第158話 先輩はああいうの慣れてるでしょうけど
机に顔を伏せて、深い溜息を吐いているルークを見て、クロエは心配そうにおろおろとしている。
「終わった、本当に終わったぁー!先輩に好きな人とかー……いやでもお似合いだよな……。」
「そうなのかなぁ?」
どうにか慰めてあげたいが、何を言えばいいのかわからない。
ひとまず、どっちつかずな相槌を打ってみる。
「今も先輩、エリカ先輩と話してるから俺だけ先帰って来たし……。先輩の授業の日は、いつも一緒にここまで来るのに……!」
「きっと、ちょっと話してるだけだよ!元気出して。」
何とか当たり障りのないことを言うと、ルークが力なく「ありがとうー。」と返してきた。
ヘンリーより先に帰って来たため、1人で不貞腐れていたらクロエが話を聞いてくれた。ありがたい。
「先輩があんなに楽しそうに話すの、リアム先生くらいなんだよ。俺といる時より楽しそうな気がする……!」
「ルークくんとは、楽しい会話ではないんじゃないかなぁ。」
今はヘンリーも隣にいるが、ヘンリーは少し意見が厳しい――というかあっさりしているので、ちょっと寂しいのだ。
他にいつあんな顔をしているかと聞かれれば、面白い魔法を見つけた時か、アーロン“で”遊んでいる時くらいだろうか。
ルーク絡みなら、嬉しそうな顔のブレアに『いい魔法思いついたなら、俺で試しますか!?』と声をかけた時が一番いい顔をしている。
キラキラと瞳を輝かせて『いいの!?』と聞いてくるブレアがまた可愛らしいのだが、ルークが欲しいのはそうじゃない。
「気のせいだよきっと。ルークくんと話してる時も、違った楽しさがあると思うよー。よしよーし。」
「うぅぅ、クロエちゃん癒しすぎる……好き……。」
クロエがルークの頭の少し上で撫でたフリをすると、ルークが少し顔を上げた。
少しだけ嬉しそうなルークの肩を、ヘンリーが控えめに叩いた。
「ルークくん、言い辛いんだけど……ユーリー先輩来てるよ?」
「えっ先輩!?」
“ユーリー先輩”と言い終える前に、ルークが勢いよく顔を上げる。
ヘンリーの言う通り、いつの間にかエマとブレアが来ていて――短い銀髪の美男子が、じっとルークを見下ろしていた。
「先輩!あれ、いつの間に男に……今日もイケメン!冷たい視線も堪りませんっ!」
「ふーん……、で?」
ぞっとするほど冷たい目で睨まれているが、ルークはむしろうっとりしているようだ。
ただでさえ低いブレアの声が、男だから、では説明つかないほど低くなっている。
「いつの間にお姿を変えたんですか!?」
興味津々、といった様子で聞かれ、ブレアは不満そうな顔のまま答える。
「……ちょっと、エリカに魔法を教えてもらいたいなーと思って。あんまり期待した効果は得られなかったけどね。」
「え?そのためにわざわざその姿になったんですか!?何したんですか!?」
かっこいいブレアを見て浮かれていたルークが、突然不安そうに顔を曇らせる。
ブレアはどうしてもルークが気に入らないようで、「別に。」と短く答えた。
「そんなことより、ブレアはルークくんが何してたか気になってるんじゃない?」
無言でルークを睨んでいるブレアに気を遣って、エマが代わりに聞いた。
概ね、クロエのことが気になるのだろうが。
「俺ですか!?先輩が一緒に来てくれなかったので、クロエちゃんとヘンリーと話してました。」
「ふーん。」
ルークがさらりと答えると、ブレアはクロエの方に目を向ける。
ファーストネーム、それにちゃん付けとは、かなり仲がいいようだ。
ブレアにじっと見つめられたクロエは、とりあえず小さく一礼した。
「君、クロエちゃんって言うんだ。」
「はい、クロエ・ロイドです……?」
クロエが困ったように答える。
するとブレアが、突然その手を握って引き寄せた。
「えぇ?」
クロエが混乱してブレアを見上げると、アメシストと目が合った。
