7:ならば今すぐアヤナに叡智を授けてみせろ!

「いい天気ねー」

「ですねー」

 のんびり、ぽかぽかの日。

 いつものように基地内ではアヤナ隊長が指揮を執って訓練……していたのだが。その日はあまりに良い陽気で、アヤナも他のシスターズも訓練場で適当に座ったり寝そべったりしていた。

 皆『誰からも怒られないし』と息を抜いていた。と言うかアヤナ隊長が最初に息を抜き始めたので、なあなあになったと言える。

 陽だまりの中。

 ぽかぽかの日。

 ふんわりした風が気持ちよい。


 アヤナ隊長と。その横にアグゥ・グランドレベル二等兵。ルイ・ビニール二等兵。そしてコジ・イツカ兵長 (巡査長)が座っていた。みんなのんびり。

 他のシスターズたちも、訓練 (っぽいの)をしている人はもう誰もいない。

 何せ (一応)若い女性たちだ。色々と談笑で華やいでいる。

 ……既に酒を飲んでツマミを食べてるシスターズも多かったが。

 唯一、現実的(常識的)な考えをしているのはフレイヤ・ロンパン特務少尉だけ。

『まだ一応は公務中で、給料が発生しているんだけどコレでいいのだろうか……?』

 と彼女は思っていたが、肝心のアヤナ隊長が既に休憩モードだ。と言うより差し入れの酒を一杯やって上機嫌で楽しそうにしている。

 フレイヤがあまり強く言えないのは公務員の性分であった(フレイヤのほうがかなり年上、かつ階級も高いのだけれど。隊長を敵に回したくはないし)。


 そんなのんびりした基地の敷地内に、外から声がかかった。

「ちわーっす。郵便でーす」

 あぐが立ち上がり。とてとてっ、と、そちらへ向かっていく。

「ちわーっす」

「どもーっす。ここにサインをお願いしまーっす」

「ちょりーっす」

「あざーっす」


 アヤナ隊長が小声でルイに囁く。

「ねえルイ二等兵。あの子、普段からあんな感じなの……?」

「私も詳しくはないんですが、あぐちゃは割と順応が早いらしく……」

 あぐが郵便屋から受け取ったのは、宝箱だった。

 あぐ以外のその場の全員が

(やべー、嫌な予感がする……!)

 とか思ったが、アヤナ隊長は立場上逃げるわけにはいかない。となるとフレイヤもだし、ルイもだし、コジもだし、当然他のシスターズもだ。

 あぐだけは鼻歌を歌いながら(『るんたったー』、らしい)、アヤナ隊長の前にその宝箱を置いた。(いつもの)にこにこの笑顔で言う。

「たいちょー。コレ開けてくださいー」

「え!? いきなり私なの!? もし罠とかあって爆発とかしたら……!」

「大丈夫ですー。もしそうなった時は、アヤナ隊長一人の犠牲ですみますー」

 ルイ、コジ、フレイヤだけでなく。他のシスターズも総動員でアグゥ・グランドレベルの口やら顔やら身体やらを押さえ込んでいる。ルイは軽く叫んだ。

「た、隊長! あぐちゃはちょっと、ちょっとアレなだけなので……!」

 アヤナ隊長も肯く。

「大丈夫よルイ二等兵。心配しないで」

「よ、良かった……!」

「……その子はもともとそんな感じだと知ってるから。査定が厳しくなるだけなんで」

 ごめんよ、あぐちゃ。いくら親友とは言え守りきれなかった……とか思っているルイだった。

 ともあれ。敷地内に置かれた宝箱。前はあぐが開けようとしたので他のシスターズは距離を取って空間ができたものだが。今回は違った。コジ兵長(彼女は警察から出向の巡査長)がいるのだ。彼女の任務の一つに装備などの鑑定や評価などがある。

