頑張れ、アヤナ隊長!

佐々木英治

1:アヤナ、壇上に立つ!

#アヤナ・フランソワーズ姫(17)。准尉くらい(ワケあり)。

#フレイヤ・ロンパン(38)。特務少尉。


『アリス隊』、アリス・チルドレン。250人規模の中隊。今後100人程度を増員予定。

『アヤナ隊』、アヤナ・シスターズ。アリス隊の下部組織として発足。1000人程度(あくまで書類上の予定では)

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 この国にはアヤナ隊と言う部隊がある。

 通称『シスターズ』。全員が女性で、ほとんどが若い者で構成される。

 これは強力エリートのド本命部隊『アリス・チルドレン』の、下部組織だからだ。

 ……いや外郭団体だったかもしれないが。

 そこらへんは当のアヤナ隊長も割とどうでも良いっぽい(というか知らないっぽい)ので、まあ、そういうことで。

 ともあれアヤナ・シスターズの至上任務には、『チルドレン』の損耗時にカバーすること、であった。

 ……少なくとも結成時の理念としては。


 もともと『チルドレン』は女性の要人警護の任務が多く、他の人員では対応がしにくい。なので、同じように女性だけの部隊が創設されたのだが。

 実際には急造で、最前線にいるよりは無事だろうと考えた士気の低い女性や、軍に入隊したてで一年の訓練をしただけ(注:平時ならまだしも、今は隣国との緊張時なので兵士の募集も多いし訓練校も割とユルい)の新兵を数合わせのためにまとめただけの、ちょっと残念な女性たちが集う部隊になってしまった。

 集結中のシスターズは現在のところ王都にいる本隊300人。市ラクスに200人と言ったところだが。どちらも残念な女性たちばかり。……なんかもう、多分見なくてもわかるくらい。


 何が残念かと言うと、まずは士気の低さ。なんとなく公務員試験を受けたら受かっちゃって、とか。身体は丈夫だからとか、安定収入に福利厚生も手厚い(と、軍部は宣伝している)、とか。友達が勝手に応募して……とか。

 流石に『友達が勝手に』はヤラセだろうと思われていたが、警察で調べたらなんと実話もあったらしい。ならばどうしてその当人は試験を受けに来たのかはわからないが……ともあれ、ちょっと残念な人たちであることには変わりはない。


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 フレイヤ・ロンパン(38)。女性。階級は特務少尉。兵卒から叩き上げの士官である。

 彼女はアリス・チルドレンより訓練教官の任務で出向して来た。

 まだ視察も訓練も何もしていない。それどころか自分の部屋すら知らされていない。恐らく命令系統もまだしっかりしていないのだろう。


 ともあれ。今日はアヤナ・フランソワーズ様が赴任してくる。アヤナ隊、その発足式である。


 当然のごとく予算の都合で、集結中のシスターズ約200人が一度に集まれる建物は他になく。その日の晩にシスターズは体育館に集まって整列していた。

 若い女性がざっと200人いるのはかなり壮観である。全員が制服を着ているので、パッと見のガワは美しい(中身はともかく)。

 コスト削減のために、警察官と同じに揃えられた伸縮式の警棒を腰に吊るし、腰の後ろにナイフをマウントしている。それは美しさとは裏腹に立派な武力集団にも見えた(訓練度合いとかはともかくとして)。


 いよいよアヤナ隊長がここにやってくる……! 流石に大勢のシスターズは緊張しているようだ。

 体育館の中の前方にある、高い所の教壇のようなモノ……講演台と言うらしい、にはまだ誰もいない。その横にフレイヤ特務少尉が立っているだけだ。しかし、もうすぐそこにアヤナ隊長が来る!

