第175話 ちょっとだけ、答えに近づけた気がしたんだ
アリサと別れたブレアは、自室のドアノブに手をかける。
綺麗な色に染まった爪が見えると、少し嬉しくなってしまった。
少しだけ、アリサが毎日こうしている理由がわかったかもしれない。
「お帰りなさい先輩ー!リサ先輩と何話してたんですか!?」
ドアを開けた瞬間、情けない顔をしたルークに詰め寄られた。
こういう面倒なところを見ていると、リアムに反対されても仕方ないと思えてくる。
「これしてもらってたの。」
どう思う?と、ブレアは両手を見せた。
不思議そうなルークの視線が爪に注がれる。
「せ……先輩が……お洒落を……!?」
「信じられない物みたいに見ないでよ。」
ブレアの顔と見比べたルークは、かなりの衝撃を受けたようだ。
ブレアが不満そうに眉を寄せると、すみません!とすかさず謝った。
「すみません、破壊力が高すぎてつい……。似合ってます!」
一度ぐっと目を閉じて切り替えたルークが、キラキラと目を輝かせて言った。
丁寧に整えられた爪は、暖かい黄色に染まっていた。
模様が描いてあったり形作られていたりと、どれも様々な工夫がされている。
「あの子には似合ってないって言われたけど。」
アリサ曰く、ブレアにこの色はあまり似合わないらしい。
ならば何故選んだのかと聞くと、「自分で考えてみてぇー。」とはぐらかされてしまった。
「似合ってますよ!先輩は素材がいいので似合わない物なんてありません!」
「君の意見は一番信用ならないね。」
ルークは真剣な顔で言うが、恐らく目がおかしい。
何色にしてもそう言うだろう。
ブレアはルークから視線を外し、自分の爪を見つめる。
アリサがこの色を選んだのは、かなり意外だった。
当然ブレアに似合う色を選んだと思っていたし――それは紫や青だと思っていた。
「……僕は、この色に生まれたかったな。」
なのにアリサが選んだのは、あまり似合わない色。
それも――ブレアが一番好きな色だなんて。
「色に?」
アリサに言われるまでもなく、ブレアの好きな色を選んだのかな、なんて思った。
太陽のように暖かく、物心ついた頃から心の中心を染めている色なのだから。
しかし好きな色など言ったことはなく、知っているのはリアムくらいだろう。
となると――。
「ううん。何でもない。」
首を横に振ったブレアは、ルークの顔に手をかざすように動かす。
じっと2つを見比べて、小さく笑った。
「――やっぱり、そういうことだよね。」
恐らく、ルークの瞳の色だろう。
爪先の彩はキラキラと輝くシトリンにそっくりだった。
暖かい黄色を眺めていると、丸くなったシトリンの瞳が一層輝いた。
「先輩可愛い……。」
「急に何。」
ルークの口から漏れた呟きに、ブレアはこてんと首を傾げる。
声に出したつもりはなかったのか、ルークは慌てたように口を塞いだ。
「えっ、いや、すみません!」
少し頬を赤くしたルークは、何故かブレアから距離を取るように後退る。
「何で謝るの。」
「すみません……。」
ただ聞いてみただけで怒ってもいないのだが、何故かルークは改めて謝った。
じっとブレアを見ると、ほっとしたように笑う。
「さっきの笑顔がすごく綺麗でつい……。先輩がそんな風に笑うとこ、初めて見た気がします。」
「そんなに珍しい顔してたかな。」
照れたように言ったルークが、深く頷いた。
「してましたよ。先輩でもお洒落で喜んだりするんですね!」
「僕でもって何。」
「失言でしたすみません。」
ブレアがわざとむっと顔を歪めると、ルークは再び謝った。
意外なのは自分でもわかっているが、言い方というものがあるだろう。
「まあ、お洒落で喜んでるわけじゃないけどね。ちょっとだけ、答えに近づけた気がしたんだ。」
「何の答えですか?」
自分の爪に視線を落としたブレアを見て、ルークは不思議そうに問いかける。
ブレアが最近悩んでいたことといえばリアムとの件だが……まさか振られたりしないだろうか。
「これ、僕の好きな色なんだ。あったかくて安心するから。僕は、安心できるものが好きなんだと思う。」
「綺麗な色ですね。」
一瞬頭の中を不安がよぎったルークだったが、すぐに明るい声を出す。
ブレアの好きな物の話が聞けるのは珍しいため、脳内に焼き付けておきたい。
「僕が好きなのは、安心できる物なんだと思う。」
リアムが何を求めているのか、どうしてそんなにも反対するのか。
ブレアなりに考えた。思いつく要因は沢山あったが――アリサのお陰で、大切なことに気づけたかもしれない。
「……僕、昔好きな人がいたんだ。」
「えっ。」
つい声を上げてしまったルークは慌てて自分の口を塞いだ。
今はブレアが話したい時なのだから、何か言うべきではないとわかっている。
わかってはいるのだが、初恋同士だと思っていたのでショックだ。
「リアムが反対するのには、色々理由があるんだと思う。その中のひとつがそれ。僕が君を、その人に重ねてるだけだって思ってるんじゃないかな。」
アリサはこの色をルークだと思って選んだのだろう。
しかしブレアが初めに考えたのは、ルークではなく母のことだった。
「実際はどうなんですか?今もその人のことが好きで……俺は、その人の代わりだったりしますか?」
「ううん。好きの形が違うから。」
ルークが重い声で聞くと、ブレアはすぐに首を振った。
そうかもしれないとは思っていた。
自覚に近いものがあったからこそ、この考えが出た。
「僕の好きな人はみんな、一緒にいて安心できる人。だけど――君はちょっと違うんだ。一緒にいると安心するけど、時々、胸を焼かれたみたいに苦しくなることがある。」
ブレアは顔を上げ、まっすぐにルークを見た。
母の言っていた通り、好きの形に差があるのなら――。
「この痛みが、僕の気持ちなんだと思う。僕――他の人とは違った形で、君が好きみたいだ。」
「それは……“特別”ってことで、喜んでいいのでしょうか?」
にこりと笑ったブレアが、深く頷いた。
この苦しいほど強い思いも、好意の一種ならば。
――それを恋と呼びたいと、はっきりと思った。
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