第167話 僕の彼氏は、何してくれるのかなーって

 先週のルークは、3月14日――つまりホワイトデーの準備をしていたのだと思っていたのだが……違っていたらしい。

 どころか忘れていたらしく、散々騒いでいて煩かった。


「……機嫌いいね?」


 部屋に帰ってからも、ルークはずっと上機嫌だった。

 何時間も1人ではしゃいでられるのは、ある意味尊敬する。


「いいに決まってるじゃないですか!先輩から!ネクタイ貰ったんですよ!?」


 有り得ないことのように言うルークだが、ブレアだってバレンタインに貰えばホワイトデーで返す。

 今まで何もしなかったのは、貰っていない(返品している)からだ。


「今日は制服脱ぎたくないです……一生ネクタイしてたい。」


「あげなきゃよかったかも。」


 呆れたようにルークを見るブレアは、少し贈ったことを後悔した。

 セーターを譲った時も、こうして数日は騒いでいた気がする。

 喜んでもらえるのは嬉しいが、ここまで喜ばれると煩わしい。


「何でですか!?あ、俺が何もしてないからですか?それは大変申し訳ありません。」


 はっとしたルークが、すぐに深々と頭を下げた。

 ブレアの誕生日に気を取られて、すっかり忘れてしまっていたのだ。


 付き合って始めての恋人っぽいイベントだったのに……!

 と思う反面、ブレアがちゃんと覚えていてくれたことが嬉しくて堪らない。

 何だか逆な気がするが、嬉しいので細かいことは気にしないことにする。


「いいよそれは。準備って、僕の誕生日のことだったんだ?」


「はい。先輩、ホワイトデーのことだと思ってたんですね……?」


 バレてしまったと思っていたのに、バレていなかったらしい。

 ルークの頭からはホワイトデーが抜けていたが、ブレアの頭からは誕生日が抜けていたのだろうか。

 普通、誕生日は忘れないと思うが。


「だって、君に誕生日教えてないし……。先生くらいしか知らないはず。」


「エマ先輩に教えてもらいました!」


 眉を顰めたブレアは、エマの名前を聞いて溜息を吐いた。


「エマ先輩に『もうすぐブレアの誕生日じゃない?何するの?』って聞かれて、めちゃくちゃ焦りましたよ……。」


 当然のように聞かれたが、知らないのだから勿論何も用意していなかった。

 絶対に祝いたいとは思っていたので、エマにすごく感謝している。


「エマか……。エマに教えたっけなぁ。」


 教えた覚えはあまりないが、エマなら聞いてきそうだし教えたのかもしれない。

 たまに、そこまで仲良くないクラスメイトの誕生日でも祝っているのを見かける。


「俺、センスなさすぎて何選んだらいいか全然わからなくて!エマ先輩にアドバイスを貰ってた、というわけなんです……。」


「成程。殆どエマが考えてそうだね。」


「何でわかったんですか!?」


 ブレアの鋭い言葉が、痛いところを突いてきた。

 ちゃんと考えた。ちゃんと考えたが……ほぼエマが選んだ気がする。


「秘密。」


 何故わかったか、と聞かれれば、今日のブレアがそうだったからだ。

 初めて気づいたのだが、プレゼントを選ぶのは中々難しい。


「先輩、秘密多すぎませんか?」


「いいでしょ別に。君だってサプライズとか言ってるんだから。」


 少々不満そうに言われ、ブレアはふいと顔を背けた。

 そんなに多いつもりはないが、確かに言ってないことは沢山ある。

 話したくないわけじゃない。機を見て話すつもりだ。


「それより君、魔法試させてくれるって言ったよね?何しよっかなー。」


「言いましたけど!どっちかと言うと明日を楽しみにしてほしいんですが……!」


 わくわくしているのか、ブレアの声が少し嬉しそうに弾んだ。

 ルークとしては誕生日を楽しみにしてほしかったのだが、ブレアには魔法の方が魅力的なようだ。


「明日?うーん、そうだね。明日も楽しみにしてるよ。」


 こてんと首を傾げたブレアは、ルークを見て微笑んだ。

 柔らかく細められた目に、ドキッとしてしまう。


は、何してくれるのかなーって。」


「えっ……えぇーっと、あんまり……期待しないでください……。」


 一気に顔を赤くしたルークは、誤魔化すように顔を隠した。

 “僕の彼氏”という響きが慣れなくて、くすぐったい。

 ブレアでもそんなことを言うんだなと思うと、どうしようもなく嬉しくなった。


「楽しみにしててって言ったのに。」


「言いましたけど、先輩の好みとか全然わからなくて……喜んでもらえるかわからないんですよ!」


 真面目に考えたのだが、ブレアの好きな物など魔法しか思いつかなかった。

 かといって魔法関連で贈り物を思いつくわけもなく、完全に主観で選んでしまった。

 エマに意見を仰いだから大丈夫だと思うが、ブレアの期待に応えられる理由は――正直に言うと、ない。


「そっか。僕は何でも嬉しいけどな。」


「そうなんですか!?めちゃくちゃ意外です……。」


 大袈裟な程驚かれ、ブレアは呆れたように顔を顰めた。


「むしろ先輩なら何も嬉しくないかと思ってました。」


「何それ……別に物で決めてるわけじゃないから。」


 目を丸くしているルークは、何もわかっていないようだ。

 視線が煩くて、ずっとブレアのことを見ているはずなのに……全然、わかってない。


「……これも、秘密にしておこうかな。」


「ええっ、何ですか!?」


 喜ばれすぎても面倒だし、言うのはなんとなく気恥ずかしい。

 不満そうなルークを見て、ブレアは小さく笑った。


「秘密って言ったでしょ。気になるなら自分で考えて。」


「難しいです!」


 考えても全くわかる気がせず、ルークは降参する気満々だ。

 馬鹿なのか自信がないのかは知らないが、とにかく情けない。


「うーん、わかりません……。」


「はいはい、頑張ってねー。」


 真剣に考え込むルークに、ブレアは適当な答えを返した。

 いつまでたってもわからなそうで、面白いなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る