第176話 ……何か、リアムみたいなこと言うね

 翌日。ベッドの上で丸まっているブレアを見て、ルークは困ったように狼狽えていた。

 綺麗に整えられた爪は温かく色づいているが、表情は晴れていない。

 むっとした表情で、かなり前からこうしている。


「あのー先輩?」


「……何。」


 そっとしとくべきかと思いながらも、ルークは恐る恐る、といった様子で声をかける。

 不機嫌そうな返事が返ってくるが、落ち着いて話を続けることにした。


「リアム先生と話したんですか?」


「……そうだけど。」


「駄目だったんですね……。」


「……そうだけど。」


 暫くの沈黙の後、どちらの質問も同じ答えが返ってくる。

 素っ気ない態度は、話しかけるなと言っているのと同義だろう。

 そっとしてあげたいが、気になってしまう。それに、言いたいこともあるのだ。


「先輩……落ち込む前に脱いでもらっていいですか!?」


「……変なこと言うからなんじゃないかなぁ。反対されるの。」


 意を決して大きな声で言うと、ブレアの眉が呆れたように下がった。

 言いたいことはわかるのだが、完全によくない発言になっている。


「すみません色々間違えました。制服で寝ると皺になるので着替えてほしいです!」


 部屋に戻ってきてからずっとこうしているブレアだが、部屋着にならず、制服のまま寝転がっていた。

 目線だけでルークを見たブレアが、目を閉じて考える素振りを見せた。


「……面倒……。」


「面倒でも駄目なものは駄目なんですよ!最近ずっと制服ですけど、部屋に戻ってきたら着替えるべきだと思います!」


 大きな声で抗議され、ブレアは不満そうに顔を顰める。

 んーと唸りながらベッドの上を転がった。


「寝返り打ったら皺寄りますって。」


「ブレザーは脱いだよ。」


 さっきまでじっとしていたのに、注意すると動きだすのは何故だろうか。


「それは偉いですけどスカートが駄目なんです!ひだ崩れますよ?」


 脱いだ、と言っても適当に椅子に掛けるだけなのもよくない。ちゃんとハンガーに掛けてほしい。


「別にいいよ。面倒だし今はやる気が出ない。」


「よくないです!それに俺の精神衛生上よくないので本当にやめてほしいです!」


 動く度にスカートの形が崩れそうで冷や冷やするし、捲れそうでドキドキする。

 ブレアは全く気にしていないようだが、ルークにはどちらもすごく気になってしまう。


「魔法に頼るのをやめたって言ってましたけど、頼るのをやめるっていうのは代わりに他の力を使うってことですからね?その行為すらやめるって意味じゃないですよ?」


 いつもは部屋に戻るなり魔法で着替えていたが、魔法の使用を控えてから着替えるのすらやめてしまった。

 入浴するまで制服のまま。なのにいつも通りに過ごすのはよくないと思う。


「寝癖とかもそうですから。面倒かもしれませんけどちゃんとしてください!」


 ええーと不満そうな声をあげ、ブレアは気怠そうに身体を起こした。


「……何か、リアムみたいなこと言うね。」


「先生も同じことを言うと思います!子供のお世話してる気分ですよ。」


 考えずとも、リアムの言葉が想像できてしまう。

 膝を抱えて座ったブレアが、少しだけ口元を緩めた。


「僕、面倒見のいいところも好きなのかも。」


 誰の、とは言っていないが、ルークのことを好きだと言ってくれているのだろうか。

 そう考えたいのは山々なのだが、昨日の話の後だともやもやしてしまう。


「……先輩の好きだった人って、リアム先生ですか?」


 さり気なく聞きたかったのだが、不自然だったかもしれない。

 けれどブレアは気にした様子もなく、小さく首を横に振った。


「ううん。リアムはずっと好き。」


「兄としてですよね!?恋愛対象として見てませんよね!?」


「そうだけど。恋をしたのは君だけだって言わなかったっけ?」


 驚いたように目を丸くしたルークの頬が、一気に紅潮する。

 顔を隠すように手で覆うと、そのまま顔を背けた。


「そんな可愛いこと聞いてません結婚してください!」


「だからリアムをどうにかしようとしてるんでしょ。」


 それはイエスということですか!?と確かめたかったが、ブレアは顔を伏せてしまった。

 リアムとの会話を思い出しているのか、はあっと溜息を吐いている。


「先生は何で駄目って言ってるんですか?」


「それもわかんない。ちゃんと好きだって言ったのに、ダメの一点張りだし。」


 アリサのお陰で見つけた答えを、ちゃんとリアムに伝えたつもりだ。

 特に驚いた様子もなかったのを見るに、本当はとうに知っていたのかもしれないが。

 すると今度は、「駄目なものは駄目です。」としか言わなくなってしまった。


「何か隠してる気がする……。 僕が何か忘れてるのかな。」


「それを先生に聞いてみるのは……?」


 首を横に振り、ブレアは再び寝転がってしまった。

 結局着替えていないが、考えるのか寝てしまうのか。

 かける言葉を見失ったルークは、狼狽えるように視線を彷徨わせた後――ぱっとブレアの方を見た。


「先輩、一旦気分転換しましょう!落ち込んでる時に考え事するより、気分上げてからの方がいいと思います。」


 ブレアはルークを見上げ、ぱちぱちと目を瞬いた。

 身体を起こすと、真っ直ぐにルークの方を向く。


「一理あるね。何しようか。」


「それは勿論デ……先輩の好きなことですよ!魔導書読むとか、魔法の実験とか!」


 ルークの大きな声が途中で焦ったように早口になる。

 誤魔化したのはバレバレだが、隠したいのであれば聞かなかったことにしよう。


「ほら、俺という最強の実験体もいることですし!」


 ルークが胸を張って言うと、ブレアは少し目を見開いた。

 ふっと表情を緩め、困ったように笑う。


「……それ、自分で言う?」


「先輩が認めてくれたことですから!」


 ブレアが肩を竦めると、ルークはますます得意気に言った。

 始めは助手という形をとっていたはずだが、いつの間に実験体になったのだろうか。


「そういうことなら試させてもらおうかな。そこのノート取ってくれる?」


「はい!」


 薄く微笑んだブレアを見て、ルークは嬉しそうに顔を明るくする。

 机の上にあるノートを手に取ると、不思議そうに首を傾げた。


「……先輩の字じゃないです。誰のですか!?」


「そんなすぐにわかるの、怖。」


 少し前からずっと置いてあるので、ブレアの物だと思っていた。

 けれど明らかにブレアの字ではない。ルークには一目でわかる。


「わかりますよ!誰かと取り違えたんですか?」


「取り違えてたらちゃんと戻しに行くでしょ。そのノート、エリカに貰ったの。」


「え……りか先輩ですか!?」


 予想もしなかった発言に、ルークは驚いて固まってしまう。

 ブレアは「そうだけど。」とすんなりと肯定した。


「先輩、詳しく聞かせてもらっていいですか!?」


 あの一件以来会っていないと思っていたのに、いつのまにそんなやりとりをしていたのだろうか。

 平然としているブレアだが、ルークとしては色々心配だ。


「……魔法、試させてくれるって言ったじゃん。」


 楽しみが遠のくのを察して、ブレアは不満そうに眉を寄せた。

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