 少し静まったその時。

 体育館の後ろの入り口に一人の女性が現れた。その姿を見た大勢の隊員が感嘆の吐息を上げる。


 アヤナ・フランソワーズだった。弱冠17歳。フランソワーズ家の4女の姫君にして、王陛下から直々に叙勲を受けた王国騎士。軍籍もあり、レオン王国軍の准尉より上の階級。

 彼女は剣も魔法も扱え、馬術や指揮にも優れ、脳に作用する不思議な呼吸法を使い、また生命エネルギーを色々なモノに変換する技術を持ち……。聞く限りでは完全無欠のような女性。


 そして容姿。それは誰が見ても美しかった。

 長く艶のある黒髪。整っていて、透き通っているような顔立ち。落ち着いていて、歩いているだけで気品を感じ取れる雰囲気。

 スタイルもいい。胸が大きく、腰は細く。

 指揮官用に少しカスタマイズされた制服に身を包み、腰にサーベルを差している。その髪飾りや足下のハイヒールは戦闘用ではなかったが、それは美しさを際立たせ、恐らく指揮にも影響が出るだろう。

 アヤナ隊長はカツカツとヒールの音をゆっくり鳴らしながら体育館の前の方に向かって行き……


「ぴぎゃっ!」

 ……転んだ。


 静まり返っていた体育館の中で。そこで少しクスクス笑った者がいて……その小さな笑いは大勢に伝播されて行く。

 壇上のフレイヤ特務少尉が一喝した。

「笑わない! 笑った者は減俸ですよ!」

 ピタッと笑いがやんだが。まだ身体を震わせている隊員はいっぱいいた。


 しかしここで、アヤナ隊長は体術にも秀でていることが伺えた。彼女は咄嗟に柔術の『前受け身』を取り、床に直接ぶつかるのを避けておられていたからである。

 が。

 そんな最終ラインで守るより、そもそも転ばないようにしたほうがいいんじゃね? とか大勢のシスターズは思っていた。


 アヤナ隊長は美しく立ち上がり……何事も無かったように再び歩を進める。シスターズが少しザワついた。

(隊長、今のなかったことにしてるよね?)

(むしろテヘペロくらいやってくれたほうが、こっちの気が楽なのに)

(軍人のお姫様って聞いて、ちょっと身構えてたんだけど……少しポンコツっぽい感じ)

(ちょっとカワイイかも)


 アヤナ隊長は平然と歩を進め、体育館の壇上に上がって中央の教壇のような位置に立った。

 凜とした声で話し出す。

「皆! よく集まってくれたわ! 我らは国王陛下直轄のアリス隊の……その下部組織のアヤナ隊よ! 今日ここにラクス支部の発足式を行うわ! 我らシスターズはまだ定員は空いているけど、今後は増強が……」

 そんなことをアヤナ隊長が言っていた時だった。

 体育館の横から伝令の女性が飛び込んできた。


「アヤナ隊長!」

「どうしたの? 発足式の途中よ!」

「半裸の荒くれたガタイのいい男たち数人が、酒を飲みながら、基地の敷地内に侵入しようとしてます!」

 シスターズがざわついた。アヤナは咳払いをしてから、凜とした声で命令を出す。

「では建造物侵入罪で処分します!」

「処分、ってなんですか? 逮捕でいいのでは?」

「いいえ、私たちには逮捕権はないの。逮捕していいのは警察と同行している場合か、現行犯の場合のみ。そうでない場合の『処分』って言うのはちょっとアレ的な……!」

「……た、隊長! じゃ、今は現行犯でいいんじゃないスかね?」


 アヤナは小首を傾げた。

「あ、そっか。じゃ各員、荒くれ男どもの逮捕を! 建造物侵入罪よ!」

「え。でもまだ敷地に侵入されてはいないんです……」

「じゃあ他の名目でしょっぴきなさい! 公務執行妨害!」

「しかし誰も出動していないので誰も妨害されてませんし、そもそもまだアヤナ・シスターズは書類上は発足前なので、誰も公務に就いてません」

「それなら凶器準備集合」

「準備されているのは酒くらい、だそうです!」

「迷惑防止条例! 騒音の!」

「近くの酒場のほうがうるさいですよ」

「じゃあ、わいせつ物陳列罪!」

「まあ確かに『半裸』なんですが……酔って暑くなって上着を脱いだだけ、らしく」


「ぐぬぬ……」


 再びシスターズがザワついた。

(「ぐぬぬ」って言う人、実在したんだ……!)

