第159話 どうでもいい、ことにしませんか?
終わった、終わったとばかり言っているルークに、ヘンリーは呆れたような目を向けた。
昼休みの終わりの自分の言動を悔やんでいるようで、修学旅行の時以上にじめじめしている。
「はぁ……終わった、先輩に嫌われたぁー!元々好かれてなかったけどさぁー!」
「ルークくん、終わったって言うの何回目?何回終われば終わるの?」
終わった、と何度も聞いた気がするが、言う割にはブレアと同室を辞めたりはしないのか。
気まずいのか知らないが、ブレアに何も言わずにヘンリーの部屋に来たらしい。
ルークがブレアを避けるなど、珍しいこともあるものだ。
「今度こそ終わった。ただでさえ失恋確定してるのに、先輩に酷いことを……ああ、俺何であんなこと言ったんだろー!」
「流石にキスしたことあるって聞いて、びっくりしたよ?」
ヘンリーが苦笑すると、ルークは両手で顔を覆った。
流石に恥ずかしくて――というか嬉しくて秘密にしていたのに、勢いで暴露してしまった。
それも、教室中に聞こえるような声で。
「そーなんだよ、俺達キスまでしたんだよ!なのに他の子に可愛いって言うとか、他の人が好きとか意味わかんなくないか?」
「ユーリー先輩は、好きでもない人にそんなことしないんじゃない?」
ルークにそれだけの度胸はないと考えると、ブレアの方からしたことになる。
となるとルークのことが好き、という思考にはならないのだろうか。
「する!じゃあ先輩はエリカ先輩じゃなくてクロエちゃんが好きだって言いたいのか!?」
「それはない。というかそうじゃない。」
大幅に思考がズレているが、自覚はないのだろうか。
頼むから少し落ち着いてほしい。
「じゃあなんなんだよ!」
「悪いことしたと思うなら、ユーリー先輩に謝りなよってことー。」
面倒になって、ヘンリーは投げやりに言った。
後悔するくらいなら謝ればいいのだ。
「うぅぅー本当に申し訳ないと思ってるけど……なんて謝ればいいんだよー!」
半ば八つ当たり的に、きついことを言ってしまった。
確かにはっきりしてほしい。気がないのなら、勘違いするようなことをしないでほしいと思っている。
でも気分悪いとは思っていないし、そういうところも好きだ。
「好きなのになぁー!あ゛ー!!こんなに先輩のこと、1番大好きなのにー!」
「そうだねー。だからごめんなさいしたらいいと思うよ?普通に、つい怒ってしまってすみません、みたいな。」
「でもー……。」
何故か躊躇っているルークを、ヘンリーは無理やり部屋の外に追い出す。
「言い訳してないで行ってきなよ。時間経ったら絶対もっと気まずくなるから!」
「ヘンリー厳しい!」
ルークが文句を言ってくるが、全く厳しい自覚はない。
当然のことを言っているだけだ。
「厳しくないない、いってらっしゃーい。」
ヘンリーは一方的に告げると、ぱたんとドアを閉めてしまった。
エリカに追い出されたことにも凹んでいるのに、ヘンリーまで追い出さないでほしい。
仕方がないので、一旦寮室に向かって歩き出す。
「先輩、許してくれるかな……。」
ブレアは今日も図書室、それか教室だろうか。それか、リアムのところだろうか。
寮室にいなければ、順に回っていくこととしよう。
何と言えばいいのだろう。
一歩間違えると、逆に怒らせてしまいそうだ。
大きな声で怒鳴ってしまったし、その後の授業中も、目が合いそうになる度に逸らしてしまった。
普段より目が合いやすい気がしたので、恐らくブレアも、ルークが気になって見ていたのだろう。
見ないフリをしてしまったので、ブレアがどれくらい怒っているのかもわからないのも怖い。
もやもやと考えこんでいるうちに、すぐにブレアの部屋についてしまった。
ドアノブに手を掛け、術式を唱えようとして――そっと手を離した。
ドアの向こうから、話し声が聞こえたからだ。
(先輩と……エリカさんだよなぁーやっぱ……。)
反射的に聞き耳を立てると、2人分の声が聞こえてきた。
ブレアが人を部屋に入れるなど、珍しすぎる。
ルークを覗くと初めてではないだろうか。
相変わらずブレアもよく話しているが、魔法の話ではなさそうだ。
(どうしよう……。)
入り辛い。物凄く入り辛い。
かといってこのままヘンリーの所に戻るのもどうかと思うし、何より2人が何をしているのか気になる。
(多分)両想いで、密室で2人きり……よくない。これは、見張るしかない。
少し尾行に抵抗が無くなってしまったルークは、そっとドアに片耳をつけた。
殆ど毎日放課後を外で過ごしていたブレアだが、今日は真っ直ぐに部屋に帰って来た。
教室で待っていてもルークは迎えに来てくれなかったし、部屋に戻れば会えると思ったのだが……。
当のルークは、一向に帰ってくる気配がなかった。
(会ってどうするのって話ではあるんだけど……どうすればいいんだろ……?)
