第164話 そんなに意識してない!

 2年前のブレアは、あんなことを言っていたっけ。

 あれから誰に対しても――特に、自分に好意を抱いてくる相手には冷たく当たっていて、ちょっと助言したことを後悔したのだが。


「お前……ルークと付き合ったって、ガチ?」


 移動教室中、たまたま会ったルークにうっきうきで報告された情報の真偽を、一応確かめてみる。


「……うん。」


 アーロンが聞くと、ブレアは頬を赤くして……その顔を隠すように顔を背けた。


「はぁ!?マジかよ、言えよ!」


 周りこんで目を合わせると、ブレアはむっとしたような顔で俯いた。

 勝手に手に力が籠って、掴んだスカートに皺が寄る。


「言えるわけないでしょ。……恥ずかしいから……!」


「……マジか……。」


 消え入りそうな声で言ったブレアの顔が、ますます真っ赤になっている。

 潤んだ瞳を見て、ドキッとしてしまった。

 まさかあのブレアにこんな顔ができるなんて。

 驚きすぎて、笑いが出る。


「どっちから告った?結局ルーク?」


「うん。言わせた。」


 言わせるくらいなら、自分から告白すれば簡単だっただろうに。

 どんな感じだったのかさっぱり見当もつかないが、普通にいつもの調子だったのだろうか。


「どんな感じだった?やっぱノリと勢いか?」


「……ううん。」


「待って、私もそれ聞きたい!」


 ニヤニヤと笑ったアーロンが聞くと、少し離れたところにいたエマが寄って来た。

 そんなに声を大きくしたつもりはなかったが、騒がしかっただろうか。


「ブレア、付き合ったのよね!?おめでとうー!どんな感じ!?」


 キラキラと目を輝かせたエマから、ブレアはすっと視線を外す。


 話す気がなさそうなブレアを、アーロンが「教えろ。」と急かしてみる。

 両手で熱い頬を包んだブレアは、渋々といった様子で口を開いた。


「美人とか、綺麗とか、可愛いとか、いっぱい褒められて……それで、どうしようもないくらい、好きです、って……。」


「きゃー、素敵!キュンキュンしちゃう~!」


 エマが反応すると、一気に恋バナ感が増す。

 急に女子会みたいな雰囲気になった。

 いつもなら「騒がれると冷静になれるね。」なんて言いそうなブレアだが、顔を真っ赤にして「やめて。」と抗議している。


「どうしてー?いいじゃないっ!」


 何が駄目なの、と言いたそうにエマが首を傾げた。

 不満そうな目を向けていたブレアが、堅く唇を引き結ぶ。


「言えねぇの?」


 呆れたようなアーロンに言われ、ブレアはこくりと頷く。

 言わないのなら、好き勝手に想像するだけなのだが。


「……あ。」


 少し考えたアーロンが、ブレアを見て口角を上げた。


「はっ、わかった。自分がキュンてきたの言い当てられたからだ?」


「――やっ、違ッ……ぅよ!?」


 目を見開いたブレアが、無理矢理跳ねた言葉の勢いを殺した。

 完全に図星の反応だ。


「何それー!ブレア、かぁわいいっ!」


「可愛くない!」


 キラキラッと瞳を輝かせたエマが、ぎゅっとブレアを抱きしめた。


「素敵ー!ルークくんかっこよかった?」


「……意気地なかったね。」


 ブレアは素っ気なく答えるが、照れ隠しにしか聞こえない。


 聞いていたなら、すぐにと告白してくれればよかったのに。

 妙に注意深いと言うか、覚悟を決めるのが遅かった。


「そんなこと言っちゃって、オッケーしたんでしょ?どこがよかったのー?」


 ブレアは気まずそうに目を逸らす……が、エマの期待に満ちた視線が痛い。

 観念して、小さな声で答えた。


「……真っ直ぐだったから。」


「ざっくりしてんなー。」


「煩い。」


 呆れたように言われ、ブレアはむっと唇を尖らせる。

 まるで思考が透けて見えるようで、アーロンは楽しそうに笑った。


「文句言ってるわけじゃねぇって。こないだみてぇに、直になりゃいいのに。」


「煩い!」


「はいはい全ー然怖くねぇ。」


 きっと睨みつけられるが、あまり厳しそうには見えない。

 本当に、丸くなったと思う。


「ははっ、マジでお前最高!楽し!」


「僕は楽しくない。」


 エマがくっついていなければ、拗ねてどこかへ行っていそうだ。

 今までのブレアからは想像がつかない顔をしていて、見ている分には本当に楽しい。


「ルークのどこが好きなんだっけなぁー?」


「……知らない。」


「あんだろ、ほら言ってみろよ。」


