第171話 俺に何か言うこととか、ないでしょうか?

 ――という会話があったことをアーロンから聞いた。

 とヘンリーに聞き、ルークは不満そうに顔を顰めた。


「……そういうのって、すぐ俺に言うべきだと思わないか!?」


「昼休みに聞かされてなかったんだね?」


 確かにブレアの口数がいつも以上に少なく、何か考えているようだったが、全く聞いていない。

 ヘンリーは昼休みに聞いたと言っている。つまり、ブレアも昼休みに話せたはずだ。

 なのに話題にも上がらないのはおかしいだろう。


「どうりで先輩がいつも以上に不愛想だと……さっきの授業、すごい見られてる気もしたし……。」


「見られるって、誰に?」


「リアム先生じゃない?」


 不思議そうに聞いたクロエに、ヘンリーが呆れたように答えた。

 さっきはブレアとエマの授業だった。

 といってもブレアはいつも以上に無干渉で、エマ(と手伝いのリアム)だけでやっていたが。


「そう。先輩考え事する時めっちゃそれのこと見るから、リアム先生も何か考えてる気がしたんだ。」


「リアム先生と先輩、似てるよなぁー」とルークは沈んだ声で言う。

 クロエは2人の姿を思い出して、首を傾げた。


「わたしはご兄妹だって気が付かなかったな。あれ、血は繋がってないんだったっけ?」


「義兄妹らしいけど本当に似てる時あるんだって……!頭いいし魔法好きだし、考える時の仕草とか全く一緒!」


 顔は似ていないが、趣味嗜好や仕草が似ている気がする。

 少し考え込んだルークは、悲しそうに口を開いた。


「いっそ血の繋がった兄妹ならすんなり俺を認めてくれただろうか……。」


「関係ないと思う。」


 よくわからない悩み方を始めてしまったが、解決する気はあるんだろうか。


「そもそも先輩、何て答えたんだろ……『わかった。』って言ってたらどうしよう、部屋戻った瞬間別れ話とかされたらどうしよう……!」


「そんなに素直な人だっけ?」


 頭を抱えてしまったルークに、ヘンリーは不思議そうに首を傾げた。

 そう簡単に別れたりしなさそうだし、それなら昼休みの時点で別れている気がする。


「超素直だよ!リアム先生と2人っきりの先輩の、野生を忘れた子猫のようなデレようを見たことがないのか……!?」


「あるわけないって。前提破壊が起きてるよ。」


 見たことがあるわけもなければ、全く想像もつかない。

 逆にルークは見たことがあるのか。


「あの2人、誰もいなかったらずっといちゃついてるんだからな!?俺がいても兄妹仲よすぎて空気みたいにされるの結構キツいんだよ……。」


「意外かも……。」


 ルークは悔しそうに言うが、クロエにはやっぱり想像がつかない。

 リアムは世話を焼くのが好きそうだが、ブレアが甘えているのは意外すぎる。


「事実なんだって!『俺とリアム先生、どっちが大事なんですか!?』って聞いたら絶対先生って言う!」


「お義兄さんと彼氏は比べるものじゃないよ、落ち着いて……」


 クロエが苦笑いで宥めても、ルークにはあまり信じられないらしい。

 ブレアが告白を了承したということは、ちゃんとルークの事が好きなのだと思うが、違うのだろうか。

 机に顔を伏せて「先輩~。」と唸っているルークは、かなり悲しんでいるようだ。


「どうしたらいいんだ……うぅ、嫌です先輩ー!」


「僕が何。」


「はっ、幻聴!?」


 頭上から冷たい声が聞こえ、ルークは勢いよく顔をあげる。

 アメシストの瞳にじっと見つめられ、椅子から転げ落ちるように距離を取った。


「え、先輩!?何で……え、何でいるんですか!?」


「……君が全然来ないから、来てあげたんだけど。」


 抑揚の少ない声で言うブレアは、全くの無表情だ。

 その視線が睨んでいるかのようで、機嫌が悪いことは一目でわかった。


「先輩が迎えに来てくれた、嬉しい……!でもまだ心の準備が……!」


「何言ってるの。」


 ぎゅっと目を閉じて呟いているルークを見て、ブレアは首を傾げる。

 そのまま視線をヘンリーの方に移動させた。


「オレじゃなくて本人に聞いてくださいよ。」


「わたしもわからないです……。」


 視線をクロエに滑らせるので、クロエも困ったように苦笑する。

 ブレアはようやくルークの方を向いて、「何」と聞き直した。


「えーと……俺に何か言うこととか、ないでしょうか?」


 椅子には座り直さず、ルークはその場で正座をして聞いた。

 視線が泳ぎまくっていて、全く目が合わない。

 少し考え込んでいたブレアは、真顔のままきっぱりと言う。


「ない。」


「ありますよね!?」


 予想とは真逆の回答に拍子抜けしたらしい。

 ルークはさっきまでの凹みようは嘘のように大きな声を出した。


「……ない。」


「絶対あります!」


「ないって言ってるでしょ。」


 リアムに言われたことを伝えてほしいのだが、話す気は全くないようだ。

 話したくないのか、はたまた話す必要がないと思っているのだろうか。


「リアム先生と何か話したんじゃないんですか?」


 鎌をかけるつもりでそう聞いてみる。

 ブレアは驚いたように目を丸くしてから、心底不愉快そうに顔を歪めた。


「……話したけど、何?」


「それを教えてくださいよ!俺にも関係あることなんじゃないですか?」


 ルークが詰め寄ると、ブレアはますます顔を歪める。

 そのままぷいと顔を背けてしまった。


「関係ない。僕の話だから。」


 それだけ言うと、すたすたと教室を出て行ってしまう。


「……先輩、振る振らない以前に俺と付き合ってるの忘れてるんじゃ……?」


「「それはない。」」


 2人が声を揃えて否定しても、おかしな方向に行ってしまったルークの不安は消えないらしかった。

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