第165話 暇なら彼氏に構って貰え

 何故かじっと見つめてくるブレアは、何を考えているのかさっぱりわからない。

 気が付かないフリをしているのだが、流石に気まずさに耐えられなくなってきた。


 そろそろ帰りたいし、教室から出て行ってしまおうかと思い席を立つ。


「……えー、ユーリー……さん?何か用デスカー?」


 ――と、引き留めるように手を握られた。

 渋々ブレアの方に目を向けて、ぎこちなく首を傾げる。


 どういう行動なのか全くわからない。

 どう声をかければいいのかわからず、何故か敬語になってしまった。


「……帰っちゃダメ。」


「何でだよ。帰らせろ。」


 ますます意味がわからず、アーロンは面倒になってぱっと手を払う。

 諦めが悪いのか、代わりにブレザーの裾を掴んできた。


「マジで何?何がしてぇの?」


「君を帰したくない。」


 聞けば聞くほど意味がわからないのだが、どれだけ説明が下手なのだろうか。

 顔を顰めると、ブレアは困ったように眉を下げた。


「そんなに帰りたいなら、僕の部屋に来てくれたらいいから。」


「行かねぇよ!?行くわけねぇだろ行けねぇよ。」


 つい声が裏返ってしまうと、ブレアは不思議そうな顔をした。


「何で。前弟さんと来てたでしょ。」


「ルークに呼ばれんのと、お前に呼ばれんのは違ぇだろっつー話だよ!」


 再びブレアの手を振り払い、アーロンは仕方なく席に着く。

 ヘンリーが来たらまた何か言われそうなので、早く話を終えてしまいたい。


「大体、まず何がしてぇのか教えろっつってんだろ!?」


 ブレアはアーロンの隣に座って、少し考える素振りを見せる。

 むっとしたような顔で、ぽつりと呟いた。


「暇潰し。」


「オレを都合のいいオモチャか何かだと思ってんだろ、いい加減にしろよ。」


 本当に友達いないんだな、と失礼なことを考えながら眉を顰めた。

 暇だからと言って、よくわからない絡み方をしてこないでほしい。


「つーか、何でオレに言うんだよ。暇なら彼氏に構って貰え。」


「その彼氏がどこか行ったから、君に頼ってるんだよ。」


 そういえば何故ブレアが教室にいるのだろうか、と今更疑問に思った。

 普段ならもっと早くに迎えに来たルークと一緒に帰っているはずだ。


「どうせすぐ戻ってくんだから、大人しく待っとけよ。オレといたら浮気だの寝取られだの言われんぞー。」


 話を終わらせようと言うと、ブレアがむっとしたように唇を尖らせた。


「そのすぐ浮気とか言い出す彼が、エマとでかけるのは浮気じゃないの?」


「――はぁ?」


 ルークが?エマと?出かけた?

 全くブレアの言っていることが理解できず、アーロンは眉を寄せた。


「今日はエマと出かける約束があるから先に帰っててって、言われたんだけど。」


「マジで言ってんの?はぁ?アイツそれどーゆー……。」


 悲しそうな顔をするブレアを見て、アーロンは額に手を当てる。

 ルークがブレアより予定を優先するとは、かなり意外だ。

 ルークのことだから浮気じゃない、と断言はできるが、不安になるブレアの気持ちもわからなくはない。


「意味わかんないんだけど。買い物とか言ってたけど何するわけ?」


「知らん。オレに聞くな。」


 素っ気なく返すと、悲しそうな顔をされた。

 安心させてあげたい気持ちはあるが、知らないものは知らない。

 どうしようかと考えて、「まー大丈夫だろ!」と楽観的に言った。


「アイツ、キモいほどお前好きだろ。浮気とかゼッテーしねぇって!」


「わかってるけど……彼チョロいでしょ。」


 チョロいと思ってしまうのは、ブレアのすることなら何でも過剰反応するからだろう。

 確かにガードが固い方――ではなさそうだが、ブレアが思うほどじゃないと思う。


「大丈夫だって。お前最近可愛くなったし、目移りできねぇだろ。」


「可愛くなった?」


 アーロンの言う事が理解できなかったようで、ブレアはぱちぱちと目を瞬いた。

 不思議そうにしているブレアを見て、さらりと肯定する。


「可愛くなったろ。前はもっと不愛想だったし。人間らしくなったつーか……何か、楽しそうで可愛いよ。」


「……そうかな。」


 ブレアは頬に指を添えて、こてんと首を傾げた。

 アーロンの思った通り、あまり自覚はないらしい。


「なったなった。口説いときゃよかったって、ちょっと後悔してる。」


「僕は嫌だけどね。」


「可愛くねぇー。」とアーロンが笑うと、ブレアも少しだけ口角を上げた。

 ひとまず、悲しそうな顔ではなくなった。

 素直になったな、とも思うのだが、ルークの前でもそうなのだろうか。

 昼休みはわざと素っ気なくしているように見えたが、2人きりなら、案外甘えていたりするのだろうか。


「……キモー。キモすぎて最早笑える。兄貴キモーい。」


 ほっとしていると、少し離れた所から棒読みの野次が飛んできた。

 焦って目を向けると――軽蔑するような目を向けてくるヘンリーと、頬を膨らませたアリサがいた。


「ミニアーくん、余計なこと言わないでよぉ、いいとこだったのに!」


「やめてくださいその呼び方。」


 アリサが悔しそうに抗議すると、ヘンリーは冷たい目のまま言った。

 珍しい組み合わせ――というかヘンリーがいることに、アーロンはかなり驚いている。


「は……?お前ら何してんの?」


「ミニアーくんが来たからー、一緒に観察してたよぉ。」


 目を丸くしているアーロンに、アリサがくすくす笑いながら答える。

 アーロンはすぐに席を立ち、軽蔑してくる弟への言い訳を考える。


「待てヘンリー、これは口説いてたわけじゃなくてだな。」


「マジでキモい。人の彼女口説くとかサイテー。言うことやること全部キモい。」


 アーロンが近づくと、ヘンリーは呟きながら距離を取った。

 ヘンリーに言わせれば、必死で誤解を解こうとしてくることが一層気持ち悪い。


「ねーねーゆりゆりぃ。」


「……何。」


 ちょっと笑いそうになっていると、アリサが近づいてくる。

 ブレアが唇を結ぶと、ひそひそと囁いてきた。


「本当にアーくんに乗り換えちゃうっていうのは――」


「ない。」


 ブレアにきっぱりと断られ、アリサは「つまんなーい。」と頬を膨らませた。

 相変わらず変なことを聞いてくる。


「……そういえば。君は何でそんなに僕とアレを恋仲にしたいのかな。」


 付き合っても言ってくるんだな、と思うと、ふと根本が気になってしまった。

 アリサは考える素振りを見せてから、真っ直ぐにブレアを見つめた。


「だからぁ、推しカプだって言ってるじゃーん。」


 アリサはへらっと笑って、アーロンの方に目を向けた。

 何度聞いても、ブレアにはよくわからなかった。

 ただ、ルビーのような瞳が言葉に似合わず暗い色をしていて――何となく、変だなっと思った。

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