第181話 すみません先輩、俺には高度すぎてわかりません……

 ブレアと共に部屋を出たルークは、うーんと考え込む。

 ブレアに母親の話をするな、と言われてしまったが、何故だろう。


 単純に考えれば、母親に会わせる気がないからだろうが……だからと言って、あそこまで念を押すだろうか。


「ルーク、どうしたの?」


 むむむと唸っているルークをブレアが心配そうに見上げてくる。

 優しい、なんて思いながらルークは安心させるように笑顔を浮かべた。


「大丈夫です!えーと、リアム先生のしご――勉強が終わるまで遊んで待つ……んでしたっけ?」


「そーだよ。なんでカタコトなの?」


 面白いねーなんてブレアはからからと笑う。

 子供らしい無邪気な笑みに、ルークは「ぎゃわいい!」と顔を抑えた。


大丈夫だいじょーぶ?」


「大丈夫です、すみません。先輩は何して遊びたいですか?」


「うーん、遊び……?」


 早口で答えたルークは勝手に緩む表情を引き締める。

 指を顎に添えて考えるブレアの仕草は、普段と全く変わっていない。

 この頃からブレアはブレアなんだな、と思うとまた表情が緩んでしまった。


「……うーん、僕がしたこと、ルークは楽しくないかも。」


 考えた末、ブレアは哀しそうな顔を浮かべた。

 その表情に胸が痛くなったルークは大きな声で答える。


「全くそんなことありません!先輩と一緒なら何でも楽しいですよ!」


「そうなの?じゃあ、えっと……。」


 目を丸くしたブレアは、恥ずかしそうに俯く。

 きゅっと両手で髪を掴むと小さく口を動かした。


「……僕、魔法教えてほしい……。」


「すみません、それは無理なんですっ!!」


 大口を叩いたルークだったが、すぐに勢いよく頭を下げた。

 何でも楽しい、とは言ったものの、何でもできるわけではない。


「ダメなの……?」


「あ゛あ゛あ゛、心が痛いです!」


 しゅんとブレアの表情が曇り、ルークは勝手にダメージを受けている。

 自分が魔法が得意であれば。と常々思っているが。今日ほど強く思ったのは初めてかもしれない。


「残念ながら、俺はあまり魔法が得意じゃなくてですね……。しかも今は魔力がほぼない状態なので、先輩に魔法を教えることはできないのです。」


「えぇー、残念。みんながリアムくらい上手なわけじゃないんだね。」


「ぐわっ、刺さります……。」


 まだ子供だからルークでも教えられるかもしれない……と思わなくもないが無理だろう。

 ブレアは部屋を出る前、ベッドに置きっぱなしだった魔導書を涼しい顔で読んでいたのだ。

 あの様子を見るにルークができるような魔法は一通りできてしまうはずだ。


「代わりに一緒に魔導書を読むのはどうですか?先輩の読めない漢字や知らない言葉は俺が教えますよ!多分。」


「……!いいね!お部屋で読んだやつの続き読みたい!」


 ルークがダメ元で提案すると、ブレアはすぐに調子を戻してくれた。

 図書室は人の目に付くだろうし、部屋で完結するならありがたい。

 リアムから借りたのであろう物が3冊ほど貯め込んであったため、ブレアが暇することもなさそうだ。


「よかったです……。じゃあ、部屋に戻りましょうか。」


「うん!」


 元気よく返事をしたブレアが、するりと自然にルークの手を握る。

 え゛っ!と悲鳴のような声を上げたルークは、飛び退くわけにもいかずに硬直した。


「ど、どうしたんですか?」


「慣れない場所は、危ないから手繋ぐの。リアムもお母さんも言ってたよ!」


「可愛いがすぎる……!」


 子供らしい物言いも、少し温かい小さな手も可愛らしい。

 ブレアに触れられることなど滅多にないし、あっても手はひんやりとしていたため新鮮だ。


「ルーク、早くいこ!」


 いちいち名前を呼んでくれるのも可愛い。

 ルークがゆっくりと歩き出すと、ちょこちょこと着いてくるブレアは、楽しそうに周りを見回した。


「学校って、魔法の勉強もするんだよね?」