 そう、彼女は(童顔と年齢と大人しめの性格と巨乳の割りに)この分野に詳しい。既に上級レベルだとのことだ。

 そんな彼女がなんでこんなアヤナ・シスターズのような吹きだまりに出向させられているか。皆、興味があって一度聞いたことがあった。

 以下、コジ・イツカ巡査長の言葉である。

『私、ちょっとぽやーんとしてますし。ランニングとか苦手でしたから。基礎体力はともかく胸が大きいんでスポーツブラでガチガチにしても速く走れなくて……』

 何気なく言及したその胸の大きさに、ほぼ全てのシスターズが敵に回った模様。


 アヤナ隊長は言う。

「ではコジ兵長、鑑定をお願いするわ」

「はい隊長。……あれ? この宝箱、差出人が『付与研のロウ』って書いてあります」

 皆がちょっとザワついたが……そもそも郵便(しかも普通便扱い)で装備を郵送してくるのは彼女くらいではなかろうか。

 皆、なんとなく気づいていた。気づいていたが……言いたくなかっただけである。

 ルイはアヤナ隊長に声をかけた。

「隊長。ロウさんからの贈り物だと、また音声ガイダンスがついてるかもしれませんね」

「そうね……。ま、ちょっと気持ちを強く持ってればあんなの驚きもしないわ」


 うんしょ、うんしょ、と。コジ・イツカ兵長は宝箱の罠をチェックして……汗を拭った。

「大丈夫です。罠はありません」

 と言うか、もし罠アリのモノを通常郵便で送ってたら大問題になりそうだが。

「じゃあコジ兵長。宝箱を開けてみて……」

 その時あぐがぴょんぴょんした。

「あやなたいちょー」

「何?」

「その宝箱を開けてみてくださいー」

 コイツ正気か!? とか皆は思ったが。やはり巻き込まれるのを恐れて誰も口に出さない。フレイヤとルイだけは、アヤナ隊長に加勢するのもやむなしと身構えていたが……アヤナは言った。

「コジ兵長」

「はい?」

「私が開けるわ。貴方の見立てでは、コレには罠がないってことよね」

「そ、そうですけど……しかしちょっと危険では」

 フレイヤ特務少尉も言葉を荒げる。

「そうですよ隊長! 隊長に万が一のことがあったら……」

 だがアヤナは軽く首を振る。

「大丈夫。私はコジ兵長……いえ部下の腕を信じるわ」


「「「た、隊長……っ!」」」


 なんだかやたら感動しているシスターズたちである。

 チョロい。

 アヤナは宝箱に近寄り、そっと手をかけた。

「みんな、音声ガイダンスには注意してね。……じゃあ開けるわよ。南無三っ!」

「「(南無三って、流行ってるのかなぁ)」」


 アヤナはカパッと宝箱のフタを開けた。

 罠はなかった。

 それどころか、音声ガイダンスもなかった。


 ルイは恐る恐る宝箱のフタを閉めた。が、それでも喋らない。

 再び開けても、何も喋らない。


 アヤナ隊長は驚愕している。

「ぅお。……むしろ喋らないほうが驚きだわ」

 フレイヤも肯いている。

「ロウさんの場合、何かと喋る(音声ガイダンス)がついてますものね」


 宝箱の中を見ると……一本の剣が入っていた。

「またですね……」

 ルイはそう呟いたが、今回は形状も『剣』に見える。そして手紙も添えられていた。

 コジ兵長はその剣(?)を手に取って言う。

「『不確定名』は『SWORD』ですが……鑑定の前にこっちの手紙を読んでみては?」

 宛先が『アヤナ様』となっていたからだ。アヤナは肯いてその手紙を手に取ると封を開けて中を読んだ。ジャンの筆跡である。

 皆に聞こえるように朗読した。


『親愛なるアヤナへ。付与研のジャンです。アヤナ様の魔剣は『対・悪魔』に無類の強さを発揮するのは承知しております。ただあのサーベルは市街戦・屋内戦では取り回しが難しい上に、普段使いの装備としては重い。また一般の人間を相手にする場合はオーバーキルです。「強すぎる」のが問題と伺っておりました』

 アヤナは、おぉ、と期待の声を上げた。そして手紙の先を続ける。

『そのため少々特殊な剣を基本設計しました。この剣に微弱な魔力を流し込むと刀身に魔力が絡んで、剣と対象の接触面が大きくなります。そのため意図せず「斬り裂きすぎる」ことがなくなります。言わば峰打ち専用の剣となります。またショートソード程度の長さのため取り回しも良く、普段の装備でも重くはなく、屋内戦や居合い術でも便利なはずです。まだこれも試作段階なので、またフィードバックをお願いしたいです。尚、この剣は差し上げます。後はロウが仕上げてくれるはずです。では幸運を! 付与研のジャンより』


 アヤナはグッと拳を握った。

「やったあ! ジャンの特製よ! これは期待できるわ!」

 ルイは呟いた。

「んー。確かこんな感じ……前もあった気がしますけど」

 フレイヤ特務少尉が呟くように言う。

「ジャンさんの腕やアイデアは疑いようがありませんが……問題はロウさんのほうですね」

 コジも肯く。

「彼女が仕上げたという時点で、不安しかしません……」

 周囲のシスターズはザワついているが、一方のあぐは、いつものにこにこ笑顔のままだ。


 アヤナはもう一通の手紙の封を切った。今度はロウの文字。

『アヤナ様、付与研のロウです。ジャン先輩の基礎設計をもとに、私が剣に色々な機能を盛り込み仕上げました。タウリン1000mg配合(うち半分は優しさでできています)。ベルマーク搭載。OSはMEを搭載。マイナスイオン発生装置。アタッチメント装着で髙枝切りバサミ(すっごい便利ですよ!)に転用も可能』

