第173話 リアムの考えてることは、全部わかってるつもりだった

「……お前さぁ、何でルークに言ってやらねぇの?」


 自分の席で考え事をしていると、突然アーロンに話しかけられた。

 ブレアは数度目を瞬いてから気怠そうに顔を上げる。


「……何のことかな。」


 頬杖をついてアーロンを見たブレアは、すぐに顔を背けてしまった。

 話しかけないでほしい、と全身で語っている気がする。


「何って、リアム先生に言われたことに決まってんだろ。」


「言わないよ。彼には関係ない。」


「あんだろ。別れろって言われてんだぞ?」


 ブレアは顔を背けたまま、「そうだけど。」と短く言う。

 ようやくアーロンの方を見たかと思えば、悲しそうに眉を下げた。


「彼に言っても仕方ないじゃないか。言ったって何も変わらない、僕の問題なんだから。」


「相談したら何か変わるかもしれねぇだろ。アイツは相談されたがって――」


「変わらない。」


 アーロンの言葉を遮って、ブレアがきっぱりと言った。

 まだ何も話していないのに、もう試した後のように確信めいた口調だった。


「変わらないよ。僕の気持ちが、彼なんかにわかるわけない。」


 拗ねたような顔で言われて、アーロンは呆れたように溜息を吐く。

 隣に座ると、ブレアと目線を合わせた。


「そりゃわかるわけねぇだろ、お前みたいな面倒臭くて堅いメンヘラの気持ちなんて。」


 畳みかけるように言われ、ブレアは拍子抜けしたように目を丸くする。

 ぱちぱちとその目を瞬いてから、ようやくむっと眉を寄せた。


「は?何そ――」


「わかんねぇから、相談して探せばいいんじゃねぇの?」


 呆れたような顔をしていたアーロンが、少し笑った。

 ブレアには全く意味がわからなかったようで、また目を丸くしている。


「ルークはお前の気持ちがわかんねぇけど、お前も自分の気持ちがわかんねぇんだろ? なら一緒に探せばいいじゃねぇか。」


「……僕はわかるよ。ただ、先生を納得させられるような具体例が思いつかないだけ。」


「それをわかんねぇって言うんだろうが。納得させたいならまず人の目を見て話せよ。」


 返事は帰ってこず、変わりにゆっくりと顔をアーロンの方に向けてきた。

 変な所だけ素直で、見ていると笑いそうになる。


「つか、お前は何がわかんねぇの?」


「……付き合う理由? 好きなところ……?」


「それも曖昧かよ。」


 厳しい顔で首を傾げるブレアに、アーロンは呆れたように眉を下げた。


「……君も聞いたでしょ。本当に好きかって聞かれて、僕はそれに答えられなかった。」


 リアムに別れなさいと言われ、ブレアすぐに嫌だと返していた。

 けれどその後どこが好きか、本当に好きで付き合っているのか、と立て続けに問われて――何も言えずに黙ってしまった。


「修学旅行の時言えてたじゃねぇか。」


「あれはダメ。流されただけって言われると思うから。」


 ブレアはすぐに首を横に振る。

 そんなブレアを見て、アーロンははぁ?と顔を顰めた。


「んなこと言うか?」


「……多分?」


「自信ねぇのかよ。」


 ブレアは困ったような顔で言って、そのまま俯いてしまった。


「リアムの考えてることは、全部わかってるつもりだった。でも今は全然、半分くらいしかわからなくて……怖いんだ。」


 アメシストの瞳は、思いつめたような色をしている。

 そのくらい真剣に悩んでいる証拠だろう。


「リアムが僕を心配してくれてるのはわかってる。ちゃんと好きな人と付き合ってほしいとか。だけど――それだけじゃない気がして。」


 ブレアはそう言ったきり、俯いたまま黙ってしまった。

 ずっとそうして考えていたのだろうが、それでも不安なのだろう。

 見かねたアーロンが意見しようとすると、とんとんと横から肩を叩かれた。


「あ?あー、リサちかよ。どした?」


 顔を向けると不思議そうな顔をしたアリサと目が合い、アーロンは小さく首を傾げた。

 アリサはアーロンとブレアの顔を見比べて、同じように首を傾げる。


「アーくんがゆりゆり泣かしたのかと思ってぇ?」


「何でだよ!?」


 アーロンが目を丸くすると、アリサは冗談だよ、と愉快そうに笑う。

 俯いているブレアの前に移動すると、控えめに頭を叩いた。


「ねぇー、ゆりゆりぃ。何してるの?」


「……考え事。邪魔しないで。」


 ブレアはさっとアリサの手を躱しながら素っ気なく答える。

 1人で考えても何も変わらないぞ、と遠回しに言ったつもりだったが、伝わっていなかったのだろうか。

 

「何の考え事ー? リサが手伝ってあげよっかぁ!」


「いらない。」


 やっぱり伝わっていなかったようだ。

 冷たい態度が気に入らなかったのか、アリサはむっと唇を尖らせる。

 距離を詰めたかと思えば、ブレアの頬をぎゅっとつねった。


「やめて、痛いいひゃいんだけど。」


「いつも以上に愛想悪いから、笑わせてあげようと思ってぇー?」


 冷ややかな目を向けられているのに、アリサはにまーっと笑った。

 やめるどころかつねった頬を軽く引っ張る。


「ひゃう、痛いいひゃいって! 爪痛いいひゃい、爪。」


「ごめんー。」


 ブレアがアリサの手を掴むと、流石のアリサでも指の力を抜いた。

 解放されたブレアはふぅっと息を吐く。


「前から思ってたんだけど、爪切らなくて邪魔にならないないの?」


「ならないに決まってんじゃーん、好きで伸ばしてるのに。てか全然長くないよぉ?やりすぎると怒られるから。」


 アリサは可愛いでしょー、とブレアに両手の爪を向けた。

 綺麗に整えられた少し長めの爪は、ピンク色に染まっている。


「オレも前から思ってたんだが、ユーリー、もしかしてネイル知らねぇだろ。あとそれ付け爪な。」


「付け……?」


 アーロンの方を見たブレアは、困ったように顔を顰めた。

 間違いなく知らない反応である。

 

「えぇー知らないの?キョーミなさそうだなぁとは思ってたけど……あ、そーだ!」


 ぱあっと顔を明るくしたアリサは、そっとブレアの手を握った。


「放課後暇?ネイルしたげるよー!」


「しなくていい。」


「駄目!するの!」


 ブレアが静かに目を逸らすと、アリサはむっとしたように頬を膨らませた。

 ブレアの手に向けていた視線を、顔に移動させる。


「爪可愛いと元気出るよぉ。絶対ルーくんも可愛いって言ってくれるし!ね、アーくん。」


「元気出るかはともかく、ルークは騒ぐだろうな。」


 アーロンが深く頷くと、ブレアはきゅっと眉を寄せた。

 全く乗り気じゃなさそうな顔だが、アリサは決まり!と嬉しそうに笑った。


「じゃあ放課後!約束ね!」


「まだやるって言ってないんだけど……。」


 勝手に小指を結ばれ、ブレアは困ったような顔をする。

 アリサはすっかり乗り気で、やめるつもりはなさそうだ。


「いーじゃん、やってもらえよ。」


「絶対面白がってるね。」


 からからと笑うアーロンには、全く止めるつもりがないらしい。

 アリサは既にどんな感じにしようかなぁなどと言ってブレアの手を見ている。


「……1人にさせてほしかったんだけどなぁ……。」


 とうとう諦めて、ブレアは大きく溜息を吐いた。

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