第178話 なりたいものがあるんですか?
リアムが準備室で作業を続けていると、コンコンコンとドアが少し強くノックされた。
放課後ここへ来るのはブレアくらいだが、ノックがあるということは別人だろう。
何となく残念に思いながら、はい、と返事をしてドアを開ける。
「リアム先生!突然すみません!」
ドアの前に立っていたのは、ブレア――ではなくそのルームメイトのルークだった。
少し眉を下げて視線を彷徨わせているのは、リアムと会うのが気まずいからだろうか。
「ディアスさんですか。どうしま――」
どうしましたか?と聞こうとした声を止め、リアムは驚いたように黒い目を見開いた。
ルークの後ろに隠れるようにした、小さな人影が見えたからだ。
ひょこっと顔を覗かせてルークを見たのは、アメシストの目をした少女。
「リアムーっ!」
明るい声で名を呼んできた少女が、ぴょんと抱き着いてきた。
慌てて抱きとめたリアムは、しゃがんで少女を着地させる。
紫色の瞳に視線を合わせると、観察するようにまじまじと見つめた。
肩より少し下で切りそろえられた、銀色の髪。
アメシストの瞳はくりっとしていて、明るい声はよく通る。
まだ幼い容姿は、初等学生になっているかいないかくらいの年頃に見える。
「……ブレア……ですよね?」
「そうだよー。」
怪訝そうに眉を寄せるリアムを見て、ブレア――幼い頃のブレア?は不思議そうに首を傾げた。
リアムが驚いた顔で固まっているからか、ブレアは心配そうに顔を覗き込んでいる。
リアムは平静を保つべく、これでもかというほど長く息を吐く。
心配そうなブレアを安心させようと、無理矢理口角を吊り上げた。
「……ディアスさん。」
「はいっ!」
ぎこちなく首を動かしたリアムが、笑顔のままルークの方を向く。
怒られると思ったのか、ルークはびくりと肩を震わせた。
「説明、していただけますか?」
「話せば長くなるんですが……。」
「長くていいので説明してください。」
唇こそ笑みの形を作っているが、リアムの目は全く笑っていない。
怒っているのだろう、というかこんな状況で怒らない方が無理だろう。
「……先輩が、エリカ先輩からもらったノートがあるんですけど……。」
何故か姿勢を正したルークは、気まずそうに先程のことを話した。
「先輩、またエリカ先輩と会ったんですか!?俺の知らない間に!」
不満そうな顔をしているブレアに、ルークは大きな声で問い詰めた。
「会ったよ。」
「何で言ってくれなかったんですか!」
むっとしているルークを見て、ブレアは小さく首を傾げた。
ただ少し話しただけなのに、何故こんなに怒っているのだろうか。
「誰と会うのも話すのも僕の勝手でしょ。君には関係ないと思うけど。」
「ありますよ!いやないかもしれませんけど……でもエリカ先輩は違くないですか!?」
怪訝そうに眉を寄せたブレアの頭がますます傾く。
本気でわかっていないんだろうな、と、ルークは困ったような顔をした。
「すみません……大丈夫ですか?変なことされてませんか?」
「されてないよ。どういう心配なのかな。」
気怠そうに答えたブレアがはぁっと溜息をついた。
過剰に様子を伺ってくるルークが鬱陶しかったようだ。
「心配しても仕方なくないです!先輩はお優しいので怒ってないかもですが、俺はまだ怒ってます!」
「僕はそんなに優しくないよ。気にすることじゃないから気にしてないだけ。」
「少しは気にしてください!」
力強く言われ、ブレアは顎に指を添えて考える素振りを見せる。
気にする、と言われても、気にならないことはとことん気にならない。
「……結局あの魔法を教えてもらえなかったのは、すごく気になってる。」
「そういうことじゃないんです!でも先輩らしくて好き!」
懸命に考えても結局魔法のことしかでてこないとは。
折角真面目に言っていたのに、不意打ちの可愛いに気が緩んでしまった。