 フレイヤ特務少尉は小さな声で呟いた。

「なんだかまた、既にダメなヤツの気がします」

 そしてアヤナは続きを読む。

『但し今回は、泣く泣く音声ガイダンス機能をオミットしております。そのおかげで剣のキャパシティは十分に確保され、拡張性と堅牢性、信頼性、安定性などが格段に向上しているはずです。刀身には軽量化加工が施されていますが、高質化加工も施され、それなのに多少のぶつかり合いなら歪んだりたわんだりして衝撃を分散し……要するに折れにくいです』

 他のシスターズはぶっ飛んだ。

「コレ、真面目な剣じゃね!?」

「聞くだけで凄い剣よ!?」

「こんな凄いのがウチに支給されるの!?」

「うぇーい!」

「うぇーい!」


 だが続けてのアヤナの言葉に、皆少しテンションが下がった。

『ちなみにこれらは全てジャンさんの発案です。私は刀身をタングステン製にしたかったのですが、部の予算と納期の問題でできませんでした。残念でなりません』

 コジが言う。

「やっぱりロウさんらしい……ですね」


 アヤナが肯いてから、続きを読む。

『またこの剣は。人の言葉を理解し、自分で考えることができる「インテリジェンスソード」です。巷ではなかなか人気があるらしいです」

 ルイはほぉーっとため息をついた。

「インテリジェンスソードですって、凄いですね!」

 あぐもコクコク肯いている。

「『Hey hip』とか呼びかけてー、時間を教えてもらったりー、タイマーになったりー、通販を頼んだりできるんですねー」

 アヤナ隊長はぶんぶん手を振った。

「いやいやいや。貴重なインテリジェンスソードにそんな緩いことさせないでよ。『Hey hip、この場を切り抜けられる確率は?』『80%程度かと』『なら俺とお前が力を合わせれば?』『70%にはなるでしょう!』みたいなかっこいいやり取りができるじゃん!」

 コジ兵長はぼんやり(力を合わせると確率少し下がってるような)とか思ったが、言わないでおいた。彼女はこの吹きだまりでは珍しく常識人なので。


 フレイヤ特務少尉は嬉しそうに、アヤナ隊長を見た。

「しかし隊長。今度はその剣、使い物になりそうですね。手紙の続きは?」

「うん。ちょっと待ってね。えぇと……」


『音声ガイダンス機能の撤廃により、今回は音声出力を完全にオミットさせた剣となります。なのでこの剣は。インテリジェンスソードであり、人の言葉を理解し、自分で考えることはできますが……決して喋ることはできません』

「え」

『熱や振動、風や湿度、二酸化酸素。光。その他もろもろの手段でも……その剣は外部への出力が一切できません。これは「仕様」です』

「……」

『対応している専用メディアを使うことで安定性を犠牲にする代わりに拡張性は増しますが、そこでもやはり外部出力はできません。でも剣本体は、ちゃんと色々思っているので、使い手が「察して」あげる必要があります』


「……あのさフレイヤ」

「は、はいアヤナ隊長!」

「これ、インテリジェンスの意味、なくない!?」

「私に言われても……」

 コジ兵長がおずおずと手を挙げる。

「アヤナ隊長。余白に書いてありましたがこの剣、IQ120,偏差値70、内申点は特上らしいです……」

「外部出力ができない、っつってんのに、何なのよその設定!」

 アヤナはぶつぶつ言いながらも、手紙の続きを読んだ。もともとがジャンの設計の有用な武器なのだ。ロウが仕上げたとは言え、有用な武器に違いあるまい。


『アヤナ様。このショートソード級の剣は「魔剣エクスカリバー・MK-Ⅱツヴァイ-2ndエディション弐型乙式Duo Ver2.0 Hail 2 U」と命名してあります。エクちゃんと読んで可愛がってあげてくださいね』