(やっぱり少しポンコツかも)

(そこらへんがカワイイかな)


 アヤナ隊長は机をトントンと叩く。

「仕方がないわ! 隊員のうち一名、下着姿になって対象を誘惑し男どもを敷地内へおびき出すの! 残った大勢で取り押さえるから!」

 隊長は一人を生け贄にするつもりだ……。

「さあ、誰か志願する者は!?」

 ……。

 ……。

 誰も手を上げなかった。そりゃそうだ。士官学校を出て特殊な訓練をしている精鋭のアリス・チルドレンたちの士気ならともかく。ここはアヤナ・シスターズ。残念な人の集まりである。


 ……しかしあんな発想が出るあたり、きっとアヤナ隊長も残念な人なのだろう。


 そこでおずおずと一人の隊員が手を上げた。黒髪ショートで制服の着こなしも良い。彼女の挙手に、周囲にどよめきが起こる。

 フレイヤ特務少尉は言った。

「貴官の所属と姓名は!?」

「はっ! アヤナ隊所属、ルイ・ビニール二等兵であります! アヤナ隊長に質問があります!」

 アヤナ隊長は肯いた。

「発言を許可します」

「はっ。アヤナ隊長。誰かが脱いで下着姿になるのは置いといて……その場合の手当てはいかほど?」


「え?」


 そんなアヤナの顔に対し、フレイヤ特務少尉はうっかり、しかしまあまあ響く声で言ってしまった。

「えーと、アヤナ隊長。ここのアヤナ・シスターズは書類上まだ発足していないので、手当ても全く出ないかと……」


「……」

「……」


 アヤナはポツンと言った。

「……。……。待って。そもそも発足してないなら、私たち何もしないでよくない?」

「そうも思いましたが現場判断と言われまして。アヤナ隊長ならきっとなんとかできるかと……!」

「ぁう」

 

