第169話 先輩に、誕生日プレゼントを用意しまして

 全速力で廊下を走ったルークが教室に入ると、ブレアは驚いたように目を丸くした。


「驚いた顔も綺麗です先輩!」


「……そう。」


 なぜか嬉しそうなルークに言われ、ブレアはわけがわからないまま頷く。

 突然入って来たと思えば、突然当然のことを言い出した。


「先輩、やっぱりっていうのはあのー、俺がいるのを予想してたってことですよね?」


「うん、そうだね?」


 そして、突然よくわからない質問をしてきた。

 適当に肯定すると、ルークはますます嬉しそうに目を輝かせた。


「それはつまり、気になって予想してしまうくらい俺が来るのを待っててくれてたってことですよね!?」


「いや、それは違――」


「好きです!」


「話聞いて。」


 否定しようとしたが、すっかり有頂天で聞いていないようだ。

 大きな声で告白(?)をされて、ブレアは呆れたように眉を寄せる。


「俺も1分1秒でも早く先輩に会いたいと思ってました!」


「そのわりには、随分長い話だったみたいじゃないか。」


 ブレアが少し頬を膨らませると、ルークはぱちぱちと目を瞬いた。


「先輩、聞いてたんですか?」


「……聞いてないよ。キコエルワケナイデショー。」


 少し押し黙ったブレアは、さっと目を逸らした。

 どちらかと言うと聞いている反応に見える。


「え、まさか先輩が盗聴……!?そういう魔法が……?」


「……してない!」


 きっぱりと言ったブレアが身体ごとそっぽを向いてしまった。

 そういうことができる魔法がない……ことはないのだが、別に盗聴などしていない。


「そうですか……。」


「何で残念そうなの。」


 小さな声で返事をしたルークは、残念がっているように見える。

 ブレアには考えが全くわからず、不満そうに首を傾げた。


「だって盗聴するほど俺のこと好きってことかと思ったので……!俺は四六時中先輩が何してるのか知りたいくらい好きですよ!」


「はいはい煩い。」


 大きな声で謎の主張をするルークを、ブレアはささっと手を払って制した。

 今日1日何だかぎこちないと思っていたが、すっかりいつも通りのようだ。


「ルーくん、プレゼントのこと言えた?」


「はっ、まだです……!」


 ヘンリーと一緒に教室に入ってきたアリサが、くすくすと笑いながら聞いた。

 ルークが正直に答えると、「つまんなぁい。」と頬を膨らませる。


「ほら言って!はっきりしない男はモテないよぉ~?」


「ぐっ、わかってはいるんです……。」


 謎の奇声を発したルークは、よろよろとブレアに向き直る。

 冷めた目で見られているのは気にしないことにして、恐る恐るブレアを見た。


「えー……先輩に、誕生日プレゼントを用意しまして。」


「うん。ありがと?」


 身体を縮こまらせて言うルークを見て、ブレアはこてんと首を傾げた。

 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、どうしてこんなにもったいぶるのだろうか。


「用意はしたんですけど……せ、センスないといいますか、我ながらチョイスがキモくてですね」


「そんなこと、今更気にしなくてもいいのに。君が気持ち悪いのはもう慣れたよ。」


「色んな意味でありがとうございます。」


 さらりと言うブレアに向かって、ルークは深々と頭を下げた。

 色んな意味、がどういう意味かはわからないが、何故か感謝されてしまった。


「それで、そのルークくんでも気づくくらいキモいプレゼントって何なの?」


「確かに、自覚するって相当だよね。」


 興味本位でヘンリーが促すと、ブレアがはっと少し目を見開いた。

 そう考えると少し怖くなってきたかもしれない。


「で、何?場合によっては受け取り拒否するかもしれない」


「そういうこと言われると言い辛いです!」


 冗談――かと思ったが、ブレアの顔は無表情。

 読みづらいが、本気で言っているのは間違いないだろう。


「そういうのいいから。」


「うぅぅ、えーと……。」


 ジト目可愛いな、なんて思う余裕もなく、静かに回答を迫られている。

 追い詰められていることを悲しむべきだろうか、興味を持ってもらえたことを喜ぶべきだろうか。


「気になるんだけど。」


「……言っても引かないでくださいよ?」


 それは場合による、とは思いながらも、ブレアは小さく頷いた。

 全く想像つかないが、驚くほど気持ち悪い何かなら引くかもしれない。


「うぅー。」


 謎の声を発しながら考えていたルークは、ふーっと大きな息を吐いた。

 謎の声よりも数段小さな声をぽつりと零す。


「……――です。」


「へぇ……。」


「え、何て?」


 ブレアは普通に反応しているが、ヘンリーとアリサには聞こえなかった。

 遠慮なく聞き直すアリサを、ルークは恨めしそうに見つめた。


「服だって。」


「……そうなんだぁ。」


「何ですかその微妙な反応!」


 一向に話さないルークの代わりに、ブレアがあっさりと答えた。

 ルークはばっと顔を上げて、大きな声を出した。


「反応に困るものだったなって。重い。」


「キモい~って言うほどじゃないけど、キモくないわけじゃない、みたいなぁ?」


 若干引いているヘンリーとけらけらと笑っているアリサは見なかったことにして、ブレアの方を見る。

 普段と変わらない表情をしていて、いいのか悪いのかわからない。


「エマ先輩に相談して、そういえば先輩が私服着てるとこ見たことないなと思いまして……。」


「うん、面倒だからね。」


 ルークとしては、ブレアの私服など可愛いに決まっているし絶対見たい。

 だがブレアは休日だろうといつも部屋着か制服を着ていて、私服を着ているところを見たことがなかった。

 エマに『使うけどブレアが持ってなさそうな物にしたらいいんじゃない?』と提案され、最初に思いついたのがこれだった。


「気に入らなかったら着なくてもいいんですけど、エマ先輩に見てもらったからおかしくはないと思うので……。」


 だんだん自信がなくなってきたのか、ルークの顔が下がっていく。

 はあっと息を吐いたブレアは、指先でそっとルークの顎に触れ、無理やり前を向かせた。


「はっきりしてよ、面倒。」


「先輩……。」


 大きく目を見開いたルークが、呼吸のついでのように呟く。

 顔を叩くように両手で覆い隠し、ぐらりと後ろに倒れた。


「え、何、どうしたの?」


 突然の奇行に驚いたブレアは、傍でしゃがんで様子を伺う。

 じっと見つめると、指の間から覗く顔が真っ赤になっているのがわかった。


「そういうこと軽率にしないでください!心臓が持ちません!!」


「えぇ、何それ……?」


 そういうこと、とはどういうことなのだろうか。

 呆れたように眉を寄せたブレアがヘンリーの方を向くと、「多分ユーリー先輩が悪いです。」と言われてしまった。

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