第180話 ぐっ、先輩その顔可愛い……!

 残念ながら抱擁を解いてしまったブレアだが、ルークの周りをちょこちょこと動き回っている。

 物珍しいのか好機に満ちた目を向けられ、なんとなく擽ったい。


「ルーク、大丈夫だいじょーぶ?」


「大丈夫です、ギリ耐えました……。」


「何を耐えてるんですか。」


 ぎゅっと心臓の辺りを掴んでいるルークに、リアムは呆れたように冷ややかな目を向けている。


「あまりの可愛さに心臓が爆散しそうなんですよ……!あと抱き締めたい衝動を抑えてます。」


「ブレア、そのお兄さん危ないので離れましょうか。」


 優しい声色で言ったリアムは、そっとブレアの肩を掴んで下がらせた。

 ブレアはしゃがみ込んだルークを心配そうに見て、「大丈夫だいじょーぶだよ。」と返す。


「ルークはいいの。心配してくれてありがと。」


 にこっと笑っているブレアは嘘を言っているようには見えない。


「珍しいですね。」


「何がですか?」


 驚いたように少し目を丸くするリアムに、ルークはすかさず問いかける。

 何が珍しいのか、などと思っていると、リアム不思議そうにルークを見た。


「今よりは素直だったんですが、この頃から――、……人見知りが激しかったんですよ。」


「そんな感じしませんでしたよ?最初は怖がられましたが、すぐ普通に話してくれるようになりました!」


 ブレアからすれば、突然知らない場所に連れて来られた気分だったのだろうか。

 不安そうに横の髪をきゅっと握っていて、怯えたような目をしていた気がする。

 けれどルークがブレアの可愛さに悶えているうちに、いつの間にか普通に接してくれるようになっていた。


「ブレア、ディアスさんは平気なんですね?無理していませんか?」


「してないよ。ルークは僕のこと好きだから、嬉しいの!」


 照れたようにはにかんだブレアが、ね?とルークに同意を求める。

 ようやく姿勢を持ち直したルークは、真剣な顔でブレアの前に膝をついた。


「はい、俺は誰よりも先輩のことが好きです。愛してます。だから大人になったら結婚し――」


「ブレアに可笑しなことを言わないでください」


 眉を寄せたリアムがルークから遠ざけるようにブレアを抱き寄せた。

 きょとんとしているブレアだが、少し危機感を持った方がいいかもしれない。


「真面目に言ってるんですよ!?真剣にお付き合いしてるんです!先輩、一生幸せにします。結婚してください。」


「うーん、結婚はしないかも?」


 当然のようにリアムに抱き着いたブレアは、人差し指を頬に当て、こてんと首を傾げた。

 その仕草も大変可愛らしいが、ルークには振られたショックの方が大きい。


「久しぶりに失恋っ!!どうしてですか!?先輩のためなら何でもしますよ!?」


 悲しそうなルークに問い詰められ、ブレアはうーんと小さく唸りながら考える。

 ブレアが振った瞬間リアムが小さな声で笑ったが、ルークには聞こえていなかったようだ。


「ルークが嫌なんじゃなくて、誰とも結婚しないの。お母さんが1番大事だから。」


 ごめんね、とブレアは困ったように謝った。

 断るだけでも今のブレアとはこんなにも反応が違うとは面白い。


「ぐっ、先輩その顔可愛い……!優しい、でもショックです……。」


「ブレアに好かれたいなら、その態度を改めてはどうですか?傍から見れば変質者ですよ。」


 呆れたように言うリアムだが、床に蹲っているルークは立派な変質者だろう。

 心配したブレアが近づこうとするのを、リアムはさり気なく手に力を込めて止めた。


「改めたくても改められないんですよ、先輩の魅力には何人も抗えません。」


「はいはいわかりました。」


 蹲ったまま言うルークにリアムはすっかり引いているようだ。

 普段のブレアなら罵倒の1つでも飛ばしていそうなところだが、今のブレアには発言の意味もよくわからないらしい。


「親孝行者な先輩、素敵です。先輩のお母さんになりたいです……。」


「僕のお母さんはルークじゃないよ?」


「ブレア、相手にしなくていいんですよ。」


 リアムははあっと息を吐くと、ブレアを更に遠ざけた。

 2人の仲がいいことはわかっているが、まだ幼いブレアをルークと絡ませたくないと思うのは当然ではないだろうか。


「えー、わかったー」


 緩く答えたブレアは、ぎゅっと改めてリアムに抱き着く。

 リアムが優しく撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。


「ねぇリアム、ここってリアムの学校なんだよね?」


「そうですが。どうかしましたか?」


