2:第08アヤナ小隊

 黒髪ロングが凛々しいアヤナ・フランソワーズ(17)。彼女には色々と肩書きがある。

 王国騎士だったり。

 フランソワーズ家の四女だったり。

 そこの軍隊指揮官(分隊や小隊)だったり。

 実はこの前に起ち上げた(と言うか本人はやりたくなかったらしいが)会社、アヤナ・インダストリィのCEOだったり。

 そして正規軍の軍籍であるが。彼女はだいたいいつも『准尉くらい』とかいう言い回しを好んでいた。

 軍隊で階級を濁すことは、まずない。それではどちらが上か下かがわからなくなるからだ。だから皆、顔と名前が一致しない時は襟の階級章を見てその敬称で呼ぶ。

 フレイヤ・ロンパン特務少尉は前々からそれを不思議に思っていたが、書類を見てぶっ飛んだ。

 アヤナ・フランソワーズの階級は王陛下が直々につけてくださったものらしいが。正式名は、


『最先任特別上級独立機動騎乗戦闘筆頭主席マイスター名誉フェローCEO准尉』


 だ、そうだ。こんなの誰にも覚えられない(しかしどうやらアヤナ隊長は『気合い』で覚えているらしいが)。

 だがこれだけ長くても立場としては少尉より下らしい。

「アヤナ隊長の階級は、なんでこんなに長いんですか?」

 アヤナ隊長は首を傾げて言う。

「私にもよくわからないんだけどね。全ては王陛下のお遊びのまま……」

「お遊びって隊長。普通はそんなことしないと思いますが」

「んー。私、小さい頃は王宮によく出入りしてて、王家の子供たちとよく遊んでいたの。そして私は皆のように家庭教師じゃなく学校で育ったから、王家の子供たちや貴族の子供たちからすれば珍しくて新鮮だったのかも」

「へぇ。いい話ですね」


 上流階級(?)の事情はともかく。アヤナはこのまま20歳になって成人しそこで正式に軍隊入りを望めば、大尉待遇も約束されているとか(また王陛下のお遊びで肩書きが長くなりそうだけれども)。

 彼女が大貴族の出自だったとて、これはかなりのエリートである。


 アヤナ隊長は言った。

「ともあれフレイヤ特務少尉。今日は視察よ!」

「はっ! どこに参るのですか?」

「まずは隊員の宿舎ね! 私、ココに来たは来たけど、何も知らされてないし。と言うか部屋だって宛てがわれてないもの。もしかしたら宿舎に私の部屋があるかも?」

「え。じゃあ隊長はいつもどこでお泊まりに?」

「ビジネスホテル」

「でもこのラクスの街には、フランソワーズ家の別宅があったと思いましたが」

「別宅はあるけど。私がそこに何日も戻ったら、軍隊はどうしてるんだーって話になるじゃない? それでフランソワーズ家と王家がいがみ合うってことも、なくはないし」

「流石ですね、アヤナ隊長! 感服しました!」

「にゃはは☆」

 隊長は褒めるとかなりテレると言うのは、シスターズから聞いてフレイヤは知っていたが。しかし会話には流れというものがある。会話の中で大雑把ではなく少し相手を持ち上げるのはまあまあ普通である……のだが。アヤナ隊長は年上の人にはあまり褒められたことがないようで、なんだか子犬のように懐いてくる。

 あるいはフレイヤは特務少尉だ。アヤナのなんたら准尉よりは(一応)階級が上である。そこらへんを気遣っているのかもしれない。


 そのアヤナ隊長は元気よく拳を突き上げた。

「じゃあフレイヤ特務少尉! 視察に行くわよ!」

「はい、アヤナ隊長!」

 ここでフレイヤは、ようやく、やっと気がついた。

 皆がアヤナの敬称を『隊長』と呼んでいて、絶対に『階級』で呼ばないのは。


 単純に誰も覚えていないから(そしてワリとどうでもいいから)だ、と。


 さて。アヤナが先日赴任してきたここ魔法都市ラクスは、王都よりもかなり設備がショボかった。女性宿舎だけはラクスの街の塀の中に手配されたが、既に軍部から『家賃が高い』とクレームが入っているらしい。

