第179話 先輩が小さいからってくっつきすぎじゃないですか!?
「――と、言うわけでこうなってしまったわけなんです!」
とりあえず中に入れて貰ったルークは得意気に胸を張る。
さっきまであんなに申し訳なさそうにしていたのに、どういう変化だろうか。
「開き直りましたね?」
しゃがんだまま話を聞いていたリアムは呆れたような顔でルークを見上げた。
「勿論先輩に言わずにしたのは申し訳ないと思ってます!でも反射魔法を使えるようになったのが超プラスなので……ギリ許して貰えないかなぁと……。」
「反射魔法って……本当に使えたんですか!?」
そういえばブレアを喜ばせたいなどと言って、ルークが相談に来た事があった。
何故か自信満々だったが、まさか本当にやってのけるとは。
「リアムがびっくりしてる……珍しいね!」
「すみません。少し取り乱しました。」
目を丸くしているリアムを見て、ブレアは楽しそうに笑った。
普段は絶対見せないような明るい表情に懐かしさを覚える。
どうやら外見だけでなく、中身も幼くなっているらしい。
「戻し方は書かれていたんですか?」
「先輩が言うにはわからないらしいです。聞いた時にはもう小さくなってたんで、見落としてるだけかもしれませんけど……。」
自信なさげに言うルークを見て、リアムはまたしても呆れ顔を浮かべる。
「つまり解けない、と?」
「あ、いえ!俺が無効化魔法で戻せるので、そこは心配しないでください!」
怒られると思ったのか、ルークは焦ったように早口で答える。
ブレアといえど、流石に解ける見込みのない魔法は使わないだろう。
わかってはいたが、少し安心した。
「ディアスさんは変わった魔法が使えるんでしたね。すっかり失念していました。」
「どんな魔法でも消せるらしいですよ!先生も間違えて変な魔法使った時は俺を頼ってください!」
「そんな間違いしませんよ。戻せるのならどうしてこちらへ?誰かに見られたらどう説明するつもりだったんですか。」
ルークの発言は軽く流して、リアムはすぐに話題を変える。
交際に反対されていることはルークも知っているのだろう。
ここ数日、教室でも気まずそうにされた気がするのに。
「先輩が先生かお母さんに会いたいって泣きそうだったので……連れてきてしましました!」
答えを聞いたリアムは、なんとも言えない顔でブレアを見る。
じっと見つめられたブレアは、不思議そうに首を傾げた。
「失礼ですがブレア、今いくつですか?」
「7だよー。リアム、この間誕生日お祝いしてくれたでしょ。」
忘れちゃったの?とブレアは少し不満そうに頬を膨らませた。
普段の無表情からは想像できない子供らしさに、勝手にルークの口元が緩んでしまう。
「先輩、子供の時は意外とよく笑ってたんですね!年相応って感じが可愛いです!」
ルークが見ているブレアは、一日の大半が少し不機嫌そうな真顔だ。
時折小さく笑うことがあるが、こんなに眩しい笑顔を見せることは滅多にない。
「はぁー先輩可愛い尊いです……。」
「うーん、ありがと?」
「ぎゃわいい!ロリコンになりそうですっ!!」
殆どいつも通りのやり取りだが、ブレアが幼いと絵面の危なさが増す。
傍から見るとかなり不信だが、リアムは見えていないかのように考え込んでいた。
そんなリアムを見て、ブレアはますます不思議そうに首を傾げてしまった。
「リアム、元気ない?大丈夫?」
困ったように眉を下げたブレアが、ぎゅっとリアムに抱き着く。
少し目を丸くしたリアムを見て、にこりと笑った。
「元気ない時はこうしたらいいよって、お母さんが言ってた。」
「……大丈夫ですよ。気にしないでください。」
薄く微笑んだリアムは、誤魔化すようにブレアの髪を撫でた。
優しい手つきにブレアの顔がますます緩む。
「先輩可愛すぎる!先生ずるいです……!」
いつもの調子で言うルークだが、リアムは険しい顔をしている気がする。
ルークがそれに気づいたのとほぼ同時に、「ディアスさん、」と少し低くなった声に呼ばれた。
「ブレアを戻していただけますか?今すぐに。」
「え、どうかしたんですか?」
「戻せるんですよね?」
にこりと笑みを浮かべていたリアムだが、真剣な目でルークを見ている。
ブレアのためか何でもない風を装ってるようだが、何かが引っかかったのだろう。
