第163話 近づかれる前に幻滅させりゃいいだけだろ?

 学校生活にも慣れてきた、1年生の秋の終わり頃。

 ブレアとは自然に、殆ど話さなくなってきた――のだが。


「もしかしてアーロン……ユーリーさんのこと狙ってる?」


「はぁ?んなわけねぇだろ!」


 ぼーっとしていると、友人がクスクスと笑ってきた。

 意味がわからず、アーロンは顔を顰める。


「いや、今めっちゃユーリーさんのこと見てたじゃん。お前ああいう子好きそーだし。」


 暇だなーと思っていると、つい視線がブレアの方を向いていたのだ。

 今更自覚して、アーロンが少し顔を赤くする。


「好きじゃねぇから!?マジでアイツなんか好きなわけねぇだろ!」


 アーロンの声がわかり易く裏返って、友人は声を出して笑った。

 好きにしか聞こえないが、頑なに否定する。


「つーか、オレ彼女できたって言ったろ?」


「先月別れたんじゃなかった?」


「その後できたんだよ。ジュンには言ったと思ってたな。」


 きょとんとしている友人――ジュンを見て、アーロンは不思議そうに首を傾げた。

 完全に初耳だったようで、ジュンは目を丸くする。


「え、誰?リサちゃんだったら縁切るかも。」


「取らねぇって。んなに好きなら口説いて来いよ。」


 何度言われた冗談だろうと思いながら、呆れたように息を吐く。

 アリサは可愛いと思うが、友人の好きな人を取る気はない。


「まあまあ。それより何で別れたの?続きそうだったのに。」


「予想は振られた。」と付け足して、ジュンは楽しそうに笑った。

 事実だから否定はできないのだが、笑うことないと思う。


「……他の女見すぎって言われた。」


「うわー、ぽい~!」


 バツの悪そうに言いながら、アーロンはそっと目を逸らす。

 ツボに入ったのか、ジュンはけらけらと笑いだした。

 ちゃんと一途に向き合っていたつもりだったのだが、何故かすぐに振られてしまったのだ。


「そりゃそうなるだろー。今もめっちゃユーリーさんのこと見てたじゃん。」


「は?他の女ってアイツのことか……?女じゃねぇんだからノーカンだろ……。」


 ようやく合点がいったようで、アーロンは頭を抱えてしまった。

 時折ブレアのことを見ていたのは認めるが、“他の女”ではないだろう。


「クラス違うから知らなかったんじゃ?それに、お前が女の子として見てる可能性は捨てきれない……。」


「今すぐ捨ててくれ。」


 重い頭を上げたアーロンは、気怠そうに頬杖を突いて――また、ブレアの方を見た。


「やっぱ好きなんだ?」


「違ぇってキメェな。……アイツ、友達いねぇのかなーって見てただけだよ。」


 ブレアはずっと本を読んでいるか、寝ている。

 ずっと1人で過ごしていて、誰かと話しているところは殆ど見かけない。


 話しかけられても、少し言葉を交わすだけだ。

 最も、大抵がみるからにそういう目で見ている男なので、無理もないが。


「マジでセンスねぇよなアイツら……可愛くても男だろ。」


 アーロンが言うと、ジュンは少し考えて――いい答えを思いついたようで、得意気に答えた。


「男子に変身できる女子、ならアリ説?」


「ねぇ。」


 その説が本当でも、ブレアは該当しない。

 まあ、ブレアのことを“男になれる女”だと思っているのなら、納得できなくはないが。


「……何となく箱入りーって感じだったが、1人で平気なんだか。」


「気になるなら、絡み行けばいいじゃん。」


 こうして見るとしっかりしていそうに見えるが……何というか、危なっかしい奴だった。

 気になる、気になりはするのだが――絡みに行っても、面倒なだけだろう。





 放課後、忘れ物に気が付いたアーロンは、仕方なく1年の教室があるフロアに戻って来た。

 職員室に鍵を取りに行ってもなかったのだが、誰かまだ残っているのだろうか。


 しんと静まり帰っている廊下に、足音が響く。

 他の教室は施錠されているが、Sクラスだけはドアが開いていた。


 入る前に、そっと中を覗いてみる。

 多分、同じクラスの人じゃない。

 見覚えのない男子生徒が、誰かを床に押し倒していた。


(……うっわ気まず。ダルすぎだろ……。)


