、アグゥ二等兵に手渡した。
「ちょっとコレ……失敗だったみたい」
ぽやーんとした感じ(平常運転)でアグゥ二等兵は言う。
「アヤナたいちょー。材質が超合金だったのがいけなかったでしょうかー?」
ルイ二等兵が驚く。
「ちょっ、あぐちゃ! どうやってそんなの調達したのよ……!」
「超合金とアルミを合わせた合金なら、もう少し熱も逃げるし軽くなるかもですー」
アヤナ隊長はグッと両方の拳を握った。
「それだ!」
フレイヤ特務少尉は叫ぶ。
「隊長、落ち着いて! 騙されないで! あとローション拭いて! お風呂に入って! そして早く服を着てください!」
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