「家帰れるかなって。リアムなら帰り道わかるよね?一緒に帰ろ!」


 さらりと答えたブレアは、相変わらずにこにこと笑っている。

 ブレアにとっては当然の発言だろうが、リアムは少し顔を曇らせた。


「どうしたの?」


「……すみません。まだやることが残っているので、少し待っていてください。」


「ん、わかったー!」


 にこりと笑ったリアムを見て、ブレアは素直に頷いた。

 ちらりとルークの様子を伺いながら少し考える素振りを見せる。


「ねえリアム。帰る時、ルークも遊びに来てもらおうよ!お母さんにルーク見せる。」


「え、先輩のお母さんにご挨拶ですか!?それはもう結婚では!?行きます!」


 少し顔を赤くしたルークに、リアムは冷ややかな目を向ける。

 間違いなくブレアにそんな意図はないだろうが、このブレなさは最早尊敬に値するかもしれない。


「物じゃないんですから、“見せる”ではなく“会ってもらう”と言いましょうか。どうして会わせたいんですか?」


「お母さん、僕がお母さんとリアムしか好きじゃないの、心配って言うから。」


 ルークのことは無視することにして、リアムは優しく問いかけた。

 すぐに返って来た答えに少し目を丸くする。


「ルークも好きだよって言ったら、お母さん喜んでくれるかなって!」


 大きな声で言ったブレアは、これまでにない程眩しい笑顔を見せる。

 数度目を瞬いたリアムは、そうですか。と柔らかく微笑んだ。


「……ブレア、1つ聞いてもいいですか?」


「ん?なあにー?」


 にこにこと笑っているブレアに、リアムはひそひそと囁く。

 真面目な顔で耳を傾けたブレアはうん!と大きな声で頷いた。


「僕、ルークのこと好きだよ!」


「え゛っ!?せせせ先輩、今何と……?」


「うん、好きだよー。」


 ブレアがもう1度繰り返すと、ルークはガンッと額を床に打ち付けた。

 中々好意を示してくれなかったブレアが、こうもあっさりと好きだと言ってくれるとは。

 しかも言い方が可愛い。結婚はしないと言われてしまったところだが嬉しい。


「――そうですか。……もう1度確認しますが、ディアスさんの魔法はマナや魔力が関連していれば、魔法以外も消せるんでしたか?」


 ブレアの答えを聞き、リアムは柔らかく微笑んだ。

 その表情のまま倒れているルークに向き直る。


「はい。先輩が言うには何でも。」


「わかりました。では、ブレアをお願いします。」


 立ち上がったリアムは閉めたばかりのドアを開けると、まだしゃがんでブレアの髪を撫でた。


「用事が終わるまで、ディアスさんと遊んでいてください。ちゃんとディアスさんの言う事を聞くんですよ。」


「え、追い出される感じですか!?」


 素直に返事をするブレアとは対照的に、顔を上げたルークは驚いたように聞く。

 てっきり2人にはしておけないから、と、戻せるようになるまでここに閉じ込められると思っていた。


「はい。今のブレアと話していると、余計なことを言ってしまいそうなので。」


 ブレアに聞かれないように、とリアムがひそひそと囁いてくる。


「余計なこと……?」


 しかしルークには言いたいことがわからなかったようだ。

 ストレートに説明するべきかと考えたリアムは小さく首を振った。


「……いえ。ブレアは今、自分の時間がズレているとは思っていないでしょう?つまり――ブレアと話している間、私は10歳程サバを読み続けなければいけません。」


「うわぁ、キツいですね……。」


「そうですね。というわけで私が男子高校生のフリをしている痛い教師になる前にブレアを遠ざけていただきたいです。」


 顔を顰めたルークはかなり失礼だが、リアムは気にしていないかのようににこりと笑顔を作っている。

 ずっとしゃがんでいたのはブレアに目線を合わせるためだろうが、身長が伸びたことを悟られないようにするためだったのかもしれない。


「わかりました。では先輩連れて行きますね……。」


「お願いします。ブレアが人懐っこいからと言って、変な気を起こさないでくださいよ。それと――」


 ちらりと横目でブレアの様子を伺ってから、リアムはきっぱりと、少し強い口調で言う。


「――ブレアに、母親の話はしないでください。」


 リアムの唇は笑みを作っているが、その瞳は全く笑っていない。

 真剣そのもの、といった様子だ。


 只事ではない雰囲気に、ルークはどういうことかと聞き返したかったが。

 リアムがブレアと話し始めてしまって、それは叶わなかった。

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