「『エクちゃん』か…….なんかいっぱい『2』が出てきたような気がするけど」

 ルイが片手を叩く。

「そっか。人の言葉を理解するインテリジェンスソード(但し外部出力はできない)だから、この剣は可愛がってあげると喜ぶかもしれません」

 アヤナ隊長は少々浮かない顔だ。

「んー。剣を喜ばせてどうすんの、って感じだけど。外部出力できないらしいし」


 そこで突然あぐが声を出した。裏声である。

「『アヤナたいちょ! 私、エクちゃんは痛いです! 痛いの! でも私、アヤナ隊長のために頑張ります! どんどん攻撃を続けて、敵をぶっ叩き続けてください! 私は痛くても我慢しますから!』


 アヤナ隊長はボソッと呟く。

「まあ確かに……。なまじインテリジェンスだと、連撃で剣を叩きつけるのもかなり抵抗があるわね……」


 そこでコジが言った。

「えぇとそれで隊長。手紙には、この剣は『専用剣』にしたほうが効果的と書いてありますね。ではアヤナ隊長……エクちゃんを」

「え!? やっぱり私なの!?」

「はい。そりゃそうですよ。さ」

「むー……」

 コジ兵長は、エクちゃん(魔剣エクスカリバー・MK-Ⅱツヴァイ-2ndエディション弐型乙式Duo Ver2.0 Hail 2 U)をアヤナに渡す時。その鞘の部分に刻まれている文様に手が触れた。

「ん!?」

 コジはそのまま剣を抜き、柄と鍔元に刻まれている術式を見て……

「これ。こんな術式のOSで動かそうとしているんですか!?」

 コジの言葉に、あぐが声を上げる。

「コジしゃ。どういうことですかー?」

「あぐちゃ。数打ちの量産品やサタデーナイトの粗悪品ならまだしもですよ。ジャンさんが基礎設計した名剣を、安定してドライブさせて運用させるのには……このレベルのOS(Me)ではちょっと無理かと」

 それを聞いたフレイヤが呟いた言葉には、何故か真実味があった。


「ひょっとしてロウさんって、色々とそういうことは苦手なのでは?」


 あぁ……とシスターズから納得のため息が漏れる。

 アヤナは場を沈ませながら、コジ兵長からエクちゃんを受け取った。鞘から剣を引き抜く。それはぼんやりと美しい光を放ってはいたが……

「うーん。やっぱりこれ不安定かも。コジ・イツカ兵長はこういう調整はできないのかしら?」

「できなくはないですが、調整や構築は本職ではないのであまり訓練は受けていません。それにこう言った逸品の調整をやるのは経験が少なく……」

「そう……。じゃあ他に、こういう調整が得意な人は?」

 アヤナは周囲のシスターズを見回す。そもそもやっぱり、そんな特殊技能があればシスターズなんて吹きだまりにいないだろうなぁ……と思われた矢先。ルイ・ビニールが手を挙げた。

「アヤナ隊長! 僭越ながら私にやらせていただきたく!」

「あらルイ二等兵。アナタこういうことが得意なのかしら?」

「大丈夫です。こういうのは基礎を押さえておけばなんとかなります!」

「基礎って……」

「叩けば治るとか」

 ルイはシスターズの中では割と優秀な人のはずだが、まあ所詮はシスターズであることには変わりはない。


 ともあれ。ルイ・ビニールはアヤナからエクちゃん(魔剣エクスカリバー・MK-Ⅱツヴァイ-2ndエディション弐型乙式Duo Ver2.0 Hail 2 U)を受け取って、文様と術式を見て……叫んだ。


「無茶苦茶です! こんなOS (?)で、これだけの武器を動かそうなんて!」


 ルイの言葉に。コジとあぐが呟くように言う。

「ルイちゃ……? どうしたの……?」

「ルイちゃ。言いたいことはわかりますー」


 ルイはノリノリで叫びながら、色々と調整を始める。

「キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定……、チッ!」

 何だか凄いことやってるんだろうなぁ、くらいの感じで周囲のシスターズは注目している。


 そしてルイは剣の鞘をぶっ叩いてから、思い切り叫んだ。

「なら再起動!」


 アヤナはこっそりコジ兵長に囁いた。

「ねえ。あの子。あきらめと再起動、早すぎないかしら」

「でもまあ……再起動は万能ですし」


 再起動が良かったのか。テキトーに叩いたのが良かったのか。


 エクちゃんは見事に起動(?)し、嬉しそうに(?)喜んだ(?)らしい。

 エクちゃんの性格は優しく(?)それでいて芯があり(?)わりとテキトーなところもある(?)らしい。

 そんなエクちゃんの好みのタイプ(?)は実直な男性(?)で、そして心の傷(?)は、クラスの男子にアルトリコーダーをしゃぶられた(?)ことのようだった。



 ……疑問形がむちゃくちゃ多いのは、あぐが勝手に設定をつけているだけなので。



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