「それで、なんでエリカ先輩と会ったんですか?」
「別に理由はないよ。廊下でたまたま会っただけ。もともと僕のために調べたことだからって、このノートをくれたんだ。」
ブレアは軽い調子で言いながら、手元のノートに視線を落とした。
「ちゃんと学校に来てて、ちょっと安心した。」
その唇が、微かに笑みを作った。
「……先輩、やっぱり優しいです。」
「気のせいだよ。」
にこにこと笑って見てくるルークを一蹴し、ブレアはパラパラとノートを捲る。
「まあそんな感じ。君の心配は解けたかな。」
「はい!改めて先輩の魅力を知って、ますます好きになりました……!」
嬉しそうに返すルークだが、全く答えになっていない。
少しだけ顔を上げたブレアは、楽しそうにクスリと笑った。
「じゃあ、魔法を試させてくれるんだよね?どれにしようかなぁ。」
笑みのまま考え始めたブレアは、かなり上機嫌に見える。
ルークの気分転換作戦は成功かもしれない。
「そんなに気になるものがあるんですか?」
「うん。どうやって探したのか、見たことないものばかりだよ。」
呆然とブレアを見ながら、ルークはほえーと間の抜けた声を漏らす。
かなり魔法についての知識があるようだったが、まさかブレアですら知らないことも沢山知っているとは。
どれほど頑張れば、それだけの情報が集められるのだろうか。
「それも殆ど僕の欲しい類のもので驚いたね。……無断で僕にかけるのは悪趣味だと思うけど」
「それは教えてもらえなかったんじゃないんですか?」
はぁっと溜息を溢すブレアに、ルークは不思議そうに問いかけた。
結局教えてもらえなかったと、ついさっき言っていたはずだ。
「他にもあったってことだよ。いい迷惑だね」
「他にも!?大丈夫ですか!?」
大きな声を上げたルークが、またしても焦ったようにブレアの様子を伺ってきた。
「大丈夫だよ。君にも心当たりがあるよね?先月末、随分僕で遊んでくれたじゃないか。」
「えぇぇ……?」
むっと顔を顰めたブレアだが、ルークには心当たりがない。
ブレアはますます不機嫌そうに眉を寄せると、握った手をくいと動かして見せた。
何かのジェスチャーなのだろうか、その動きからルークが連想するものと言えば猫――
「あっ、猫っ!!」
「煩……。」
ブレアが耳を塞いだのを見、ルークはぱっと口元を押さえた。
ブレアにも原因はわからなかったようだが、まさかエリカの仕業だったとは。
正直に言うと、少しだけエリカに感謝したくなってしまった。
「あれが先輩の欲しい魔法なんですか?」
「ううん、僕が探してる魔法はないよ。でも姿を変えられる、という点では同じだね。」
微笑を浮かべるブレアの目が、ルークには少し寂しそうに見えた。
喜んでいるはずなのに、あまりそうは見えない。
「……何か、なりたいものがあるんですか?」
遠慮がちに聞くと、ブレアが素早く顔をあげた。
ルークを見る目が丸く見開かれている。
「…………ないよ。僕はただ――ただ、僕のことを知りたいだけ。」
「どういう――」
ルークの言葉を遮るように、ブレアはパタンと音を立ててノートを閉じた。
ノートを横に置いたかと思えば、すっとルークに向けて手を伸ばす。
「そういうわけで、色々確かめたいんだ。いくよ」
ルークの返事も待たずに、目を閉じたブレアは術式を唱え始めた。
どうせ「はい」と答えるつもりだったのでいいのだが。
「――はっ!あの、先輩!」
黙って術式が終わるのを待っていたルークが、何を思ったのか目を丸くする。
集中しているのか、ブレアには聞こえていないようだった。
勿論ブレアに協力するつもりだし、魔法をかけられるのが嫌なわけではない。のだが。
(いつもとお姿の違う先輩、見たすぎる……!)
と、思ってしまったのだ。
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