 訓練場は街の外にあるスペース。しかし塀を建てる予算がないので、貧弱な柵と有刺鉄線で囲ってあるだけだ。そして無理矢理スペースを確保したため住宅地に近く、こちらも訓練の声などがうるさいと近隣住民からクレームが来ているそうだ。

 さらには訓練している若い女性隊員を性的な目で見る目的で、わりとヘンな男も数人来る。

 それにもクレームが入っているが(近隣住民からも、そして見られている当事者のシスターズからも……である)、しかしそもそもアヤナ隊にはまだ『受付窓口』がないという事実を誰も気づいていなかった。


 先に現地に入ったシスターズがどんなものか、女性宿舎を視察に行ったアヤナとフレイヤはそのだらしなさに頭を抱える。男の目がないと女は気が抜けると言うのは、女子校でなくともどこでもそういうモノらしい。

 隊員のシスターズは長々と廊下でたむろしていたり、その廊下に洗濯物を干したり、湯上がりに下着姿でウロついたり、ジャージにサンダルでお酒を買いに出たり。

 靴やスリッパは散らばっているし、部屋の中の寝具も散らばっているし、なんなら部屋の中もお酒とかツマミとかで散らばってるし。整理整頓されていないし、上官にも同僚にも挨拶が適当だし、割と時間に遅れてくる人が多いし。


 全員が、普通か下品かのギリギリのラインを攻める生き方をしているようにしか思えない。……ただ確かなことは決して上品ではないこと。

「ねえフレイヤ特務少尉。コレ、あまり精鋭部隊って気がしないんだけど」

「まあ……そうですねアヤナ隊長。結成直後だから、かもしれません。規範になる上級生もいないですし」

 多くのシスターズは若いから仕方ない部分もある。隊長のアヤナとて17歳なのだ。

 これは男の目のない女子校や女子寮でも同じで、その場合の女はかなり油断してしまうらしく、なかなか清楚や可憐ではない女性のほうが多くなる(ソトヅラはともかくとして)。


 しかしこれがアリス隊の隊員ならば。アリス・チルドレンならば。士官学校できちんとした生活を叩き込まれている。そしてもともと女性の要人警護が主任務なので大舞台でも綺麗に振る舞えるように訓練されている。

 そんな美麗花形エリート部隊の補充をここのシスターズでまかなえるだろうか。苦しいと言わざるをえないけれども。


 そもそもこのシスターズ達に志望動機は弱く、面接官と気が合っただけだったり、志望動機がわりとテキトーでも何故か熱意があったり、運動や勉学に秀でてなくてもノリとかで選抜されてしまっただけで。そりゃ士気が高い人間はいない。