 完全に“そういう雰囲気”で、流石にこの中に入っていく気にはなれない。

 忘れ物を取るだけなのだが、バレずに入るのは無理だろう。

 誰もいないとはいえ、教室でいちゃつかないでほしい。


 時間を置いて出直そうかと、一旦教室を離れようとして――床に寝転んでいる者が、長い銀色の髪の持ち主であることに気が付いた。


「……何してんの?ソイツ、嫌がってんじゃね?」


 変な正義感が働いたのか。

 気が付いた途端、つい声をかけてしまった。

 慌てたように身体を起こした男子生徒が、アーロンの方を見る。

 きつく目を閉じているブレアを見て、アーロンはむっと眉を寄せた。


「嫌がってんだろやっぱ。」


 ひらひらと手を払ったアーロンは、ようやく教室に足を踏み入れる。

 ブレアの横にしゃがんで、男子生徒を睨んでやった。


「続きやりてぇなら、コイツ口説き落として部屋にでも連れ込むんだな。ま、無理だと思うが。」


 バツの悪そうな顔をした男子生徒は、気まずそうに教室を出て行った。

 ふっと息を吐いたアーロンは、全く動かないブレアに目を向ける。


「何で嫌って言わねぇの?」


「…………言ったよ。」


 腕で顔を隠したブレアが、小さな声で呟いた。

 その声が震えていて、コイツでも怖いんだな、なんて思った。


「もっと言え。デケェ声出したら誰かに聞こえるかもしれんし、暴れればいい。アイツだって、そこまで無理強いはしねぇだろ。」


 ブレアは殆ど動かないまま、小さく頷いた。

 魔導書を読んでいるうちに寝てしまっていたようで、起きたら、隣にあの人がいた。


「わかってる……けど、声でなくて、動けなかった……。」


 ブレアは他人が怖いわけではない。遠慮もしない。

 けれど好意を囁かれると、何もできなかった。

 どろどろとした言葉が纏わりついて、口を塞いでくるようだった。


「魔法は?ぶっ飛ばせばよかっただろ。」


「1年は授業以外での……魔法使用、禁止。」


 ブレアの答えを聞いて、アーロンは意外そうに目を見開く。

 正当防衛だと思うのだが、意外と真面目なようだ。

 真面目というより、堅いのだろうか。


「んなとこで寝てねぇで、寮室戻れよ。」


 呆れたように言うと、ブレアはようやく顔を見せて、疲れたような顔でアーロンを見た。


「そのうち……帰る。気にしないで。」


「動けねぇの?」


「……そんなとこ。」


 何も気にしていなさそうなのに、意外と繊細なんだなと思った。

 余程怖かったのか、はたまた何か別のものが影響しているのだろうか。

 ブレアを見ていたアーロンが、そっとその身体に触れた。


「触らないでっ!?」


「デケェ声出せんじゃねぇか。それやりゃよかったのに。」


 余程驚いたのか、ブレアの身体がびくりと跳ねた。

 寮室まで送って行こうと思っただけなのに、驚くほど拒否されてしまった。


「君だから言えるの。」


「オレなら何言ってもいいとか思ってんなよ。」


 ひょいとアーロンに抱えられ、ブレアは不満そうな顔をした。

 それから、困ったように曇らせる。


「……君は、気持ち悪くないんだ。あんまり好意を感じないから。」


「はぁ?」


 意味がわからない、とアーロンが眉を寄せる。

 ブレアが、晴れないままの目でアーロンを見た。


「好きって気持ちが、気持ち悪いの。」


「へぇ。変わってんな。」


 歩き始めたアーロンが、不思議そうに目を丸くした。

 好かれることは、嬉しいことだろう。

 価値観は人それぞれだと言うが、ここまで真逆だとは思わなかった。


「なら、好かれなきゃよくね?」


 アーロンは軽いノリで言ってみた。

 小さく首を傾げたブレアが、「どうするの?」は聞いてくる。


「気持ち悪いなら、そうはっきり言えばいんだよ。近づかれる前に幻滅させりゃいいだけだろ?」


 静かに、大人しそうに黙っているから、可憐な花のようだから、変な虫が寄り付くのだ。

 きっとブレアの容姿と、その美しさに隠れた神秘に惹かれている。


「それで嫌になんならそれまで。それでも寄ってくんなら……関わんなって、デカイ声で言ってやれ。」


「……そういうもの?」


 考え込んでいるのか、ブレアは静かに頷いた。


「んなもんだろ。」


「……そっか。」


 納得したのかはわからないが、ブレアはもう一度小さく頷く。

 もう大丈夫かと思い、アーロンは少し口角を上げた。


「いけるいける。それでも何かあったら、オレに言えよ。何とかしてやるから。」


 関わらないつもりだったのに、アーロンは少し機嫌よく言った。


 ブレアに、『好意を感じない』と言われて、安心したからだ。

 やっぱり、ちゃんと好きじゃない。

 何でもないクラスメイトなら、たまには絡んでやってもいいかな、なんて思えた。

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