第172話 普通なんだよ、すごく……!

 翌朝、いつもより早く登校してきたルークを見て、クロエは驚いたように目を丸くする。


「おはようルークくん、今日は早――」


「聞いてクロエちゃん~!あとヘンリー!」


 かなり情緒のおかしいルークに泣きつかれ、クロエは戸惑っている。


「はいはいロイドさんを困らせない。あとオレをついでみたいに言わない。」


 ヘンリーは呆れたような顔で溜息を吐くと、「どうしたの?」と話を促す。

 急いでブレアを追いかけて帰っていたが、部屋に戻ってから何かあったのだろうか。


「先輩が変なんだ!」


「変?」


 クロエはうーんと少し考え込んで、困ったように眉を下げる。


「……ユーリー先輩は、始めから変わった人だったと思うよ?」


「だよな!?なのに今日の先輩は変わってないんだよ!」


「変わってない?」


 ルークの言い分に、クロエはますます困ったような顔をする。

 変なのに変わっていないとは。


「変わってない。普通なんだよ、すごく……!」


「普通って、どんな感じだったの?」


 考えてみても、クロエにはそう焦ることとは思えなかった。

 ヘンリーがよく「ルークくんは大袈裟だからなー。」と言っているが、こういうことか。


「まず昨日、歩いて帰った。読み書きも机でしてた。しかも朝7時に起きて、歩いて教室まで行った!」


「へー、珍しいね。」


 ごく普通のことを言うルークに、ヘンリーは疑問もなく相槌を打っている。

 クロエにはよくわからないが、確かブレアは布団で移動してたんだったか。


「普通じゃいけないの?」


 とにかくいつもと違うことはわかったが、そんなに焦らなくてもいいのではないかと思う。

 しかしルークにとってはそうでないようで、真剣な顔で首を横に振った。


「駄目だ。絶対無理してる!」


 ルークには聞いても詳しいことはよくわからなかったが、大抵の奇行に理由があることはちゃんとわかっている。

 つまりそれらをしていないということはかなり無理をしているということで……。


「……全然話してくれなかったし。」


 殆ど口を聞いてくれなかったことも、そのせいだと思いたい。


「喧嘩したの?」


「してない、と思う。けど話しかけても殆ど無視で、でもめちゃくちゃ視線は感じて……。」


 リアムとの話を一向にしてくれないどころか、普通の会話さえ全くだった。

 代わりにふとした瞬間に視線を感じることはあったが、何を考えているのかはわからない。


「先輩が何したいのかはわからないけど……いや、先輩の考えてることは最初っからわからなかったけど!」


「ルークくん鈍いもんねー。」


「どういう意味だそれ。」


 意外とわかりやすいけどなーなどと思って、軽く笑ってしまった。

 確かに何を考えているのかはわからないが、どう思っているかはかなりわかり易いと思う。

 顔に出るタイプではないが、昨日ルークが言っていたように視線に出るのだろうか。


「少なくとも、ルークくんのことは嫌いじゃないと思うな。」


「ヘンリーに何がわかるんだよ。」


「少なくとも嫌われてはないって、誰でもわかると思うよ?」


 元気づけるつもりで言ったのに、疑いの目を向けられてしまった。

 確かにヘンリーはブレアと特別仲がいいわけでも、よく話すわけでもないが、それでもわかる。

 それくらい、ブレアはわかりやすい。


「俺にはわからない。」


 少しむっとしたようにルークが言うと、クロエまでくすりと笑う。


「わたしもそう思うなー。嫌いな人には絶対しないようなこと、いっぱいしてもらってるんじゃない?」


 ルークは腕を組んで考え込み、今までのブレアの姿を思い出してみる。


 普通に話してくれるようになっていた最近と比べれば、1言も話してくれなかった始めに戻ってしまった……気がする。

 だがもしルークのことが嫌いになったなら、魔法でふっ飛ばしてでも追い出される気もする。

 付き合う前の方が多いが、恋人のようなことも色々――。


「……確かに、嫌われてはないかもしれない。けど――先輩って本当に俺のこと好きなのかな!?」


「何でそうなるの!?」


 好きじゃなければそんなことしない、という話だったはずなのだが。

 ルークは何故か自信を喪失してしまったようだ。


「確かに色々いちゃついてる……といっても過言じゃないことはした!でもそれって魔法のためとか、エリカ先輩避けのためなんじゃないかと思えてきたんだ!」


「ごめん、どういうこと?」


 クロエが聞き返すと、ルークは少し顔を顰める。

 ルークは少しの間を置いて、言い辛そうに、しかしきっぱりと言った。


「……俺、先輩に直接好きって言ってもらったこととか、どこが好きとか言ってもらったこと、ない!」


「「そうなんだ……。」」


 2人の相槌がぴったり揃うが、ルークに驚いている余裕はないようだ。

 好きだと聞いたのはエリカと話しているのを盗み聞きした時くらいで、それだって具体的ではなかった。


「冗談とか嘘とか、俺が好き好き言ってるから流された可能性、あるよな……?」


 急に冷静になったのか、おかしくなってしまったのだろうか。

 そもそも俺みたいなキモい男好きにわけなくないか……?

 と、今更すぎることを考えだしてしまった。


「……ちょっと喜ぶかなと思うから言うけど、ルークくんとユーリー先輩って似てるところあるんだね。」


「マジ!?どこ!?」


 ヘンリーが小さな声で言うと、ルークが勢いよく顔を上げた。

 本当に喜んだ……というか想像以上の過剰反応に呆れてしまう。


「……悩むとまともになるところ?」


「俺は元からまともだぞ?」


「今までユーリー先輩に言ったことを振り返ってから言おうね。」


 まともじゃないと思われているから、相談して貰えないんじゃないだろうか。

 と思ってしまったが、流石に言わないでおいた。

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