「はい。語学とかもありますけど、魔法の授業が多いです。」


 ルークが答えると、ブレアはぱぁっと顔を輝かせる。


「いいなぁ!僕も魔法習いたーい!リアムがね、最初は基礎魔法からだけど、今度難しい魔法もするって言ってたんだ。――とか、――もする?」


「え、何て……すみません先輩、俺には高度すぎてわかりません……。」


 可愛らしい顔から聞いたことない単語が飛び出してきた。

 好奇に目を輝かせるブレアだが、ルークでは話し相手にはならなそうだ。


「うーん、多分魔導書に載ってるから、お部屋戻ったら教えてあげる!」


「すみません、ありがとうございます。」


 ロリに教わる男子高校生、かっこ悪い。とルークは密かに落ち込んでいる。

 ソフィの相手をよくしていたし、子供の相手は得意だと思っていたが……ブレアの相手は子供でも難しいかもしれない。


「そんなところも好きです……!」


「ん、ありがと?僕もルーク好きだよ!」


 心の声が漏れてしまったと思えば、すらすらと返事が返って来た。

 あまりの可愛さにルークは緩んだ顔を隠す。


「愛してます、結婚……は無理でも付き合ってしてください。」


「それは嫌ー。」


「なんでですか!?」


 結婚は断られてしまったから、少しハードルを下げたというのに却下されてしまった。

 好きだと言うから脈アリだと思ったのにそうではないのか。


「付き合うだけならお母さんと一緒にいれますよ?いや結婚でも全然お母さんといてくれてもいいんですけど!」


 つい母の名前を出してしまい、ルークは慌てて口を噤む。

 ブレアは何も気にしていないようで、小さく首を振った。


「そうじゃなくて、ルークは僕のこと知らないからそんなこと言えるんだよ。」


「そんなこ――どういうことですか?」


 咄嗟に大きな声で否定しようとしたルークだが、落ち着いて聞き直す。

 寂しそうに冷えた目を見ていると、すぐに否定するのはよくない気がした。


「ルーク、あのね。僕――。」


 迷うようにゆっくりと言ったブレアは、決心したようにふっと息を吐いた。

 ふわりと魔力の粒子が舞い、ブレアの姿がぼやける。

 握っていたはずの手がふっと形を失って――戻ったと思えば、ほんの少しだけ小さくなった。

 胸辺りまで伸びていた髪が短くなり、一瞬で服装も変わっている。


「――僕、男の子にもなれるんだ……。」


 不安そうな暗い顔をして、ブレアは恐る恐る秘密を打ち明ける。

 それなら好きじゃない、なんて言われると思ったのだろうか。

 怯えるような目でルークの様子を伺うが……ルークの顔に失望の色はなく、むしろ見開いた目をキラキラと輝かせていた。


「ショタバージョン先輩、可愛すぎませんか……!?」


「え……?」


 息を呑んだルークの言葉に、ブレアは困ったように眉を寄せた。

 ルークは足を止めると、ブレアの前にしゃがんだ。


「女子って言われても通る可愛さですよ。顔綺麗ですね……。この頃はこっちの方が背小さかったんですね、萌えます。」


「嫌じゃないの……?」


 デレデレと緩んだ顔で見てくるルークに、ブレアは戸惑ったように聞く。

 絶対に嫌がられると思った。気味が悪いと思われると思った。

 なのにルークはむしろ喜んでいるようだ。


「全っっっく嫌じゃないです。むしろ何が嫌なんですか?どっちの先輩も素敵ですよ!」


 真剣な顔のルークに言われ、アメシストの目が丸くなる。

 柔らかそうな頬を赤く染めると、照れたように俯いた。


「……ぇと……ありがと。」


 戸惑い気味な小さな声がきゅんときたようで、ルークは勢いよく顔を背けた。


「先輩――これ以上俺の性癖開拓するのやめてもらえませんか!?」


「え、ごめん。」


 言ってる意味もわからないまま、ブレアは困ったように謝った。

 どうやらルークはロリだけでなく、ショタにも目覚めたらしい。

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