いまいち集中できず、静かに読んでいた魔導書を閉じた。
天井を見上げたブレアは、ぽつりと独り言を漏らす。
「……ごめん。……いや、何が?」
あまりにも自分の言葉が薄っぺらくて、つい眉を寄せてしまった。
誤魔化すように、ごろんと寝返りを打つ。
「可愛いって言ってごめん?逆かな、可愛いって言わなくてごめん?……あんなことしてごめん、かな……。」
もう一度寝返りを打つと、ベッドから落ちてしまいそうになった。
慌てて身体を引き戻し、大きな溜息を吐く。
(……まとめよ。)
ルークが怒っているのは、わかっている。
ブレアが悪いのはわかった。
でも、具体的に何が悪いのかは、いまいちわかっていない。
なんとなくはわかっても、本当にそれで合っているのかがわからない。
それに――いざルークを見ると、謝れなくなる気がする。
身体を起こして、学習机に向かう。
ルークがいつも使っている椅子を借りて、紙とペンを出した。
「えーと……とりあえずごめん。それから……僕だって初めてだよ?は、喧嘩売ってるように聞こえる……?」
一番上に“ごめん”と書き込んだだけで、手が止まってしまった。
薄っぺらい。本当に謝りたいと思ってる?と、自分で聞きたくなる。
「僕も、本気で君のこと……――っ!?」
気恥ずかしくなって、言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
真新しい紙に、大きく皺が寄る。
ルークに言われたことをそのまま返してどうする。
そもそも――そういった好意が、ルークを怒らせたのだろうか。
自分は好き好き言ってくる癖に、ブレアからの好きは――いらなかったのだろうか。
(……何か、僕悪くない気がしてきた。)
そうしてブレアは、考えるのを止めた。
紙をゴミ箱に捨てると、倒れるようにベッドに横になる。
考えれば考えるほど、何だか馬鹿らしくなってきた。
そもそもブレアがあれだけ言っても告白してこない、どころか悲しそうな顔をしたということは――。
(もう、困るんでしょ。僕なんかに好かれても。)
好きだと言ってくれた癖に。付き合うとか、落とすとか言った癖に。
どれだけ嘘や冗談を疑っても、その度に本気だと断言してきた癖に。
「……気分悪いのは、こっちなんだけど……!」
行き場のない気持ちを抑え込むように、枕に顔を埋めた。
今だって、全く帰ってこないじゃないか。
寝不足になってでもブレアと一緒にいてくれるのではなかったのか。
ずっと一緒にいてくれると、約束したじゃないか。
なら、ブレアは悪くない。
あっちが約束を破るのなら、あっちがブレアのことを好いてくれないのなら――謝る必要なんて、ない。
(勘は、鋭い方だと思ってるんだけどなぁ……。)
顔を上げて、はぁーっと溜息を吐く。
丁度そのタイミングで、コンコンコンとドアがノックされた。
反射的に起き上がり、すぐにドアの方へ向かう。
ノブに手をかけて、すぐにドアを開けた。
「ルー……あ、エリカ……。」
「すみません、来ちゃいました……。」
見るからにしゅんとしたブレアを見て、エリカは心配そうに表情を曇らせる。
そっと目を閉じたブレアは、取り繕うように真顔を作った。
「どうしたの?」
「何だか元気がないようだったので、心配になったんです。」
申し訳なさそうなエリカに言われ、ブレアは少し目を見開いた。
確かに落ち込んでいたが、表に出したつもりはなかった。
エリカが鋭いのか、ブレアが隠すのが下手なのか、どっちだろう。
「ご、ご迷惑かもとは思ったのですが……!今度部屋に来て、と言ってくださいましたし、宜しいかと……ブレアくんの都合が悪ければ、帰りますわ!」
「……ううん、丁度暇してたところだよ。」
不安そうなエリカに、ブレアは少し優しい声色で言う。
1人だと余計にもやもやしてしまうし、ありがたいかもしれない。
「彼が全然帰って来なくて……正直、寂しかったんだ。入って。」
中に入るよう促すと、エリカは「お邪魔します。」と丁寧に挨拶をしてから、部屋に入って来た。
ドアを閉めたブレアは、椅子をエリカに使わせ、自分はベッドに腰かける。
ブレアの元気が見るからになく、どうしても心配になってしまう。
「……そんなに、ルークさんに会いたいんですか?」
「うん、怒らせちゃったから……帰ってきてくれないかもしれないけど。」
寂しさを誤魔化すように、ブレアは肩を竦めた。
その様子を見て、エリカはむっとしたような顔をする。
「そんなに不安になるほど、ルークさんのことが気になるのですか?」
「……ルームメイトだからね。気になるに決まってるでしょ。」
反射的に言い訳してしまい、ブレアは小さく溜息を吐いた。
本当にそれだけか、と聞きたくなったが、聞かなかった。
聞くまでもなく、薄々勘づいている。
だからエリカは、確認もせずに口を開いた。
「どうでもいい、ことにしませんか?」
「ん?」
エリカの言ったことがわからず、ブレアは小さく首を傾げた。
エリカはまっすぐにブレアと目を合わせ、はっきりとした声で言った。
「――ルークさんなんて、どうでもいいことにしませんか?」
ブレアは驚いたように目を丸くして、ラピスラズリの瞳を見返してくる。
今、何を考えているのだろうか。それとも、思考が留まっているだろうか。
「ぇ……。」
答えることもせず、ブレアは小さく声を漏らした。
何も言われていない。直接的じゃない。
なのに、そっと変な感覚が這った気がした。
ずっと前から、どうしても嫌だった、耐えられなかった感覚。
この根拠のない直感だけで、人を判断してきた。
どんな感情よりも信じることができた不快感。
――なのに。
本当に合っているのか、本当に嫌なのか、わからなくなってしまっていた。
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