第174話 ……ゆりゆりって、変だよね
ぐらっと頭が揺れる感覚がして、ブレアは慌てて開いた目を丸くする。
アリサを待っている間に眠ってしまっていたらしい。
隣を見ると、にこーと笑ったアリサと目が合った。
「おはよぉゆりゆり。持って来たよー」
「……おはよ。」
アリサが得意気な顔でメイクボックスのようなものを机に置く。
ブレアのために、寮室から持ってきてくれたようだ。
「ごめんねぇ待たせちゃって。ウチの部屋来てくれたよかったのに。」
「ルームメイトの子が困るでしょ。」
始めはアリサの部屋でやる予定だったようだが、女子寮に入るのは抵抗があったので断った。
男子寮にはいたんでしょ?とツッコまれたが、今の部屋に移って以来入っていない。
「喜ぶと思うけどなぁ。ま、いっか!ネイル何色がいーい?」
小さな容器を並べながら、アリサはブレアを見て笑った。
既に10色以上机の上にあるが、一体いくつ持ってきたのだろうか。
同じような色も数色あって、ブレアには違いがわからない。
「……何でもいい……。」
「えぇー、リサのセンスにお任せ?仕方ないなぁ。」
少し眉を寄せたアリサが、手元の容器とブレアの顔を見比べて色を選び始めた。
不満そうな顔をしたと思えば、今度は楽しそうに笑っている。
「あとねー、ルーくんは途中で会ったから追い払っといたよ?女子会するから帰ってーって。」
「来ないと思った。よく説得できたね?」
「すっごい嫌々言ってたよぉ?ミニアーくんがなんとかしてくれたみたいだけど。」
簡単に想像できてしまい、ブレアは少しだけ口角を上げた。
帰ったら質問攻めにされると思うと面倒だが。
「ニヤニヤしちゃってぇ、ゆりゆりルーくんのこと大好きだねー!」
「別にそんなんじゃ……いや……うん、好き……だけど。」
ブレアは咄嗟に出かかった否定を飲み込んで、小さな声で肯定する。
ルークの事がちゃんと好きなはずだ。
それを示す方法を考えているというのに、ちゃんと言えないでどうする。
「んーじゃあ、何で悩んでるの?」
「色々。」
すっとブレアの手を取りながら、アリサが軽い調子で聞いてくる。
色は決めて準備を始めたようだ。
「教えてよぉ、役に立てるかもじゃん!好きなところがないんだっけ?」
アリサにじっと見つめられ、ブレアは迷うように視線を彷徨わせる。
「……あるんだけど、どこかわからないの。あと、何で付き合ってるのか。」
もう一度アリサに顔を向けると、小さな声で答えた。
アリサは容器の蓋を開けながら、そうなんだぁと緩く相槌を打つ。
「そんなに難しく考えないとかなー?リサも彼ピいるけど、そんなのわかんないよ?」
「そうなの?」
笑いながら言われ、ブレアは驚いたように目を丸くする。
アリサは手元に落としていた視線を上げ、ブレアに笑いかけた。
「うん。好きなとこは勿論あるけどぉ、付き合う理由とかいらなくない?」
「理由がないなら、何で付き合ったの?」
「うーん、告白してくれたからかなぁ。」
透明な液を爪に塗りながら、軽い調子で言う。
小さなハケは少しひんやりしていて、変な感触がした。
「普通に好きだし。それでよくないー? 理由とか、リアムせんせぇ堅苦しいよぉ。」
「じゃあ、君は彼氏さんのどこが好きなの?」
じっとアリサを見たブレアが、真剣な顔で聞いた。
アリサは手を止めないまま考える。
「優しいとことかぁ、ノリいいとこ?話面白いし、ハグしたら支えて抱き返してくれたりとか?」
「何で疑問形なの。」
何度も首を傾げながら言うアリサの言葉は、少し信憑性に欠ける。
「まぁ、今の聞いてもピンとこなかったでしょー?好きなとこなんて、そんなんでいいんじゃないかなってことだよ。」
「そうなのかな。」
アリサ的にはいいことを言ったつもりだったのだが、ブレアは納得いっていないようだ。
逸らした視線をアリサに戻し、じっと何かを考えている。
「そーだよ。先生にはいちいち妹の恋愛に口出しして来るとかキモすぎ~とか言っときなって。」
「言わないけど……。リアムだって、ただシスコンだから言ってるわけじゃないと思うんだ。」
「と言うとー?」
顔を見たり指先を見たり、忙しそうなアリサだが、作業は順調に進んでいるらしい。
話しながら細かい作業ができるなんて、かなり器用だ。
「リアムは僕のしたいこと、何でもさせてくれるから。強くダメって言うのは、本当にダメな時だけ。」
「今回がそれってことぉ?」
アリサが怪訝そうに聞くと、ブレアは小さく頷いた。
ブレアが譲らなければ、いつもすぐに折れてくれていた。
「んー、ならもう1回、何でダメなのか聞いてみなよ。違う理由ならまだ考え直しだしぃ、付き合う理由がわかんないからなら、リサもそうだったからダメじゃないよって言いなぁ。」
「……君は、他の人が好きなんだと思ってた。」
ブレアがぽつりと呟くと、アリサの手が止まった。
驚いたように見開いた目でブレアを見る。
「何で?」
「そう見えた。」
すぐに返って来た答えを聞いて、アリサはふっと笑う。
「……ゆりゆりって、変だよね。普通そんなこと思っても言わないよ。」
「そっか、ごめん。」
「いーよ。」
作業を再開したアリサが、困ったように乾いた笑いを漏らす。
ブレアも釣られたかのように眉を下げた。
「リサもね、本当はわかんないんだ。」
「わからないのに付き合ってるの?」
アリサは誤魔化すように首を傾げた。
「みんなが好きなんだぁ。ゆりゆりも、エマちも、ルーくんとかもみんな。」
「彼はダメ。」
「友達って意味だよぉ!」
ブレアにすかさず注意され、アリサは愉快そうに笑った。
すぐにこうして言えるということは、少なくともちゃんと好きなのではないだろうか。
「みんなのこと大好きだから……誰が特別かとか恋なのかとか、わかんないんだよ。」
やっぱり、こんなんじゃダメかなぁ。
そう言ったアリサは、悲しそうな顔をしていた。
唇は笑みの形を作っているのに、ルビーのような瞳は涙を堪えているようだった。
「……『人によって愛情の形が違えば、伝え方も大きさも違う』んだって。」
少しの間を置いて、ブレアが独り言のように呟いた。
まるで自分に言い聞かせるように、けれどしっかりアリサの方を向いて。
「君の“好き”は軽いけど、だからこそ優しくて、安心する。ちゃんと僕のこと好きで話してくれてるんだなってわかるから。」
初めてアリサを認知した時、苦手なタイプだと思った。
それでも何だかんだで交流を続けているのは――アリサが真っ直ぐないい子だとわかっているからだ。
「誰にでも愛をあげられるのは、すごく素敵なことだと思うよ。」
ブレアが少し目を細め、柔らかく微笑んだ。
滅多に見せない表情に少し驚いたアリサは……ふっと息を吐いて笑い返す。
「……ちょっとだけ、ゆりゆりが羨ましくなっちゃったかも。」
アリサの言葉に、何と答えたらいいのかわからず――ブレアは困ったように俯いてしまった。
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