端正な顔が思いのほか近くて、ドキッとしてしまう。
瞬いたアメシストの瞳が、ほんの少しだけ細められた。
「クロエ、可愛いね。」
「「え゛!?」」
唐突に紡がれた言葉に、一同が驚きの声を上げる。
すっかり混乱してしまって、クロエは何か答える余裕もなかった。
ひたすら困惑していると、ブレアから遠ざけるように、後ろから引っ張られた。
「ユーリー先輩、離してもらえますか?」
「……何で。」
クロエを引いたヘンリーに言われ、ブレアは不思議そうに首を傾げた。
聞きながらも、まだばっちり手を握っている。
「ロイドさん困ってるので、揶揄わないでください。」
「困ってるの?」
ブレアに聞かれ、クロエはこくこくと頷く。
ブレアは「そうなんだ。」と小さく呟くと、ヘンリーの方に目を向けた。
「そっくりだなあ……。」
「何がですか。」
ブレアが呆然と呟くと、ヘンリーはむっと顔を顰めた。
ふっと目を閉じると、潔く手を離した。
「ごめん。」
「ブレア?それはやめるって話、したばかりよね?」
ブレアが素直に謝ると、にこにこと笑ったエマに注意された。
そういえば、こういうことをするからルークが混乱するのだと言われたのだった。
「ごめん……。色々言ったって、
ブレアが不満そうにルークを見ると、ルーク以外の3人は察したようだ。
要は、ルークと距離が近いから嫉妬したと。
クロエを口説いたのは、嫉妬した分、ルークにも嫉妬されたかったからだろうか。
「……先輩。」
真剣な顔でブレアを見たルークが、落ち着いた声色で名を呼ぶ。
「何。」
相変わらず不機嫌モードなブレアに、ルークは大きな声を出した。
「先輩こそ、可愛い子が好きなんじゃないんですか!?」
「は?」
ブレアがあからさまに顔を顰めると、ルークはガタッと席を立った。
「先輩、基本女の子に優しいじゃないですか!王子様ムーブしたいなら俺にしてくれればよくないですか!?」
「かなり意味わからないんだけど。」
よくわからない言葉で責められ、ブレアは若干引いている。
確かに男性と比べれば女性に優しくしている自覚はある。
あるにはあるが、自分の経験故にであり、別にそんな変なムーブではない。
「俺!先輩にそうやって口説かれたこと!ありません!」
「……。」
都合が悪かったのか、ブレアは無言で目を逸らした。
『君はしなくても勝手に寄って来るでしょ。』くらい言ってやりたかったのだが、ちょっと縛りつけていることを思い出してしまった。
「かっこいいとか褒めてくれたことなくないですか!?俺とは遊びだったんですか!?」
「遊びって何の話……君、何か怒って――」
「キスしてくれた癖に!」
ブレアの心配そうな声を遮って、ルークが大きな声で言った。
隣のエマが目を輝かせて見てくるし、ヘンリーとクロエ――だけでなく教室中が驚いていそうだ。
恥ずかしくなって、ブレアは少し頬を赤くした。
「先輩はああいうの慣れてるでしょうけど、俺は初めてでしたし、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ!俺は本気で先輩のこと好きなのに!」
押し黙ってしまったブレアを見つめながら、ルークは吐き捨てるように言う。
「……ひたすら弄ばれて、正直、気分悪いです。」
「ごめ……うん、ごめん……。」
勿論誤解はあるが、完全否定はできない。
ブレアが何も言い返してこないため、ルークは静かに席に着いた。
「え、ねぇ、待……。」
その仕草がブレアへの興味を失くしてしまったように見えてしまって、ブレアは表情を曇らせた。
教室中がしんと静まり返っていて、誰も、何も言える雰囲気ではなかった。
この状態で授業をしないといけないの、気まずい。
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