アヤナ隊長は目をつぶると、天井を見て軽く叫んだ。その瞳から涙が溢れ、頬を伝う。

「ごめんなさいみんな! ……私が政治的にうまく立ち回れたなら、もっとお給料を出してあげられたのに!」

 よくわからないがやたら綺麗な声と姿のアヤナだった。

 約半数、そのあまりの美しさと悲哀さにアヤナ隊長に感服する者。

 その他『でもアレ嘘泣きっぽいよね』と思っている者。

 そして『いやいやアヤナ隊長。今あなた水差しから水分とって目に入れましたよね?』と思う者。

 最後のグループがごく少数だったという事実が、いかにこのアヤナ・シスターズが残念な人たちで構成されているかがわかるだろう。


 アヤナは拳を突き上げた。

「誰もいないなら……! じゃあ下着作戦、私が行くわ!」

 フレイヤ特務少尉は狼狽える。

「あ、アヤナ隊長!?」


「私、今日は勝負パンツ履いてるし大丈夫だと思う!」


 シスターズの多くは『なんか可哀想になってきた』と後に語る。

 フレイヤ特務少尉はアヤナの行く手を阻む。

「ダメです! フランソワーズ家のご息女、しかも王国騎士の叙勲を受けているアヤナ様にそんなことをさせたら、我ら全員クビになります! 職に就く前に!」

「……みんなに失業保険は出せるよう頑張ってみるから!」

「って解散させる気満々じゃないですか!?」


 ルイ・ビニール二等兵がまたも手を上げた。

「今思ったんですけど、アヤナ隊長」

「何?」

「隊長が脱いだら……多分その時点で『わいせつ物陳列罪』になるんじゃないですかね? すると全員で隊長を取り押さえなくちゃいけなくなって……」

 おぉ、と隊員がどよめいた。残念な人の中にもまあまあな人材もいるのだ


 アヤナはポツッと呟いた。それは体育館によく響く。

「……。おうち帰りたい……」

 その場にいた全員、その気持ちはよくわかっていた。だってみんな同じ気持ちだったから。


 アヤナ隊長はしばらくうずくまってから立ち上がると、その拳をグッと握って笑顔で言った。

「この話、聞かなかったことにしよう!!」

 だぁぁあぁ……と、隊員全員が頭を抱えた。

 この人はこんな大勢の前で揉み消そうとしているのだ。

 せめて、こっそりやって欲しかった……。


---


 とて、とてっ。体育館の後ろから、若い女性が入ってきた。金髪ポニテで、活発そうな姿。だが雰囲気は穏やかな感じだった。制服は整列している他のシスターズと同じだが警棒は持っていない。忘れてきたようだ。

「うわー、遅れてすいませんー!」

 フレイヤ特務少尉の声が響いた。

「誰だ!? 所属と姓名を」

「はひっ! アグゥ・グランドレベル二等兵であります! アリス中隊傘下アヤナ隊、通称アヤナ・シスターズの一員でありますー! 遅れてすいませんー」

「そうか。列に並べ。まあ発足前に解散されるかもしれないが……」

「はーい。……え? 解散!?」

「まあ色々あってな……。そう言えばアグゥ二等兵、遅れた理由は?」


 アグゥ二等兵は敬礼をした。

「はい! なんだか基地の入り口に、半裸でガタイのいい男たちがいたので声をかけましたー」

 その言葉にアヤナ隊長は驚いている。

「なっ! アグゥ二等兵! 貴方はまさかパンチラを……!」

「……はい?」

 フレイヤ特務少尉は手を振る。

「いや、アグゥ二等兵。隊長はああ見えてアレなので、あまり深く考えなくてよろしい」

 しかし周囲のアヤナ・シスターズたちもアレな人たちである。ざわつき始めた。

「アグゥちゃん! パンチラじゃないって、貴方まさかパンモロを……!」

「パンモロはやばいっしょ。捕まえる?」

「どっちを? 男たちを? アヤナ隊長を?」

「両方でいいんじゃない?」


 騒ぎ出すシスターズをアヤナが静まらせてから言う。

「それでアグゥ二等兵。男どもはどうなったの!?」

「はっ! 解散させましたが……まずかったでしょうかー?」

「え? どうやって……!?」

「いえ普通に。ここから先は私有地だから立ち入らないでくださーい、って」

 まあ、私有地ではなく国有地であるのだが。

「男どもは屈強と聞いたけれど……?」

「屈強でしたが暴力は何もしてませんでしたしー。お酒飲んで暑くなって上着脱いだだけで半裸でしたけど、別に武器持ってるわけじゃなかったですしー」

「え、そうなの!? じゃあ男どもの目的はなんだったの!? それを聞いて上に報告しなきゃなんないし!」

「えーと。綺麗な女の人を見たから、また近くを通らないかと基地内を見ていたそうですー」

「綺麗な女の人……?」


「はい。20歳ぐらいでー、凜としていて艶のある黒髪ロングでー。顔立ちもいいし胸もお尻もいい感じでー、腰は細くてー。特別製のサーベルを着け制服も他の人と違うって言ってましたー!」


 一瞬の後。全ての隊員がゆっくりとアヤナのほうをに視線を向ける。

「え!? 私!? 私なの!? 私のことなの!?」

 アグゥ二等兵はぽやーんとした表情で答えた。

「はい! 少々わいせつって言ってましたし!」

「わいせつ!?」


 皆から少し笑い声が起こり、段々と和やかになっていくその空間。

 結果的に今後シスターズは結束し、皆が仲良くなるのだけれども。


 そんな幸せで温かい空間で、アグゥ・グランドレベル二等兵は嬉しくなって、満面の笑顔で隣の隊員に笑いかけた。

「少々わいせつって、きっとアヤナ隊長を褒めてるんでしょうねー!」

「違うと思う」



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