「言わない。」


 煽るように言われ、ブレアは逃げるように顔を逸らした。


「教えてよ、気になるー!」


「言わないから!」


 ないと思っていたのか、エマが目を丸くした。

 雰囲気で好きになったか、流されたと思っていたのだろうか。


「えー、教えてくれてもいいじゃない!」


「嫌だ。秘密。」


 秘密にされると、余計に気になってしまう。

 アーロンは知っているように見える。

 私だって友達なのにな、と、ちょっと妬けてしまう。


「変わりに言ってやろうか?ルークの好きなところは――」


「死にたいの?」


 アーロンが小声で言おうとすると、冷ややかな目を向けられた。

 必死なのが手に取るようにわかって、アーロンは大声で笑った。


「お前マジで……面白すぎだろ……!」


「は?どこが?」


 全然面白くない、とブレアは不満そうにしている。

 自覚がないのか、強がっているのかどっちだろうか。


「面白ぇよ。ちょっと話すだけでルークのこと意識してんだなーてわかるから。」


「はぁ!?そんなに意識してない!」


 少しブレアの声が大きくなって、アーロンは楽しそうに大笑いしている。


「ソレだよ、顔赤ぇし。なぁエマ?」


「そうねー、ブレア可愛いっ!」


 魔道具を見ていたエマは、にこにこ笑顔でブレアを見る。

 微笑ましい、なんて思っていそうだ。


「~っ、可愛くない!」


「――何言ってるんですか?先輩はいつでも可愛いですよ!?」


 ブレアがぷいと顔を逸らすと――真剣な顔で訴えてくるルークと目が合った。


「可愛くな――え、ルークっ!?」


 反射的に否定しようとしたブレアが、驚きで肩を跳ね上げる。

 一気に顔の温度が上がったのを感じて、さっと両手で顔を覆う。


「はい、ルークです!先輩の彼氏やらせていただいてますルークです!あとアーロン先輩、ヘンリーが教室来いって言ってました!」


「マジか!?行くわ。」


 名前を呼んでもらえたことが嬉しいらしく、ルークはキラキラと顔を輝かせて言った。

 さっき入って来たのだろうが、全く気が付かなかった。


「……そうだね。」


 ブレアはこほんと咳払いをして、赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 照れてるなぁ、と、エマが楽しそうに見てくる。


「あっち向かないでくださいよ!?彼氏の俺とお弁当食べましょ!」


「そんなに強調してこなくても……。」


 頬に手を当てて冷ましたブレアが、ようやくルークの方を向いた。

 さっきまであんなに取り乱していたのに、すっかり平常だ。


「へぇー、あんまりイチャつかねぇんだ?」


 教室を出て行こうとしていたアーロンが、意外そうに言う。


「先輩はそこが魅力なんですよ!クールといいますか、ツンデレといいますか……!」


「ふーん。」


 口角の緩み切ったルークを、ブレアは真顔で見ている。

 確かにここだけ見れば、クールに見えるかもしれない。


「その顔も好きです先輩!尊い……この人と付き合ってるとか幸せすぎる!」


「よかったわねー。ブレアもルークくんも嬉しそう!」


 感極まっていたルークは、エマに言われて不思議そうに首を傾げた。

 ルークは勿論すごく嬉しいのだが、ブレアが嬉しそうかと言われると――あまりそうは見えない。

 全くそうは見えないが、エマの言う通りであってほしい。


「先輩今日放課後何か予定ありますか?なかったら実質お家デート――」


 ブレアも嬉しいなら、完全にお家デート成立だろう!

 などと思って、早速予定を尋ねてみる。


「ルークくん、今日って……。」


 ブレアが答える前に、エマが困ったように声をかける。

 一瞬きょとんとしたルークが、「あ!」と大きな声をあげた。

 何か考えているのか、無言で固まってしまう。


「……すみません先輩!」


「何、急にどうしたの。」


 それから、勢いよく謝った。

 突然頭を下げられ、ブレアは若干戸惑っているようだ。

 ルークはそろりと顔を上げ、言い辛そうに口を開いた。


「俺、今日エマ先輩と出かける約束がありまして……先に帰っててください!」


「――は?何で。」


 途端に、一気にブレアの声のトーンが下がった。

 完全に不機嫌――というか怒っているが、ルークは一言、「内緒です!」とだけ答えた。

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