 前歴だけは一応チェックしているようだが、不起訴になってたケースはどうなるかよくわからない(恐らく。誰も)。


 ぶっちゃけ、アヤナ隊長はドラフト5巡目あたりでようやく席につくことが許された程度の、僅かな人事権しかなかった。

 以前、その話を聞いたフレイヤは、

「残念ですね。凄く……歯痒いです」

 みたいなことを言ったけれども。当のアヤナ隊長は

「あら、そうなの? 私てっきり、そういうモノなのかと」

 と気にしていなかったっぽい。



 さて。

 それはともかく。

 アヤナ・シスターズは多少、気が抜けている。いつも抜けていなくともないが、時々は抜けていなくともないようだし。

 一方の本家あのアリス隊。あちらのチルドレンの皆もやはり女子寮では少し気が抜けているらしいが、それはあくまで『少し』である。上官の抜き打ち検査もあるし。


 と言うか今まさに上官が抜き打ち検査をしているのに、アヤナ・シスターズは別段悪びれもない。隊員なら本来ココで、もう少し緊張するべきだろう。

 これはもういっそ全員を懲罰隊にブチ込めばスッキリするかも、とアヤナは本気で考えたほどだ。

 果たしてここのアヤナ・シスターズで……損耗した時のアリス・チルドレンの補充要員が務まるだろうか。一応、当初はそういう理念があったのだが。

 発足し立てだからこういうものなのだろうか。

 それでもシスターズは楽しそうだ。


「アヤナたいちょー! ちわーっす!」

「ちわーっす!」

「たいちょー、なんでこんなところに来てるんスか?」

「たいちょー、部屋がまだ手配されてないって聞きました」

「へー。なら空いてる部屋に泊まっていきます?」

「毛布とかは皆から集めるんで大丈夫ですよー」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

 嬉しそうに、きゃいきゃいするシスターズ。

 フレイヤは少々顔を歪めているし、アヤナ隊長も笑顔とは裏腹に、シスターズを見て内心複雑な思いだった。

 彼女らに悪気はない。絶対にない。本当にないのだろう。しかし隊長の抜き打ち検査なのだ。悪気とかどうこうではなく、少しは後ろめたくなっても良さそうなのだが。


 と、そこで二人のシスターズが近寄ってきて敬礼した。

 一人は金髪ポニテで快活そう。もう一人は黒髪ショートだ。二人とも発足式の時にちょっと目立っていたのでアヤナも覚えていた。

「アヤナ隊長! 私アグゥ・グランドレベル二等兵ですー」

 アグゥ二等兵は何故か宿舎内でも腰に警棒を吊るしている。これも『外し忘れた』ということなのだろうか。

 隣のシスターズも敬礼し、言った。

「えっと、あぐちゃん……? あ、隊長。私はルイ・ビニール二等兵であります!」

 そんなルイ二等兵に被せるように、アグゥ二等兵はぽやーんとした顔で言う。

「隊長! 部屋がないなら、私たちの部屋に泊まります?」

 アヤナは少し虚を突かれた。

「え」

 アグゥは続ける。

「私はルイちゃんと同室なんでー」

「ちょっとあぐちゃ、ベッドが空いてない……」

「ルイちゃんは床で寝ればいいじゃないですかー」

 何気に酷いことを言う天然系の金髪ポニテだ。

 アヤナは軽く手を振った。

「いえ、部下を床で寝させるわけにはいきません」

 するとアグゥ二等兵は満面の笑みのまま言った。

「なら隊長! 隊長が床で寝ますか?」

「ちょっ、あぐちゃん! それ喧嘩売ってるよ! 下手すりゃ始末書モノ!」

「んーと。じゃあやっぱりルイちゃが床で寝る?」

「そう言う時は自分が床で寝るって言うものでしょうよ……」


 アヤナは(一応)ビシッと敬礼した。

「いいえ、ご心配には及びません。突然の抜き打ち検査で皆の邪魔をして悪かったわね。これからゆっくりするといいわ。私とフレイヤは他に行くから」


 正式な敬礼を返したのはごく僅か。他のシスターズは適当に手を振って、それでもかなりの笑顔でアヤナたちを送り出していた。

 アヤナも(一応)笑顔で手を振り返す。こんなところで信頼や好意を失うのは得策ではないと考えたからだ。そして微笑んで、綺麗な声を出す。

「では。アグゥ二等兵、ルイ二等兵。今後の活躍を期待しています」

 ルイは敬礼し、受け答えた。

「はっ。嬉しいです。私、隊長のために頑張ります!」

 アグゥも笑顔で、しかしぽやーんとした顔(コレが標準らしい)で言った。


「私も嬉しいですー。……権力者とコネができて」

「あぐちゃん! オブラート、オブラート!」

「……ビブラートじゃなかったでしたっけー?」

「いえ、オブラートで合ってる」


 アヤナは(またも一応)敬礼して、踵を返す。

 隣のフレイヤに訊ねた。

「……んーと。今のプレパラートじゃなかったっけ?」

「いえ隊長、オブラートで合ってます」


 少し歩いてシスターズの皆と距離を取ってから、アヤナは呟くように隣のフレイヤに言った。

「ねえフレイヤ特務少尉。今さら気づいたんだけど……あのコたち、少しヤバいかも?」

「お気づきになられてしまいましたか……」



 ここから『アヤナ隊』は、部隊として(まあまあ、そこそこに)作り上げられていくのだが。



 とりあえず一番最初にできたのは『受付窓口』だったらしい(それまではアヤナが直にクレームを受け、捌いていた)。



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