「申し訳ないのですが、戻せないですね……。」
「先程、無効化魔法で戻せると伺ったのですが。」
胸の内から湧いた怒りを覆い隠すように、リアムは笑みを濃くする。
確かにルークは無効化魔法が使え、無効化魔法でブレアを元の姿に戻すことができる。
だが――。
「先輩曰く、俺は壊滅的に魔力の使い方が下手らしく……。反射魔法や無効化魔法は数時間に1回しか使えないんです。」
ルークが申し訳なさそうに言うと、リアムは呆れたように眉を下げる。
つい口から出そうになった溜息を慌てて飲み込んだ。
「きょ、今日中には戻せると思うんですけど……少々お待ちください。」
「無効化魔法が使えるようになったら、すぐに戻してくださいよ?いくらブレアが可愛らしいからといって、引き延ばしたりしないでくださいね。」
「わかってます……。」
視線を彷徨わせているルークに、リアムは念のため釘を刺しておく。
ルークなら幼いブレアが可愛いなどと言って、いつまでもそのままにしていそうだ。
「リアム、あんまり怒ったら可哀想だよ。」
「そうですね、このくらいにしておきましょうか。」
ブレアが困ったように言うと、リアムがにこりと微笑んだ。
切り替えの早さは流石大人と言うべきか、相手がブレアだからだろうか。
撫でられて嬉しそうなブレアは可愛らしいが、ルークとしてはかなり思うところがある。
「先生……先輩が小さいからってくっつきすぎじゃないですか!?」
「急に大きな声出さないでください。ブレアが驚くでしょう。」
叫ぶような大きな声にリアムは呆れたように眉を下げた。
ぎゅっとブレアを抱き寄せるので、ルークの声がますます大きくなる。
「絶対距離近いです!羨ま……教師としてどうかと思います!」
「今羨ましいと聞こえましたが。」
まともそうに抗議するルークだが本音が漏れている。
しっかり聞いていたリアムは、ますます呆れたように苦笑した。
「ううう羨ましくなんてないですが!?ロリコンの先生と一緒にしないでください!」
「ロリコンではありません。人聞きの悪いことを言わないでいただけますか。」
何事もないようにさらりと返すリアムだが、ロリコンでないのならブレアに触れた手を離してほしい。
こんなに可愛いブレアに懐かれているのも羨ましいし、リアムといる時の方がブレアが楽しそうで妬ける。
小さくなっているから関係ないとわかっているのだが、一応俺が彼氏なのにな、なんて思ってしまう。
「えーと……名前……。」
「ルークです。」
この頃から名前を覚えるのはあまり得意でなかったのか、はたまたまだルークの名前をあまり聞いていないからか。
不思議そうなルークに見上げられ、ルークはすかさず答える。
デレデレしてしまいそうなのを隠すと素っ気なくなってしまったが、怖がられていないか不安だ。
「わかった。」
こくりと頷いたブレアは、リアムから離れたと思うとルークの方に駆けてくる。
そのままの勢いでぎゅーっとルークに抱き着いた。
「えっっっ!?先輩っ!?!?」
ビシッと硬直してしまったルークの顔が、一気に赤く染まった。
幼い子供とはいえ、ブレアはブレアだ。ドキッとする。
普段はこんな風に抱き着いてくれないため、余計にドキドキしてしまう。
「せ、先輩、どうしたんですか……?」
ルークが若干震える声で聞くと、抱き着いたままのブレアは眩しい笑顔をルークに向けた。
「んー?ルークもぎゅってしてほしいのかなって!」
「ぐわ゛っ゛!!」
奇声を発したルークは、両手で叩くように顔を抑えた。
パチンと結構痛そうな音がしたため、ブレアの顔が少し引き攣っている。
「すごい声ですね……。どうしたんですか。」
どうせ大したことはないだろう、と思いながらも、リアムは一応問いかける。
顔を抑えたままのルークは、絞り出すように答えた。
「……ロリコンになりそうです。」
「よくそれで私のことを……」
リアムは呆れたように溜息を吐くが、ルークには聞こえていないようだ。
ブレアだけは何のことかわからず、不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせていた。
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